筑波山神社・豆撒追儺神事。でれすけの笑顔に勝る福はなし

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茨城県に家族で行って参りました。坂東無双の名嶽と呼ばれ、頂きに立てば広く関東平野をドーンと一望できる筑波山が今回の目的地です。標高877mとそこ迄高くない山ですが広く関東平野一円から望める霊峰で、富士山に次ぐ関東の名山である認知されています(居住している県により諸説あり)。茨城県民にとっての筑波山は日本人にとっての富士山であり、イバラキ魂の根源と言っても過言ではありません。

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筑波山は宮城県南部から連なる阿武隈山系の最南端にあたり、西側の男体山(871m)と東側の女体山(877)からなる双耳峰で雅称は紫峰。頂きには男体山御本殿と女体山御本殿が鎮座し、それぞれ筑波男大神(伊弉諾尊)と筑波女大神(伊弉冊尊)を祀る本邦屈指の古社と言われています。並行して並ぶ2つの頂きの姿が優美な特徴的な山容を誇ります。

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山腹にある拝殿(筑波山神社)の境内にて面白いものを見ました。「さぁさぁ、お立合い、御用と急ぎでない方はゆっくり聞いておいで」で始まるガマの油売りの口上です。薄紙を重ねて切りながら、「比良の暮雪、嵐山の落花吹雪」の言葉と共に切り刻んだ紙を花吹雪と散らして刀の切れ味を見せつけ、自らの二の腕をスっと軽く切ってみせました。

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「此処に取り出したる油はタダの油ではない。東は常陸の筑波山の麓に住む四六のガマ、前足指が4本、後ろ足の指が6本だから四六のガマ。このガマを捕らえてきて四方に鏡を貼った箱に入れると、タラーリ、タラーリと己の醜さにビックリしたガマが油汗流す。この油を三七は二十と一日間、柳の小枝用いてトローリ、トローリと煮炊きし、辰砂、椰子油、テレメンテラ、マンテーカという妙薬を合わせて練ったものが、この陣中膏ガマの油にござい」。

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「この油を切れ味抜群の刀に塗ると、切れ味がピタリと止まる! 誰か切られたい者はいないか」と希望者を募っていたので、息子の背中を押しました。ガマ油売りの口上ではないですが、男は度胸、女は愛嬌、坊さんお経、裏山で鶯ホウホケキョウです。「さぁさ、お立合い。このお子さんの腕に刀をあてて、打って切れない、叩いて切れない、引いても押しても全く切れない、絶対切れない」。

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参加賞で頂いた金色の幸運ガマ。子供達はガマ油売りの口上がいたく気に入ったらしく、「此処にあるのはタダの鉛筆ではない、なんと、赤でも青でも書ける鉛筆だ」と暫くはなんでも真似して使っていました。それと、ガマの油の効能も信じたらしく、娘が足が痛いと言うので購入したガマの油を塗ったら、「ふしぎと治った」だそうです。

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そんな筑波山にて2月10日/11日に筑波山神社・年越祭があると聞き参加する事にしました。なんでも、豆やお菓子を撒くだけではなく、餅の入った袋にはアタリ券が入っており、自転車や液晶テレビまで当たる事もあるのだとか!? トヨタ車一台プレゼントの京都・吉田神社にはさすがに負けるも、参加する意義を充分に見いだせそうな内容です。2月3日に地元の神社での豆撒きには参加したものの、筑波山神社はどうやら規模と熱意が違うと覚悟を決めて家を出発しました。

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県道139号線を走り、門前町の終点・筑波山神社の直前にある筑波山ホテル青木屋の前に大勢の羽織り袴姿の人達が集まっているのを見かけ、付近の民間駐車場へと慌ててクルマを停めました。先頭の鉄棒曳きが「御年男万歳」と大声を掛けながら練り歩きます。地元の方によると青木屋の番が人数では最も多い参加者がいるとの事でした。

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羽織り袴の一群を追い掛けていきました。鳥居の元を通り、本殿前には寛永十年(1633)に徳川家光公が寄進した「御神橋」があり、春秋の御座替祭りと年越祭のみ参拝者も渡橋できるのですが"工事中"でした。覆っている白い幕にはあの、日本で最も古い飛鳥時代(578年)の創業を誇る「金剛組」の名前がありました。修繕が今年秋に終わると、江戸時代初期と同じく鮮やかな姿を見せる事でしょう。

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本殿に至る途中に準備された祈祷場にて御祈祷を受けてから、羽織袴の方々は神域へと歩みを進めて行きます。お祓いを受け心身を清めた年男・年女が、福豆とともに多くの福物をまく冬の風物詩が年超祭で、一般的には節分と呼ばれております。古くは唐の宮廷行事にその起源を求められる行事で、大豆を撒いて邪気を払う儀式が平安時代に日本にも伝わったそうです。

