コーン仮面舞踏劇の仮面(ミニチュア)体験製作とラーマーヤナ

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海外出張業務でタイ北部のチェンマイを訪れました。13世紀に北東アジアに興ったモンゴル帝国の南下を受け、旧都チェンライから1296年に遷都したのがチェンマイの始まりで、歴史的な長さによりタイ国内ではバンコクに次ぐ第二の都市として看做されています。市内の芸術文化センター前にはパヤオ王国カムムアン王(左)、チェンマイ王朝のマンラーイ王(中央)、スコータイ王国ラムカムヘン王がクメールやモンゴルからの攻撃に対して一致協力した事を讃える石像が立っており、観光客の隣りで参拝する人の姿が見られました。

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バンコクへと戻る夕方の便に乗るため、チェンマイ空港へと向かう前に気になっていたお土産物屋さんを一軒訪れてみました。「INTANU」と言う名前のお店で、タイの仮面舞踏劇で用いられる仮面のミニチュアを観光客向けに製造販売をしています。飾られているモノの異様さと、通りから見ると暗い店舗は足を踏み入れ難い雰囲気があったのですが、意を決して入ってみたのでした。

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タイの仮面舞踏劇と紹介されることの多い「コーン仮面劇」は、インドで紀元前より愛され続けられる物語ラーマーヤナを主に演ずるもので、東南アジア広域にて同様の劇が伝承されています。現在のスリランカに拠点を持った夜叉王ラーヴァナにシータ姫を拐われたコーサラ国のラーマ王子が、ハヌマーンを初めとする猿軍の協力を得て激しい戦いの末に姫を奪還する物語です。スコータイ王国”ラム”カムヘン王や、現タイ国王のラーマXX世のラーマの由来でもあり、物語が王家の正当性の根拠(王権神授説)ともなっていました。大昔は演者全員が仮面を被り、弁師がセリフや情景を説明した形式だったものが変化していき、現在では夜叉と猿の演者のみが仮面を被っている事が多くなっていたりします。上の写真は猿軍で最も勇敢なハヌマーンの仮面を被った演者です。

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仮面劇に用いられる仮面は大きく分けて3種類、神/人間、悪魔、猿などの動物となっており、それぞれの顔色や装飾が厳格に定められていると云われます。お店の最も目立つ場所には片方の牙が折れ、左巻きの鼻をもつ姿で表される事の多いガネーシャ神の仮面が展示されていました。ペーパーマッシュで作られた仮面で、宝冠や各種の装身具はその像の地位や各の高さを表現しております。赤いガネーシャの両脇にはラーマ王子やシータ姫等の人間/神役の者が被る煌びやかな宝冠も一緒に飾られていました。

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店舗内に展示されていたバラタムニの頭像がタイの店舗内に展示されているのに驚きました。現在のインド舞踏の根本となる演劇論「シャーストラバラタ」を記した聖人バラタムニです。神々に演劇を請われた梵天がバラタムニに命じて書かれた聖典とされています。インド映画で踊りが重要なのも、お寺で見る仏像が結ぶ与願印や施無畏印などの印相も根本はこの方に辿り着くと云われています。人の仮面の例です。

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お店の中ではないですが悪魔の仮面の例。北上市・鬼の館展示のコーン・マスクになります。夜叉王ラーヴァナの弟・クンバカルナ(泰語クンパカーン)、悪魔の王族の仮面です。クンバカルナは生後すぐに世界守護神であるインドラ(帝釈天)を負かす程の武芸者で、山のような体躯を持っておりました。夜叉王ラーヴァナの王宮に攻め入ったラーマ王子は激戦の末に敵軍のほぼ全てを打ち破った時に出てくるのがクンバカルナで、ブラフマー(梵天)によりかけられた魔術で9月に1日しか目覚めない熟睡中であったものの、ラーヴァナが1万頭の象を嗾けてクンバカルナを踏ませると、その心地良さに目を覚ましてラーマ軍の大半を打ち負かす大活躍をしたのでした。

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ラーマーヤナ物語の内容は知らなくとも、インドを中心として広域で見かけことの多い象面の神ガネーシャ。そのガネーシャが多様な色装飾がなされて壁一面に飾られていました。ヒンドゥー教の最高神シヴァ神と妻パールヴァティの長男で、布袋様にも通じる豊かで富を感じさせる身体を持つ神で、知恵と富の神として崇拝されています。最初は記念品としての仮面購入と工房見学ができれば良いと考えていましたが、体験作業も可と分かり、今回はこの店舗の裏にある工房で体験絵付けをさせて貰う事になったのでした。

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店舗裏では夜叉王の息子アヒラバン等の製作途中のラーヴァナの息子達が沢山並んでいました。以前にバンコク・バーンプラットにてコーン仮面製作で有名なサタポーン氏を訪ねた事がありましたが、その教室と似た雰囲気を感じました。従来の手法では石膏型に楮紙を充ててマスクを造るのですが、型抜きで量産されたと思われる塗装前の仮面や頭上に飾る宝塔がズラリと棚に並んでいました。

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拙い自分のタイ語で体験絵付をしたいと伝えたところ、「何を造る、ガネーシャ?」と聞かれたので「猿、ハヌマーンをお願いします」と少し考えてから応えました。この時に上述のバラタムニの仮面は劇で使用される事があるのかと聞いてみたところ、両手を合わせて拝む姿して「これだけ」と言われていました。仮面劇に用いられる猿王ハヌマーンの仮面は上の写真の様なもので、白変種である白面の猿としてタイでは描かれる事が常です。武芸の達人として現在にも飛び掛からんと口を大きく開いているのが特徴となっています。

