東京都墨田区、スコッチグレインの製靴工場を見学

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東京墨田区に本社を構える「ヒロカワ製靴」さんの工場見学に参加して参りました。製靴の主要産地である浅草の地場産業を盛り上げようとしている「エーラウンド」主催のイベントに「スコッチグレイン(ヒロカワ製靴)工場見学」というのを発見しまして、3時間程の小ツアーに参加を決めたのでした。中国やタイ等の海外の製靴工場の見学はした事はあるものの、国内の靴工場の製造ラインに入るのは初めてでワクワクで集合場所へと向かったのでした。※ 実際に訪れたのは2019年前半で、すでに一年以上前となります。

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ヒロカワ製靴の工場は東京都の東部、下町と称されることの多い、人口27万人が暮らす東京の特別区のひとつ墨田区にありました。上の空中写真の赤矢印が指し示してい辺りが工場の所在地で、手前に流れる荒川、工場近く流れる隅田川と大きな河川に挟まれた土地の北側が墨田区(その南側は江東区)。

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ヒロカワ製靴は東京オリンピックが開催された昭和三十九年(1964)に、新潟県糸魚川より上京した現会長・廣川悟朗氏が台東区で起業した企業です。一般的には会社名のヒロカワ製靴より製品名であるスコッチグレインの方が知られている会社で、国内の紳士靴市場では製靴メーカーとしてトップを独走するリーガルに次ぐと認知されている会社です。

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創業者の長男であり、現社長の廣川雅一氏による会社概要の説明が先ずありました。当初は他社アパレル系ブランドの下請け業務を中心とした操業が続いていたものの、広告代理店セールス担当者の助言で自社ブランド「スコッチグレイン」を1978年に開始。墨田区の工場以外には工場を持たず、他社に委託しての生産もなく500靴/日ほどを紳士靴を中心に生産しているのだそうです。使用している皮の話しも現品を目の前にしての説明もありました。ヒロカワ製靴では世界各地より皮を仕入れており、一部には国産の皮も使用しているのだとか。首の周囲は皺が出易いことや、お尻の部分は品質が高い。一枚(半身)の牛革から取れる靴は4-5足程で、使用する革パーツの裁断は全て自社工場でしているのだそうです。

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工場見学で最初に訪れたのは底材の裁断工程でした。厚めの成牛の皮より抜き型を使用して、無駄が少なくなるように型位置を調整しながら抜いていく作業です。合皮を使えば経済寸法から逆算して、もっとも効率的に部材が得られるのでしょうが、大きさや品質にバラツキのある生き物の皮である本革を使用しているので、作業員の腕の見せ所といった作業になっていました。狭い作業場には木箱入った無数の金型と、打ち抜かれた底材が山と積まれています。

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くり抜いた中底は表面を削り厚みを整えた上で、次の工程でリブを接着するための糊付けをしていました。一方では中底を成形するプレス工程があったのですが、もしかすると見るべき順番が入れ替わってしまっているかも知れません。包丁から半導体まで製造現場は数多く見てきた経験があるので大枠での流れは理解でていると思うのですが、靴は基本からしてよく分かっていないので、自分の説明には誤りが多分にあるかもしれません。あしからず...

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スコッチグレインの製靴はグッドイヤー・ウェルテッド製法ですので、仕上がった中底に必ず設けられる"リブ"を取り付ける作業おこなわれているのが見られました。19世紀に米国チャールズ・グッドイヤー・ジュニアにより確立されたとされる製造製法で、靴を長期使用するのを目的として、リブに甲革、中底、コバを縫い付け、本底と甲皮が直接縫い付けられていない為に靴底を変えながら使用を可能とした伝統的な靴製法です。そのリブを中底に付ける動画がコチラです↓

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甲革の部分の切り抜きも工場内で同様におこなわれておりました。中底や本底と違って、目に見える部分となる甲革ですので目立つ皺等は避けながら打ち抜くことが必須。工場内を案内していただいた社長さんの説明によると、甲革の縫製は以前は自社で生産していた工程だったのですが、外部に現在は国内の取引先に委託しているのだとか。

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ヒロカワ製靴の木型を起こせるのは社長と会長の2名に限定しているとの事なので、アチコチに置かれている抜き型は、それらの木型から型紙/金型を起こしたモノとなる筈です。木型と書いておりますが、樹脂製のモノが主流となっており、こちらも現在は外注しているそうです。打ち抜かれた部品には黒だけでなく、3520と製品型番が金型に書かれていたので調べてみると、チャーチのディプロマットで有名な、つま先に横一文字セミブローグの靴に用いられるパーツなる様です。

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製甲工程の現場風景。上の写真で左側に立っている紳士が廣川社長です。他社OEM生産をしている会社では顧客情報保護のために撮影禁止となる製造現場も多いですが、ヒロカワ製靴の工場はほぼ自社製品のみという方針による事情もあり写真撮影OK。何でも分からないことがあれば気軽に訊ねてくださいとの力強いお言葉が廣川社長よりありました。現在3つの建物に分散している作業場を、2020年にできる予定の新工場に集約する計画だと伺ったので、若しかすると既にピカピカの新工場が稼働しているかも知れません。

