安来にどうじょ。猫(どじょう)すくいに挑戦してみました

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島根県に家族で行って参りました。島根は神代からの名を冠する地名が現在も多く残る"神話の故郷"とも呼ばれる歴史の古い土地で、近代では国内生産の9割にも及ぶ鉄生産シェアを誇り、北前船の出荷港である安来湊は大変な賑わいをみました。島根県内にて今回最初に訪れたのは安来市で、日本一と名高い庭園のある足立美術館の近くにて、安来節(男踊/どじょうすくい)体験ができると聞きやって来たのでした。

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ベベンとの2枚撥がこれでもかと盛り込まれた安来節は江戸末期に安来の花街に生まれたと伝わり、大正期には大阪・吉本興業を初めとして東京でも大ブームをもって迎えられた事により全国的に知られる新民謡です。座敷で生まれたと言われる安来節はもっと猥雑な即興唄だったものが整えられたようで、現在最も一般的に歌われる歌詞は「安来千軒 名の出たところ 社日桜に 十神山」等の土地の有名どころが沢山盛り込まれた"観光歌"となっております。

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歌以外にも硬貨を竹筒に入れた楽器をジャラジャラと鳴らす「銭太鼓」、手拭いに笊を持ち水辺でどじょう掬いを模す「どじょうすくい」は安来節の歌声を背景に演じられるお座敷芸として特に有名なものです。その安来節発祥の地・安来には生の安来節が楽しめる「安来節演芸館」なる立派な建物もあり、地元名産のどじょうを供する「どじょう亭」という食事処もあったりします。

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「どじょうすくい」に登場する泥鰌(どじょう)は日本全国の水田や湿地で一般的に見られた淡水魚で、古くから食用として用いられてきたそうです。自分は水田が見られない街中育ちだったので、どじょうを葱や牛蒡と一緒に卵とじにする「柳川鍋」が東京(江戸)の名物料理だと知った時には違和感を感じたものですが、自分の親世代では身近な生き物だったそうです。近現代では広大な農地を持つ新潟県が、養殖技術が確立してからは島根県と大分県が生産量首位の座を争う状況が続いており、安来市は島根県の生産の殆どを賄っている地域となっています。

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安来節全国大会に三度優勝した経歴を持たれる一宇川勤名人のお店「安来節屋」にやって来ました。どじょうすくいグッズだけでなく、銭太鼓グッズも扱う専門店。受付にはその名人がおられました。安来節には11階級があり名人はその最高位。うちの子供達は「見るだけ、聞くだけ、つまらない」と神社仏閣博物館、各種講演形式のモノは全く興味を示さず、何事も"体験"をしなくては満足してくれない困った性格です。此方では楽しい踊りを実体験をさせてくれると聞いて、是非こともお願いしたのでした。

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どじょうすくいは父親(自分)と事前に自宅で練習してきた娘。どじょうすくいの正装は絣の上着にもんぺ、豆粒柄をプリントした手拭いに一文銭の鼻あてをかけ、竹籠を腰にゆるく縛り付け、大きな片口の竹ざるを持ちます。この姿は揖斐川や飯梨川等の砂鉄の採れる川に入って黒ずんだ砂を簸ですくう姿から連想をしたもので、ドジョウ掬いの”ドジョウ”は泥鰌ではなく土壌という説もあるそうです。

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この姿が本当に川辺で小魚を採る姿なのかと考えた時に思い出したのが、江戸後期の浮世絵師・歌川広景の「お茶の水の釣り」でした。奥に映る橋は水道橋で、当時は鯉や鮒、鰻などが当時は釣れたらしいです。大きく描かれた釣り人が誤って右下の男の髷に針をひっかけてしまっている絵なのですが、その隣りでザル持って何か(鰻か?)を掬おうとしている姿も描かれています。その姿を見る限り、ドジョウも川辺の浅瀬でザルで掬っていたのではないかと思えます。

