千葉県外房・和田漁港、深夜のクジラ解体作業を息子と見学

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千葉県外房の漁村に息子と一緒に行って参りました。自宅を出発したのが午後11時。既に寝ている息子をクルマの後部座席に放り込み、首都高、アクアラインを経由して片道120キロ/2時間の深夜ドライブです。訪れる時間が決定したのは前日夕方過ぎで、2018年中の最後だと言われた日のスケジュールは午前2時よりと書かれていたのでした...。

この先は解体作業の写真が多数あります。血が流れ続ける場面ですのでご注意を。

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普段は子供達と一緒に9時過ぎに寝てしまう自分には夜間の運転は結構キツく、これは帰ってから職場に行っても使い物にならないぞと自覚しながらハンドルを握っていました。和田漁港に到着するも、真っ暗な港には黒い波がザバン、ザバンと打ち寄せる音が聴こえるばかしで誰も見当たらず。寝ている息子をクルマに置いたままにして、目的地の建物を探すべく港を暫く歩きました。この夜に訪れたのは江戸時代からの鯨漁が続く外房の港・和田浦で、草木も眠る丑三つ時ならぬ深夜2時より始まるツチクジラの解体を見に来たのでした。

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暗闇のなかで突如として電気が灯り、目星を付けていた場所が作業所の建屋だと確信をやっと持つ事ができました。息子に始まるよと声を掛けると、眠たそうな目を擦りながらも助手席から身体を起こし作業場まで自分で歩いて来ました。「おはようございます、お邪魔させて頂きます」と作業者の方々に挨拶をすると、「眠いだろう、ボウズ」と、うちの息子には皆さん声を掛けて頂きました。いくら自宅とクルマの中で寝ていたとは言え、小学校低学年生に深夜二時からのクジラ解体作業見学は時間的に内容的もハード過ぎでした...。

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息子をそんなハードな状況でも連れて来たのは、生物というものは切れば血が流れ出し、見た目の良くない内蔵が身体にはギッシリと詰まっているもので、自分達の食卓に並ぶ食べ物の多くは植物、動物、魚等が生きているところを殺したものであることを知って欲しかったからです。そして、それらを食すことにより、自分達は生きていると息子に伝えたいと考えていました。

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先ずは作業場とクジラを引き揚げるスロープの清掃から開始でした。此方での鯨解体作業は見世物たるショーではなく、日常業務である解体作業の邪魔にならない範囲での見学が許されています。加古川等の一部の食肉市場を除き食肉作業の"現場"を見られるというのは国内では殆どない現状において、非公開にしないとした決断をした方には頭が下がる思いです。自分がこれまで自分の目で見た中では、チベットで鳥葬の準備時に人の遺体を切り刻み、ミンチにしたのを禿鷹達に食させるのが最も衝撃的でしたが、今回の鯨解体作業もそれに劣らず"生物の生死の不思議"を考えさせられるものでした。

此処から先には解体されるイルカに似た姿のツチクジラが出て来ますので、苦手な方はご注意ください。

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上の写真は闇夜なので分かりにくいですが、ウインチでクジラを波打ち際まで引き上げた場面です。クジラは捕獲してから解体を開始するまでの時間がキッチリ18時間と決まっているそうで、目の前のクジラは前日午前8時に補殺された計算になります。解体自体をする/しないは捕獲できたとの大前提が必要なので、開始時間の発表はツチクジラ捕まえた後にしかできないために解体作業の開始時間発表は直前となってしまうようです。

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スロープ上が暗いですが、クジラの尾っぽが作業場の方を向いています。ツチクジラは体長10メートルにもなる大型な歯クジラで、頭が小さくて丸く、細長い口と合わせてイルカの様な見た目をしています。東はカリフォルニア、西は日本列島の間の比較的高緯度な北太平洋を住処としています。日本近海では夏場の7-8月に房総/常磐沖合に、8-9月には羅臼近辺が漁場となり、江戸時代初頭より房総半島勝浦沖で手投げ銛を用いて捕獲していたと言われて、房州捕鯨が唯一継続されているのが和田浦なのです。

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当時は沿岸捕鯨のツチクジラやゴンドウクジラを鯨種だとの認識は低くかったこともあり、ツチクジラは国際捕鯨機関/IWCが指定する保護対象13種リストには入っておりません。然しながら、日本が独自で定めた漁獲枠を守り続けており、現在は年間66頭が国内総数となっています。日本近海を大きく3つの区域に分け、太平洋側(生息数5,000)で52頭、日本海側(生息数1,500)で10頭、オホーツク側(生息数500)で4頭と推定生息数に応じた数字漁獲枠となっています。現在あるツチクジラ漁をする港は和田浦(千葉県)、鮎川(宮城県)、函館(北海道)、網走(北海道)の4港のみで、和田浦の漁獲枠は年間26頭と決められています。和田浦には30トンの船が2隻あり、沖合で鯨の目印となる海上の"潮吹き"を探し出し、捕鯨砲一発で捕まえて、二発目で仕留めるのです。腹割きをして港まで持ってきた鯨の死体が目の前に上がってきたものです。

