湯西川温泉で一番奥の猟師宿、イチイの家・民宿 やま久

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栃木県日光市に親と出かけて参りました。この旅行は病で倒れた父親の快気祝いとして自分が企画したもので、子供達と妻が親戚宅に泊まりがけで出掛けた時期に合わせて、1泊2日の日程で組んだ小さな親子旅行でした。訪れた場所は日光市とは言っても観光地として有名な徳川家康を祀った東照宮のある日光ではなく、"関東最後の秘境"と銘打たれる事も多かった湯西川に向かったのでした。

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栃木県北西部の福島県と隣接する場所にその湯西川地区はあります。平成十八年の合併にて日光市の一部となってしまいましたが、それまでは栗山村という栃木県で最後の村でした。周囲を高い山々に囲まれた山岳道路を関谷方面からひた走り、五十里湖、湯西川湖と大きなダム湖を通り越して湯西川の集落へと入っていきました。

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栗山村は山間部に位置し、非常に限られた農耕地しかなかった為に林業と狩猟を生業としていた集落で、集落の自宅建つ土地以外は村を囲う山々全てが村の所有地であり、多くの事を村ぐるみでおこなう旧来の山の生活色が強い土地でした。そんな山奥の地に大きな変化をもたらしたのは戦後間もなくの昭和二十二年(1947)9月に襲来したカスリーン台風でした。鬼怒川流域の多大な水害被害軽減の対策として五十里ダム(昭和31年完成)が村内に先ず建設され、川俣ダム(昭和41年完成)、川治ダム(昭和45年完成)、そして湯西川渓谷を沈めた湯西川ダム(平成24年完成)と次々と大型ダムが建設され、ダムと共に戦後を歩んだ歴史を持っています。

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湯西川は平家伝説が伝わる地でもあります。現在から遡ること800余年、日本国内が二手に割れて争った通称"源平合戦"が起こり、決戦地・壇ノ浦の戦いで敗れた平家の一族が遠く関東にまで逃げ隠れた場所のひとつが湯西川だと言われています。平家の落人は外部に存在を隠すために苦心し、男児の誕生を祝う鯉幟を上げず、煙の昇る焚き火もたかず、鶏/犬を飼わない等の湯西川の禁忌はその為だとか。

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平家の里と呼ばれる、湯西川随一の観光名所の最奥には安徳天皇を祀る赤間神社が鎮座しています。齢6歳で入水した幼帝・安徳天皇を祀る下関市にある旧官幣大社で、天皇を祀神としているため分祀は通常していないのですが、日本国内で湯西川だけが例外的に分霊が許可されている事が「平家の落人」伝説の信憑を裏付けるかのように思えます。

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同じく平家の里に立つ第五代栗山村村長・齋藤喜美男氏の功績を称える石碑。6期22年(昭和54年-平成14年)を務めあげた齋藤村長は林業の衰退を目前にして栗山村を、視察に訪れたドイツ・バーデン市の様な温泉立村にしようとボーリング/湯沢から村内への延湯を成功させ、旅館や民宿でも終日供給できる体制を整えたのでした。また、栗山村の消え行く古い家屋を移築してひとつの村にした「平家の里」を3億円の費用を掛けて開村。更には平家の里の開村に併せて昭和60年に赤間神社も設立し、平家落人大祭の創立と現在の湯西川観光事業の基礎をドンドンと打ち立てた人物でした。力のある村長だったらしく、2,700人程の栗山村の村長選挙直前に数百人の選挙"移住者"が発見されて、警察の捜査が入るも有耶無耶となった程でした。

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湯西川といえば此の観光案内ポスター群を抜きにして語る事はできません。10年以上前より目にしていますが、道の駅や旅館内等でも目を奪われてしまう温泉地のイメージ宣伝広告です。現在であれば、SNS等で拡散→何処からかクレームの嵐を受けそうな、美しい女性の裸体を描いた実に教育上実にケシカラン温泉の広告です。温泉地の春夏秋冬と古の美女群の組み合わせで、勘違いをわざと誘う意図があるとしか...。

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旧栗山村の釣りマップで示すと、中央にある高手あたりが今回の目的地「民宿やま久」さんがある場所です。湯西川は集落を除くと山また山。田代山林道の西側などは日光開闢以来1度も私有地となった事のない天然林が広がる天然無価の宝庫。そんな集落でも最も奥にある宿がやま久さんなのです。

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湯西川温泉駅から始まる県道249号線を走り、昨年で本当閉鎖してしまった山村生活を人形で再現した平家狩人村が万が一にも再開していないかと念の為にした後に、「やま久」さんに到着しました。以前訪れた時には到着と同時に犬が凄い勢いで吠え始めて困ったことがあったので。警戒しながらゆるゆるとクルマを進めて宿の横に停めました。

