稲香る那須烏山・大木須集落で田植え&稲刈り体験

f:id:tmja:20190523152108j:plain

栃木県東部、茨城県と国境を接する那須烏山市に家族で田植え&稲刈りに行って参りました。我が家は毎年どこかの体験型の田植え/稲刈りに参加しており、この年は栃木県と千葉県にて、その前年には埼玉県(横瀬市の棚田行田市の田んぼアート)に参加していたのでした。毎回同じでは面白くないと思って何かしら変化を求め続け、今回は通常のお茶碗おに盛る白米ではなく、日本酒醸造に実際に使用する酒米を作るイベントに参加する事にしたのでした。

f:id:tmja:20200622101202j:plain

那須烏山市は県庁所在地・宇都宮より東に30キロ程、八溝山の西麓、那須丘陵南端と平地より山間部に差し掛かる場所にあり、那須岳より流れ出し、大洗で太平洋の注ぐ那珂川の中流域に位置する人口2万5千人の町です。クルマで向かったのは那須烏山域の東端、以前は水戸藩との国境という意味で”堺村”と呼ばれていた「大木須」集落でした。

f:id:tmja:20190523152114j:plain

この大木須集落には同じ年に合計3度訪れる事になったのですが、実は全3回全てで遅刻をしてしまったのでした。東北道を北上して北関東自動車道に入り、宇都宮上三川ICで一般道に下りてから1時間。下道を走る時間が予想以上になが~く、毎度10分程の遅刻となり、駐車場にクルマを入ると、参加者の皆さんが築130年の大きな古民家の前で準備運動をしているヤル気満々な姿を目にするのでした。

f:id:tmja:20190523152121j:plain

f:id:tmja:20190523152118j:plain

準備運動終了後に高台にある古民家よりも見えていた一反程の小さな田んぼへと向かいます。はじめに地元の農家の方による田植え指導がありました。国内の多くの他地域と同じく、那須烏山地域も”耕すものは此処彼処”という農業を主としてきた地域で、戦後スグと比較すると田畑はおよそ半減しましたが、市内面積の2割が現在も農耕地となっており、なかでも米が主要産品となっています。

f:id:tmja:20190523152126j:plain

f:id:tmja:20190523152129j:plain

田植えはこれまでも何度か参加しているので、やり方自体はお手物ものとして説明もロクに聞かずに苗を植え始める息子。すでに他のグループにより田植えがなされている区画(上写真)を見ても想像が付くかと思われますが、後の草刈りを容易とするように苗を一直線に並べるためのロープやコロコロでの植える場所に目安を付けることはなく、フリースタイルでの自由な田植えです。縛りがないことをこれ良しと、息子は猛スピードで田植えを終えていました。

f:id:tmja:20190523152123j:plain

田んぼや畑に出掛けると必ず何かしらの生き物を見つける我が家の子供達は、今回は蛙(アマガエルかな?)を捕まえては周囲の子供達より羨望の眼差し受けておりました。

f:id:tmja:20190523152039j:plain

f:id:tmja:20190523152043j:plain

自分は田植えは"遊び"でしかしないので、色々な田植え方法や地域差による違いがあるのだと思うのですが、一反程の田んぼを左右から苗を後退しながら植えていくと、予想通りに中心付近でごっつんことなりました。中央で植えている人達の逃げ場がなくなるので、中央部は田植えをせずに畦に上がらなくてはいけなくなっていました。残った部分は最後に縦に一気に植えていけば全面に植えするのかなとも推測しましたが真相はわからずじまい。田植え後の状態は写真で見られるとおり、トホホな有様で後で直される方は大変そう...