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筑波山神社へと向かう石段。古式床しい羽織袴の人達が前に前にと進む姿は、江戸時代が目の前に蘇ったかと錯覚してしまう光景でした。拝殿を前にして60名を超える羽織り袴の人達が雛壇状に並びます。9割以上が男性でしたが女性や外国人の姿も見られました。境内で焚き火をしており、その匂いがする中で整列し全員揃っての記念撮影。

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神社の中にて年男/年女の御祈祷がなされているのがガラス越しに見えていました。どうも参加者の人数が多い上に、お祓いをひとひとり執り行っている?ためか時間を大夫要していました。この日は筑波山より南側の関東平野は朝より小雪が降り続くも午後には降り止み、「今日はいいやんばいだねぇ」と何とか言える底冷えした午後でした。

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祭り日に特別に設けられた壇上前にて時を待つ人々。この日は午後1時、2時、3時、4時、5時、6時と合計6回に渡り、追儺豆撒神事が行われると貼り紙に書かれていました。既に数回分の豆撒きに参加したと見受けられる、景品で一杯になった袋を持つ子供達も更なる獲物を待ち構えていました。

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お菓子の入った大きなダンボールを傾け、福男/福女が直ぐに"豆撒き"ができる様にと準備がなされます。そのお菓子の量を目にして我が家の子供達も大興奮。両手に服のポケットでは全然足りないと、急遽自分がクルマまで詰め込み用の袋を駆け足で取りに行くハメに...。

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息子は狛犬の台座に袋を拡げて自動お菓子捕獲機を用意していましたが、警備の人より「狛犬には登らないでください」とのご指名受けて退散。最近はスリも多いので、お尻のポケットに入れた財布はしまって、リュックサックは前に背負う様にと注意のアナウンスが流れていました。

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ドーンと太鼓の音が響くと壇上に沢山の福男/福女が登場し、壇の下で待つ人々の熱気に背中を押されてか、開始の合図を待たずして豆撒き?/カッポリが始まりました。息子は先頭集団に混じって取り合いをしているらしく姿は見えず、娘と自分達夫婦は魑魅魍魎たる集団から一歩退いた場所に陣取り、菓子が降り注ぐ曇り空を見上げていました。

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「追儺豆撒神事」とポスターにはあったので「鬼は外、福は内」と威勢の良い声と共に豆を撒くのかと思いきや豆は一切飛んで来ず。"豆撒"はあくまで観光客向けに分かり易くする為の表記であって、諸々の厄を払い、福を招く"追儺式"が行事の核だと思えました。聞くところによると、猪年生まれでなくとも縁起物なので(参加費用を支払えば)、福男/福女として壇上に上がれるのだとか。筑波山神社や芝増上寺は3万円、成田山新勝寺8万円...ナニカ( ¯∀¯ )閃いた。

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「お餅をこっちに投げて〜、いまっとよごせ」と声が上がるも、壇上に上がる人々はご年輩の方々が多く些か投力が足りない。それに"うまい棒"の様な軽い菓子は決して遠くに飛ぶことはなく、餅のように塊感と重さのあるもので後方まで飛んで来たものは凶器も同じで、ぶつかると本当に痛い、いでぇ。娘が餅の速球をお腹に受けて泣いていました。「だいじけぇ? これは芋洗い(MRI)が必要だ」と冗談を近くの方に言われるも、茨城弁を解しない娘はチンプンカンプン。

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前線から戻った息子の戦利品。カップ麺やチョコレートを始めとしてお菓子を山盛り頂戴致しました。当たりクジ入り餅はひとつ。妻に娘と自分の3名で当たりクジ入り餅が2個と合計3個を獲得。クジなし紅白餅は全部13個で、帰宅後に網の上でぷぅっと焼き膨らませ、海苔と醤油&きな粉で美味しく頂きました。1回の参加だけでも結構な量を捕獲できたので、門前町に住む小学生あたりは2日間全ての回に参列して、1月分のお菓子を捕獲したりするんだろうかと考えてしまいます。

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こちらが当たりクジ入り餅っこ。中に入っている2つ折りの紙を開くと、書かれていたのは靴下、かりん糖にティッシュ。最後に開いた紙にティッシュの文字が見えた時にはデレスケな子供達はなにが可笑しいのか大笑いしていました。このゲーム性のある行事は予想通りに子供達に好評で、1時間後の次の回も参加すると言い張る程に楽しめた筑波山神社の年越祭でした。