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ステッチの継ぎ接ぎがクモの巣のようなモデル「スパイダー」等、限定数量の靴の製甲は現場を見させて頂いた社内で製甲をおこなっているようです。手前の金銀ハデハデモデルはスパイダー「雅」で、Kyoto Leatherとの協業モデルだとか、失念してしまいましたが西陣織か何かの伝統技法が用いられている特別仕様で、革どうしのツギハギも多いので従業員が担当を避けたがるとお話しもありました。

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材料の切り出しは手作業が多く見られましたが、靴の組立ては機械が主役の地位を占めているかの様でした。上の写真に写る厳つい機械はつり込み機「トゥ・ラスター」。中底に甲革を被せた後のつま先部分を1時間で200足以上ガチャン・ガチャンと形成+接着できるイタリア製の機械です。そのマシンの稼働場面を写した動画がこちら↓

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甲革を引っ張りながら、中底に沿わせて釘を打って固定しているようでした。パーツ組み立ては機械でドンドンだけではなく、大量の靴と機械の隙間のような空間で鬼ハサミの側面でコンコンと鈍い音を立て続ける職人さん達も多数。

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仮止めホチキス、余分な革を切る等の機械が沢山並んでおり皆さん黙々と作業されていました。下の動画は甲皮+裏皮と中底をコバの部分と縫い合わせる作業(すくい縫い)を撮影したものです。ダダダっと小気味良いミシン音と共に一足分があっという間に縫われていきました。この後の工程には通常練りコルクをクッション材として入れるところですが、スコッチグレインの靴には劣化しにくく弾力性のあるEVA樹脂を挿入していると説明がありました。

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その後には芯底、靴底を圧接。上下から同時に圧をジワリとかける機械が用いられておりました。ハンマーで叩いたり、大型クリップで押さえる方法ではとても間に合わないのでしょうから、こちらも機械でバンバンと数トンの重さをかけ、本底も付くとだいぶ靴らしい姿となりました。工夫を詰め込んだ専用治具を用いて作業にあたっていると言うよりは、各工程にはその用途にあった専用の機器があり、それらで作業にあたっている感じを強く受けました。

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甲革からはみ出ている本底の部分をズダズダズダと鳴り響く機械でぐるりとカットしたり、コバの部分を荒削りしたり、本底に装飾溝を入れたり、表革とコバを縫う"出し縫い"を機械でガガガと凄い勢いでおこなう等と様々な工程が工場内の密集した場所でおこなわれていました。

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残りは仕上げに向かう工程で、コバの部分をヤスリ機で調整したり、靴底への踵の貼り付け、面取りと進んでいきます。靴底は決まった大きさの抜き型で抜いている筈なのに調整でも凄い量のクズが出るようで、機械の奥に溜まった屑の山には驚かされてしまいました。この辺りまで工程が進むと、靴の左右の差も重要となるようで、靴の左右を同時に持ち上げて均一となっているかを確認する場面も目にしました。

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コバ部分への化粧(着色)作業も手馴れたもので、片手で持った靴がクルクルと回転する様はまるで曲芸のようです。上側の写真に写る茶色靴の色がボヤけて見えるのは、汚れ防止のビニールがかけられているからです。踵部分の靴底への接着工程もあったのですが、そこには社長の説明に耳を傾ける見学者の山ができており撮影ができませんでした。

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水性の艶出しスプレーを施す作業場。靴が完成に近付いていくと検品、表革をコーティングする艶出し工程に入っていきます。お酒を飲みながら?ウィスキーで靴を磨くモルトドレッシングが施された高級靴も置かれており、仕上げにも色々とあるものだと思わされてしまいました。

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靴底につける刻印が並べられた台が作業場にありました。これを押すとスコッチグレイン(ヒロカワ製靴)で製造した証となります。これまでに目にしたことのあるデザインもあれば、初めて見るモノも沢山並んでいました。革靴をコツコツ鳴らして歩くのが好きな自分は、休日に靴磨きをするのが楽しみなのでスコッチグレインも試しに購入した事が勿論あります(ただし、どうも自分の足とは相性が良くない...)。スコッチグレインというと鍛冶場で金槌を持つ姿の左右を稲穂が配されたロゴを思い出すのですが、会社名の由来となったスコッチ・グレインレザー(古い樽中の大麦を使用して作った革の模様)は、麦だったとこの時になって気が付いたのでした...

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町工場の雰囲気を色濃く残す製造現場で、丁寧な作業を通して造られているスコッチグレイン。この時の工場見学を通して自分は、この会社の製品に良い印象を持ちました。サイズの刻みが多い為に製造/在庫数が多くなるのが避けられない既成革靴の扱いは難しいのか、三万円の靴の需要でなく、三千円の靴が求められ、何処が大底なのかと右肩下がりで縮小する国内革靴市場が主原因なのか。ここ10年ほどは大手の靴問屋やメーカーが次々と退場していくのを見聞きすると心苦しく感じてきました。昨今のコロナ禍で紳士用の革靴需要はどうなっているのかなどは聞くのも恐ろしい程です。沢山貼り付けた製造現場の写真を見返すと、スコッチグレインの靴がより多く売れると良いなと思うのでした。