埼玉県横瀬町、武甲山を眺めながら寺坂棚田での田植え体験

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埼玉県横瀬町に家族4人で行って参りました。横瀬町は関東の住民でも余り知られていない町名ではないかと思われるのですが、埼玉県西部の主要都市・秩父市の隣町で奥武蔵の盟主とも称される武甲山がそそり立っている場所です。今回はその武甲山の麓で田植えをした話しになります。

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飯能方面から国道299号線を高麗川に沿って走り、秩父盆地に出たぞっと思った辺りに横瀬町はあります。ぼ〜として運転していると気が付かずに秩父市内にいつの間にか入ってしまいます。横瀬町役場のそばの町民会館に集合して、そこから500メートル程坂道を上ったところが秩父盆地東端にある目的地・寺坂棚田でした。日本全国の山間にある盆地は、初夏になると水をはった田んぼが見られるのがよく目にする光景ですが、秩父は瀬戸内海と並び冬の降水(雪)量が極端に少なく、田んぼより畑の方が多い特異な地域で、現在でもあまり田んぼを見ることがありません。

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訪れた棚田は東に続く高篠山の扇状地で、古い時代より稲作が綿々と続いてなされた場所です。国の減反政策や後継者不足により耕作放棄地なっていた時期もありましたが、地元の有志を主とする方々の活躍により美しい棚田の風景を取り戻したのでした。現在は地元の農家のみではなく、多くの人々に"棚田学校"というカタチで農作業を体験できる場としても愛されています。

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棚田の広がる傾斜地より4キロ南には、1度見たら忘れられない強い印象を与える武甲山が聳えています。北斜面は山頂から地下に至るまで石灰岩質で、山容が変わる程までに削られた姿が痛々しく映ります。武甲山の甲は兜(かぶと)という意味で、兜様な姿をした山が由来だと言われているのだとか。

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自分達が訪れた日にも沢山の人達が武甲山の前で横1列に並び、棚田で田植え作業をしいました。着ているものは違うものの、昔の人も同じ光景を目にしただろうと思い描ける風景です。武甲山の絶景を眺めながらの農作業は素晴らしい一言。天気も良く、水田に映る「逆さ武甲山」を見ながらと絶好の田植え日和でした。

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この武甲山、現在見える山頂は元の山頂にあらず。大正期に始まった採掘前にあたる明治33年の計測での山の高さは1,336メートル。昭和52年には1,297メートルと39メートル程も採掘で低くなってしまいました。コンクリートや骨材等に用いられる石灰石の国内自給率は100%で、埼玉県は大分、山口、高知、福岡に継ぐ生産量があり、武甲山がその多くを産出しております。盆地内の象徴であり信仰の対象でもある山を、山頂を含めて削られた姿を見るのは珍しい筈です

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長靴もしくは足袋持参だったのですが、子供用の長靴では泥水が入り込んでしまい、動きが取れなくなってしまうので靴下でジャバン。長靴では泥に足を取られて、ひっくり返えりそうだったのでした。息子の足元にロープが見えると思いますが、これは苗を横一線に植えられるようにする目印として使っており、田んぼの左右の人が合図と共に動かしていました。本来は田植えに"適当"な作業はなく、雑草取りや、周囲の農家の目もあり職人技とも言えるピシッとした並びが基本なのですが、"体験"なのでソレはソレ。

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苗代から苗を2-3本取り、それを親指と人差し指で挟み込んで、ダーツを投げるかのようにして水の下の土に挿し込む。一般的には苗と苗の間を15-20cm程開けての(機械)田植えですが、より間隔を広げた方が良いと農協は指導しています。間隔を広げることにより太陽の光を受けやすく、風通しをよくする事で元気な稲が育つと言われています。江戸時代は一尺(30cm)が基本でした。

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田植えが殆ど終わり、残った苗代を息子に持ってもらい、棚田と武甲山の前で記念撮影をしてみました。一緒に娘も来ていたのですが「汚れるから嫌だ」と言って逃げており、最後の最後に3本程を申し訳程度にと畦道の脇に植えただけ...。

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おにぎり型の息子の前にある田んぼが、この日に田植え体験をさせて頂いた場所です。ガイドラインのおかげか、綺麗に苗が植えられているように見えます。棚田の畔作り、水漏れ対策に始まり、田起しを経て代掻きまでお膳立てがされた状態での"田植え"体験でしたが、初めての体験だった子供達には良い体験になりました。感謝、感謝です。

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作業後には側溝の冷たい水で泥を洗い落とし、子犬と遊んだりして過ごしました。この後は草刈り、追肥、水抜き(中干し)と農作業は続くのですが、機会を見て子供達を連れて寺坂棚田を訪れ、その進み具合を見せようと決めて、この日は秩父盆地を離れることにしました。

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8月上旬に秩父にキャンプ泊で訪れ、寺坂棚田の"我らが田んぼ"を確認しに行った時の写真です。既に田圃から水が抜かれていました。これまで太く真っ直ぐな水根を広げていた稲は、土から養分を吸い上げる為の曲がりくねった畑根に地面下では変わっています。棚田には沢山の案山子が立てられており、武甲山を背景にして緑が日に日に濃くなる棚田写真を撮ろうとする人達が沢山来ていました。

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2018年は各地で豪雨災害が起こり、夏の暑さもナカナカでした。国土の一番南に位置する沖縄が日本で1番涼しい地域となる等、異常気象だと毎年騒がれていますが「日照りに飢饉なし」と言われるように稲作には冷夏よりは猛暑の方が良いのです。あとは野の草を吹き分けるる台風が稲刈り前に襲ってこないことを願うばかりでした。

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9月中旬。稲刈りの終わった棚田には稲架が沢山並んでいます。彼岸花が咲く田圃の向こうには武甲山。2週間ほど天日干しをしたお米は我が家へ後日郵送され、家族みんなで一緒に美味しく頂きました。寺坂棚田のある苅米地区では高齢化・後継者不足で田畑の維持すら厳しいなかで、より手間の掛かる棚田が維持されています。山肌の削られていく秩父盆地の象徴たる武甲山、耕作放棄地から田圃へと戻った寺坂棚田。縁があり20年近く通っている秩父にて、家族一緒に良い体験をさせて貰えました。