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タイのSINCLAIR PAINT社の塗料を用いて下地造りをしていきました。日本の伝統的な仮面であれば牡蠣の貝殻を砕いて作る胡粉を膠で溶いたものを重ね塗りするところですが、アクリル用の下地材を中筆でベタベタと塗って、ドライヤーで緊急乾燥していました。実はハヌマーンの顔材がなく、既に描かれていた完成品を塗りつぶして利用する事となったので頭が朱色だったりします。おそらくは猿の国の国王スグリーヴァの面だったのではないかなと思われ...

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強制乾燥した仮面に縁取りを施していきました。奥に小さく見える完成品ハヌマーンを参照にして、緑+白を混ぜた緑色で大胆に塗っていきました。出発時間が迫ってて急ぎ作業だったとは言え、写真で見直してみると塗りと線引きの荒らさが目立っっていて恥ずかしいです。

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お店の人が面相筆でグラデーションとなっている部分の朱色部分の補正をしてくれました。自分が作業をしている時には気が付かなかったのですが、ハヌマーンは大口を開けて咆哮する姿で描かれます。唇を噛むような仕草をしている目の前の仮面、これはハヌマーンではなく猿王子アンガダではないかとの疑問が浮かぶも完成真近らしいなので続行しました。つぶらな瞳に愛嬌の感じらる此のハヌマーン? の仮面は現在も会社の机に飾ってあり、「怠け者は何処だぁ〜」とサボる人間を睨みつけていたりします。

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インドラ神が命じて作られた都との正式名を持つバンコク。そのバンコクのタイ王宮敷地内ワット・プラケオ寺の回廊に有名なハヌマーンの壁画があり、巨大化したハヌマーンがラーマ軍を口の中に入れて護っている姿を描いています。このワット・プラケオしかり、アンコール・ワットの第一回廊しかり、インドネシアの影絵芝居ワヤンしかり。仏教化、イスラム化する前の東南アジアではインド大陸の影響が広く及んでおり、その影響は現在でも東南アジア諸国で垣間見ることができます。シンガポールの国名は梵語由来(獅子の町の意)ですし、イスラム教国であるインドネシア国営航空ガルーダ・インドネシアのガルーダはヴィシュヌ神を乗せて翔ぶ迦楼羅が由来。タイにおいては王政行事がヒンドゥー教司祭バラモンにより現在も執り行われているといった具合いです。

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敬虔な仏教国と看做されるタイでは、ヒンドゥー教の神々が実は大人気で、街中でガネーシャ神やビシュヌ神、インドラ神、ラクシュミー神などが祀られており、現世利益を願うタイ人が日々祈りを捧げている姿を目にする事ができます。上の写真は霊験あらたか度ナンバーワンと呼ばれるエラワンのブラフマー神。ガネーシャ神は商売の神として、商店やタクシーなど多くの場所で目にします。シーロムにあるヒンドゥー寺院の例大祭ナヴラートリではインド宗教省庁やヒンドゥー教司祭、タイ及び近隣諸国のヒンドゥー教信者、そして大多数を占める一過的な関わりで現世利益を求める地元仏教徒のタイの人々達。仏教、ヒンドゥーの神と分けることなく、溶け込んでいるかの様な風景となっています。

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バンコクのスワンナプーム国際空港・出発ロビーにはラーマーヤナで登場する12柱の大きな夜叉立像が並んでいるのが有名です。その顔の絵付けはチェンマイで体験した仮面舞踏劇のモノと同じ流れに見えます。ラーマ王子に敗れた後にヒンドゥー(仏教)教に組み入れられ護法神となり、悪者が空港に入ってこないかと睨みを効かせています。また出国審査を抜けたところにはヒンドゥー教での天地創造である「乳海攪拌」の像がドーンと置かれており、多くの観光客が写真を撮っていたりします。ヴィシュヌ神が立つ須弥山に竜王ヴァースキを巻き付け、神々が尾っぽを、阿修羅が頭を持ち交互に引く事で大山を回転させ、1,000年も大海を攪拌して世界を生み出したと云うインド神話がモチーフとなっております。

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自分がタイにを初めて訪れてから既に25年以上が経ちました。悠久の歴史と、圧倒的スケールを誇るアジアの二大文化帝国(インド、中国)に憧れていた自分はタイ等の東南アジア諸国を当初は軽視していました。業務駐在をしていた事もあり中国は全省、インドも東北3州を除く全州とアチコチと覗き見て歩いたのでした。そのうちに、インド/中国の周辺国の方にこそ古い文化が残っている事も多いと気が付き、各民族/地方の多様な姿もまた面白いと考えを変えたのは暫く経ってからでした。ピーと呼ばれる精霊信仰を持ち、タイ全土の至る所にピーを祀る祠があるタイ。仏教の神仏であろうとヒンドゥー教の神仏であろうと御利益があるらな拝んでおこうとするタイ人は、根っこの部分で日本人と通じると感じる時があります。本家では見逃されないであろうハヌマーンとアンカダの違いは、共にインドからの神だから(観光客相手だから)良いかとするのもタイらしい体験だと思ったのでした。