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玄関から見える内部。中央の目立つのは樹齢300年のイチイ(蘇芳)のテーブルです。若干赤みをを帯びた木目の美しい木で、主に北日本で産出される常緑針葉樹。北海道で有名なアイヌの熊の木彫りは主に此の木を用いたが多いものです。壁際には目にする機会が余りなさそうなお酒がズラリと並んでいました。1杯500円程で夕食時に楽しめ、聞いたところ中段右側のオトギリ(弟切)草酒が特にお勧めだとか。弟切草を打撲などに使用することは知っていましたが、お酒にもするとは知らずでした。

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やま久さんの名物の囲炉裏が玄関脇にあります。この宿のご主人は漁/猟をされる方で、地元野菜と山と川の幸を売りとしています。湯西川で温泉が発見された天正年間に現在の山形県にある羽黒山の土を移して創建した湯殿山神社で毎年奉納されている獅子舞があるのですが、2階の部屋に向かう階段の踊り場にはご主人のお子さんの獅子舞姿と思しき絵が掲げられていました。

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部屋は昭和時代を思わせる小さめな和室。天井近くの柱にもイチイの柱が見えました。角部屋なので二方向に迫る山々の景観が広がり良い景色なのですが、空調がないので到着から日が落ちるまでは暑い、暑い日中でした。ただし、日没後に部屋に吹き込んでくる風が冷たく、湯西川の山奥での気温の変わり様に驚いたのを覚えています。

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栗山村は米が殆ど取れず、雑穀や狩猟で得た動物などを工夫した独自の食文化がありました。上の写真の「平家 お狩場焼」は平家落人が山菜や獲物を川原の石の上で焼いて食していたという故事に因み、昭和37年に開業した湯西川国際ホテルで始まったと言われています。この囲炉裏で各自が好みの焼き具合で食べるスタイルを見ると、やま久さんの囲炉裏料理もこの流れを汲むものだと感じました。

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午後6時より宿泊者が集まり一斉スタートの食事会場です。熊や鹿等のご主人が討ち取った動物の皮や骨がズラリと並んでおりました。1枚20万円ほどの熊皮が飾られる場所での食事はこれまでも数多くしてきましたが、鹿皮が一頭分飾られている場所は他に見たことがないので愉し(*´艸`*)ウシシ。

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山菜、獣肉の名物料理。中央には栗山村で広く食べられている鹿肉で、猟季ではないため冷凍物と思われ。背骨の両側にある"背ロース"部分を最上として、栗山村の人達は刺身食べるのだとか...。湯西川と云うと蕎麦と頭に浮かぶのですが、大きな鹿鍋にうどんが沢山。囲炉裏を囲んでの食事はご主人やほかの宿泊者の方達とも団欒の時間で、大型旅館/ホテルでは難しい少人数での触れ合いが楽しく感じられました。何やらキャンプでの鉄板焼きを囲むにも通じる雰囲気。

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その囲炉裏には岩魚や山椒魚、湯西川名物の一升べらが刺さっており、炭火でジワジワと炙って水分を飛ばし旨味を食すべし。宿に到着した当初は暑い中での囲炉裏は失敗したかと心配していたのですが、夕方の涼しい風が部屋に入ると良い塩梅に。一升べらは名前の通りの料理で、これさえあれば一升の酒が呑める程旨いとの意味の湯西川を誇る食べ物です。割った竹の半分や木べらに辛味噌と好みのものを加えて(この日は鹿肉とネギ)焼いたものでした。囲炉裏に突き刺す竹酒も、大皿に注いだ日本酒を回し飲みするのもまた良し(*´ч`*)。

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食事の途中で自然に生え変わりで落ちた鹿の角と、そうでない角(頭が付いている)違いの解説があり、実際に持ち比べてみると角の中が空洞な自然落下モノとそうでないモノとの差が歴然。不自然落下角を被り、奈良県のゆるキャラ「せんとくん」の真似をしての記念撮影大会がありました。

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やま久さんのお風呂は個人宅にあるような大きさで、信州鉄平石で拵えた控えめな湯舟がひとつ。ホースから流れ出るお湯は無色透明で、鼻を近づけると少しタマゴ臭が感じられるかぐらいのお湯が源泉掛け流し状態。男女あわせて風呂は此処だけなので、鍵をかけての交代で入りました。

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昨晩と同じく囲炉裏の前で、指定された午前8時に集まり朝食を頂いてから宿を出発しました。玄関から出る時にイチイの木が数本目に入りました。かつては"秘境"と言われた湯西川の温泉街から更に山奥、緑の山々に囲まれた民宿・やま久さん。最奥の宿は山の世界の最前線であり、猟師でもあるご主人が捕った山の幸を囲炉裏で頂けるイチオシの宿です。自然の濃い場所ですので、季節によって衣替えをする山々の景色とその空気を嗅ぎに、季節によって変わる山河の恵みと四季を通じて楽しめる場所です。