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屋根と柱といくつかの壁の簡素な造りの処理場は戦後間もなくできた場所で、戦後はこの場所で鯨の解体が続けられてきました。コンクリート製スロープと木床の作業場の境に樋があり、クジラの体から流れる鮮血は此処に流れていきます。岸壁沿いに浮かべて血抜きをしても、刀をクジラの体に入れ度に海水混じった血が一面広がります。大包丁を使用しており危険なことと、食品衛生上の安全を考慮して板敷の作業場へは入ることが禁じられ、この溝の海側のスロープが即席の見学場となりました。作業開始前の見学者は自分達含めて7-8人。勿論のことですが、息子が断トツで若い見学者でした。

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ツチクジラの体長を測っている場面です。和田浦の漁師のみならず水産庁職員と思わしき女性が個体測定をキッチリとおこなっていました。薙刀の様な大型刃物を操り、血の滴る解体作業のなかで黙々と解体の仕事にあたる男性陣とは違った凄みを感じさせられました。

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クジラの胴まわりを計測している間、写真の手前に映る男性は使用前に刃先に砥石を当てて準備をしていました。刃渡り50cmはありそうです。これが最後の注意喚起 となります。このひとつ下の写真より鯨包丁を使っての切って、剥がして、外してと解体作業の開始となりますのでご注意ください

鯨/イルカの補殺に関しては賛否両論が日本国内ですらあるので、いっそ神主を呼んで御祈祷を上げてもらい、本装束の4人の巫女で浦安の舞を捧げ、「神事いさな包丁式」としてクジラの神霊に感謝を捧げる神事であるとした方が良いのではないかと思う時があります...。

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クジラは大きく、解体作業は常に複数人によっておこなわれていました。先ずはお腹と背中に長刀のような鯨包丁をブスりと突き立て、皮を左右に一気に割いていきます。鯨は油分が強い為か作業員個人が砥石を腰にぶら下げており、刃を何度も研ぎながら包丁を入れて作業を進めているのが印象的。

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首まわりに刃を入れて、引っ張りながら本皮(外皮と皮下脂肪)と筋肉部分を刃を入れながら剥がしていきます。 ツチクジラは深海性に優れており、大陸棚斜面1,000メートル以下の中深層に出現するとよく説明れ、零下に近い水温でも体温を保つための10cmを越す分厚い脂肪層には思わず目を奪われてしまいます。房総半島南部には10キロも沖合に出ると、数千メートル深海へとつながる海という地形がツチクジラ漁を始めることになった大きな要因なのでしょう。

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昔は複数の男達が綱引きをするかのようにしていた作業は機械のチカラで豪快に行われ、フックをかけた厚い皮がウインチの力でバリバリと大きな音と共に剥がされていきます。石油が世に登場する前は鯨油が求められ、その鯨油はこの皮下脂肪の部分から精製されたものでした。現在でも和田浦で捕れた鯨の一部は宮城県・鮎川港に送られて鯨油となっているそうです。闇夜の中で潮の香りと脂の匂いが数メートル離れた自分達のところにも届いていました。

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ここを何度見学している大学生より、ツチクジラは性による外観の違いはないので見分けが難しいので歯を見分けると教えて貰いました。また、歯を入手できれば年輪からクジラの年齢も判るのだとか。港の岸壁に長時間係留していたのは血抜きの意味合いもあるが、ツチクジラの硬い肉質を柔らかくする効果が期待できるからと色々教えて貰いました。

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解体作業の途中から、小学生ぐらいの子供連れの家族や外国人(たしかフランス)と見学者の数が増えてきまそた。解体が終わると生肉がキロ2-3,000円で販売されるので、民宿やホテル等の買付けを主とした人達が行列をつくるのが常だとか。妻からも購入を依頼されましたが、持ち運びをする密封容器を持参していなかったことと、この日は仕事(平日)だったので販売開始まで滞在できずで見送りしました。自分の気が乗らないというのもありましたが...。

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胸骨を外し、肋骨と肉をメリメリと剥いで内蔵が取り出されました。心臓も写っています。鯨は胃、小腸、心臓、肝臓を初めとする内蔵を含め、舌、軟骨、肉、脂身と多くの部位が食されます。房総半島では調味料に漬けた生肉を天日干した"鯨のタレ"が有名です。各地の捕れる鯨の特徴に合わせた調理方法に加えて、この手際の良い鯨の解体技術が現在でも継承されているのには驚かされてしまいます。

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クジラが半身となったところで、頚椎上部に刀を入れて首を切り落としました。当たり前ですが血は赤く、周囲には死臭もします。ツチクジラが千葉沖で捕れるのは夏場が主なので、深夜ドライブは大変でしたが涼しさすら感じられる深夜の見学で良かったと感じました。蒸し暑い日中だったならば、肉体労働だけでも大変そうな作業が更にキツイものとなり、見ている方も更にキツイかっただろうと思われました。

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ウインチで凄い勢いで引っ張りあげ、方向転換をしたため解体途中の鯨体の向きが変わっています。手前で解体作業が継続されている間にも、作業場奥では筋を取ったり、一定サイズに切り分けたりとの別作業がなされていました。どの作業者の方々も自分の決められた持ち場での作業をテキパキと熟されている印象を受けました。

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凡そ10トンあるクジラから4トン程の肉が食材として取り出されるのだとか。息子は何も言わずに作業を眺め続け、自分に何かを尋ねることもありませんでした。1-2時間程の見学を終えての帰路、車内で息子は再び眠り始め、その日は午前10時頃まで寝ていました。今年の春に小学生となった娘がもう少し大きくなった時には、和田浦にて同じ光景を見せてあげたい考えています。