福岡県柳川市、さいふや旅館(宰府屋旅館)に泊まってみました

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福岡での仕事を終えて、雨降る水の都・柳川市へとやって来ました。ここ1年程は昔の趣きが感じられる小さな旅籠宿を宿泊先にと意図的に選んでおり、この日も柳川市内にある「さいふや旅館」にお邪魔することにしました。

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柳川は地図で見てみると「堀割」が街中に張り巡らされているのがよく分かります。有名なドンコ舟で行く柳川お堀巡りの船着き場・松月乗船場の近く、柳川城跡の東北側にあたる椿原町にこの日の宿はありました。

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宿と言うものは通りに面して玄関がある筈という考えに固執して、宿を発見するまでに「この辺りで間違えあはずなのだけど…」と2往復した上に、道行く人に宿の場所を訪ねて「発見」に至りました。さいふや旅館は1番上の写真に写る道から、少し路地に入った正光乳児保育園の手前にありました。

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玄関を開けると2階へと続く階段が目の前に現れ、昭和の小さな旅館のような趣きです。「すみませ~ん」と声を掛けると奥様が出て来られて、部屋まで案内を頂きました。

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不思議に思っていた「さいふや旅館」の名前の由来を尋ねてみると、「さいふや」は財布屋ではなく太宰府のサイフに因んでいるそうで、この建物はもとは有明海料理を出す料亭だったのだとか。寺町の中で、突き当たり奥まった路地にはいった場所にある料亭と聞くと元遊郭ではと条件反射で考えてしまうのですが、玄関からの造りで違うと判断して聞きませんでした。

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案内を受けたのは二階の「むつごろう」と書かれた6畳の部屋でした。じゃらんだったか、楽天トラベルだったかの予約サイト経由で予約をした時に食事付きのプランが見当たらず、宿に到着した時に翌日の朝食(可能であれば夕食も)をお願いすれば良いと考えていたものの、残念ながら対応不可とのこと・・。

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部屋の窓を開けると保育園の園庭が見えていましたが、生憎の天気で走り回る子供達の姿は見えませんでした。この園庭の北と東側は堀割が巡らされており、柳川は本当に堀割が多くの残る水郷町で、翌日の天気が良ければ、この町を散策してみたくなります。

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日が暮れたので夕食に出かけることにしました。どこの旅館もそうですが玄関を建物内より覗く景色が一番好きです。さいふや旅館さんの玄関は透明すぎるので、希望を言わせて貰えればガラス扉に「さいふや」もしくは「宰府屋」と書いて欲しいところです。

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宿の周辺は旧市街のためか暗かったです。雨の中を捜しまわる気にならず、コンビニでなにか買えば良いやと探すも...付近にそれらしき煌々と灯る店舗は見つからずで、偶然見つけた天婦羅屋さん入ったのでした。食後に宿に戻ってきた時には、舗装路と宿の入り口までの間の芝生部分が浸水状態。

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翌朝は目が覚めると雨がは止んでおり、素手まりプランだったので早めに宿を出ることにしました。宿の目の前には庚申尊と彫られた石碑が祀られています。その四角い台座の部分をよく見てみると「大光院」と彫られているのが確認できます。北と東に堀割、西に通りの地割りから考えて、宿に隣接する保育園とその園庭が元大光院の敷地だったのでしょう。保育園に登園する賑やかな親子達を横目に次の目的地へ向かいました。