f:id:tmja:20190523152049j:plain

f:id:tmja:20190523152053j:plain

田植えの後には近くの水の流れで泥だらけになった手足を洗い流すと、お待ちかねのランチタイム(+お酒飲み放題)の時間でした。家族で出掛ける時の我が家は、99%自分がハンドルを握っているのでお酒が飲めるのは日本手酌の会会員の妻だけという場面が多いです。この日は甘酒も振るわれたので、”いけるくち”の息子が、これは美味しいと何度もおかわりをして喜んでしていました。

f:id:tmja:20200611154835j:plain

そんな田植えをしてから4か月後の9月中旬、再び大木須集落に戻って参りました。前回の田植えと同じく自分達は少し遅刻して到着。時間通りに集まった方々は既に準備体操が終わってしまっているようで、田んぼへと向かおうとしているのだとクルマを駐車場に入れながら目にしたのでした。

f:id:tmja:20200611154844j:plain

f:id:tmja:20200611154848j:plain

田植えをした場所には黄金色の稲穂がしっかりと実っていました。刈り取った稲を干すための稲木が田んぼの後方に既に設置されており準備万端といったところ。しかしながら、稲刈り用にと渡された外国製の鎌はサビサビでした。もう稲刈りを手でおこなうのは教育や体験だけの世界というのを如実に映し出しているように感じられます。

f:id:tmja:20200611154900j:plain

f:id:tmja:20200611154857j:plain

多くの参加者に交じって妻と子供達も片手に稲、片手に切れない鎌で参戦しました。田植えは汚れるからと言って1ミリも田んぼに入らなかった娘ですが、足元がぬかるんでいない稲刈り時には豹変して、人間コンバインならぬ、”人間稲刈りマシーン”となり凄い勢いで稲を刈り取っておりました。

f:id:tmja:20200611154853j:plain

f:id:tmja:20200611154749j:plain

収穫したお米は「五百万石」です。五百万石は戦前に開発された米種で、戦後50年程は日本酒に用いられる米種としては不動の一位(現在は山田錦が首位)を守り続けた輝かしいお米です。比較的に小さめの米ですが、それとは反対に雄大さを感じさせる五百万石という名前の響きが素晴らしい。

f:id:tmja:20200611154752j:plain

f:id:tmja:20200611154756j:plain

f:id:tmja:20200611154812j:plain

飼った稲を一定数ごとに結びあげ、稲木にかけていきます。「春には稲の種子を撒き、秋には刈り取り新年を待つ、おじさんには憂はなく おばさんはいつも楽観的」と歌うのが自分の稲刈り労働歌だったりします。元は60年程前の台湾映画の挿入歌で、故郷の農村風景を歌った部分。あと口から出るのは「みのる稲穂に富士と鳩 愛と平和を表わした 旗はみどりの風に鳴る 土にとりくむ若人の 意気と熱とがもりあげた エフエフジェー x 2 われらの誇り」かな(*´艸`*)ウシシ

f:id:tmja:20200611154803j:plain

f:id:tmja:20200611154808j:plain

農作業に人が集まった長閑な里にずらりと並んだ収穫された稲穂。子供達が今回捕まえた生き物はイモリでした。

f:id:tmja:20200611154823j:plain

那須烏山地域は海から50キロも内陸に位置するのですが、大昔はこの地域も海であったというのが驚きで、貝やクジラの化石も出るのだとか。日本ジオパーク登録に向けて頑張っているので応援してください(宣伝)。集合場所でもあり、ランチを頂いた高台の古民家より望む田んぼの景色です。今回収穫したお米の話しは続きがあるので、また近いうちに(≧▽≦)ゞ

f:id:tmja:20200625150747j:plain

f:id:tmja:20200611154831j:plain

食後に、近くの池でザリガニ釣りが始まり子供達も参加。釣れるのは周囲の人たちがマッカチン、マッカチンと呼んでいたアメリカザリガニです。息子が持っているのは一脚が大きいのでおそらくオス。池にいると見られる2-30匹程のザリガニを烏賊の乾き物やソーセージ等で釣り上げては池に戻しし、釣り上げては戻しを飽きずに繰り返していました。↓下の動画は娘が釣り上げた瞬間を写したビデオです。