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八重垣神社上空より松江市街の眺め。ドジョウ掬いの恰好で特に特徴的なものに鼻に付けた一文銭があります。なぜ一文銭を付けるのかを説明する話しも残っています。安来節には「わしが生まれは浜佐陀生まれ 朝まとうからどじょやどじょ」という歌詞があります。浜佐陀は実在の地名とされ、松江城(赤矢印位置)に居を構えるお殿様に献上する特別な大根が栽培されていたにが浜佐田(青矢印位置)だったそうです。浜佐田が浜佐陀と推測されます。その浜佐陀には権兵衛さんと呼ばれるドジョウ掬いの名人と呼ばれる男が病弱な親と一緒に暮らしており、ある日父親にその特別な大根を食べさせたいと魔が差して一本盗んでしまいました。権兵衛さんはお役人に見つかってしまい、お殿様の命令で鼻を削ぎ落す刑に処されたのでした。一文銭は削がれた鼻を隠すために付けたモノ。その後の権兵衛さんは鼻あてをして、毎朝早くに隠れるようにドジョウすくいに勤しんだとか...

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一文銭の鼻あてに、もしくは浜佐陀の地名が安来節に残っているのは権兵衛さんが受けた裁きには納得できず、役人による刑が重すぎると抗議を表すものなのか、その反対に役人側が見せしめとして意図的に残すことにさせたのか。もしくは、村民がバカをやった権兵衛さんを宴会等で冷やかして真似をしたのが始まりかと色々推測ができますが、どなたか答えをご存じの方ぜひとも教えて頂きたいです.。

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「おやじどこへ行く 腰に籠下げて 前の小川へどじょう取りに♪」。踊りの最初はザルを頭に被って、両腕を前に確りと組み、腰を落としてお尻をヘコヘコしながら舞台へと進んでいきます。ドジョウすくいの男踊りで最も難しいのはこの出だし部分で、膝を曲げた分だけ腰を引いて歩くのですが、上半身を上下させないで歩くのはムズカシイです...

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目的の水辺に到着したら、辺りを見回して「どじょう、あの辺りにいそうだなぁ」と妄想しながらニタリと笑います。その後は腰を落として、腰ヘコヘコ&ザルを使ってドジョウを追い込んでいきます。うちの息子が持っているザルと、先生が使用されているザルの違いが写真からでも分かるかと思います。奥のは中国製の量産品、手前は日本製の少数生産品で目の詰まり方が全く別物、値段差も10倍。

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上の写真にドジョウならぬ黒猫が見える気がしますがナニかが具現化しただけです。神話の地ではよくあることですから気にせずに(*´艸`*)ウシシ  実際は娘が自宅から持ってきた人形で、踊りの練習の最中に娘が突然持ち出したのでした(先生黙認)。手足の裾を捲りあげて気合を入れ、ザルを水底に突き立てて押し進み、追い込んだ泥中のドジョウ(猫)を構えたザルの中に左脚を使って掬い上げます。

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泥の入ったザルを重そうに左右にゆっくり揺さぶり、軽くなったザルをヨッコラショと持ち上げ、ゴミを取り捨てたり、ドジョウの選別をします。ザルを持ち上げてドジョウを腰に付けた魚籠に入れれば任務完了。魚籠を体の前に回して中を覗き込み、一拍置いてから再びニタリと。獲れ過ぎて笑いが堪えられないといった姿を見せるのでした。後日、友人に猫すくいの写真を見せてみたところ、「娘さん、よく付き合ってくれましたね」と考えてもみなかった反応。「うちの子供はお笑い/アホなことが大好きなので、最近は今度行く徳之島のワイド節の踊りの練習をしているのですよ、ハッハッハ...」と答えたのでした。注: ワイド節は闘牛王国・徳之島の国歌で、ズバリ闘牛の歌です。

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魚籠を覗いていると、突如にドジョウが跳ねて逃げ出してしまい、バタバタと慌てて取り押さえる演技の練習もしました。捕まえた後に両手を使って逃げるドジョウの姿をニョロニョロと表現した可笑しい所作ですが、何故か我が家では、「弐ノ型 昇り炎天」と必殺技名を言いながら親指ヒョコヒョコさせるのが現在流行していたりします。

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練習を終えての記念撮影で見栄を切る息子。練習中は中途半端に渋々付き合っていた感じだったのですが、急にヤル気を出して頑張り始めたのでした。今回の練習時に家族4人の中で「素質がある」と先生より褒められたのは妻でした。確かに腰を落として歩く姿が初心者な筈なのに様になっている。本人曰く、田圃の沢山あるところで育ち、色々と捕まえた実体験がこんなところで役に立つとは思わなかったと自画自賛していました。