飛騨高山に咲き続ける華、「かみなか旅館」に家族で宿泊しました

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家族旅行で岐阜県に行って参りました(≧▽≦)ゞ 日が暮れゆく東海北陸自動車道を名古屋より一路北上し、飛騨清見ICより中部縦貫自動車道の無料区間を通り高山市に到着したのは夜8時を過ぎ。夜道をカーナビを頼りに到着したのはJR高山駅そばの元遊廓である旅館「旅館かみなか」さんです。駐車場でクルマから出した荷物を抱えて、出格子に揺れる部屋の明かりを横目に玄関へと向かいました。

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高山市(2,178km2)は都道府県である香川県(1,877km2)よりも大きく、大阪府(1,899km2)より大きく、東京都(2,188km2)とほぼ同じ面積を誇る面積日本一の自治体です。飛騨山脈、両白山地に囲まれた山岳地帯にあり、古くは飛騨国に端を発する人文の古い地域。今回宿泊した旅館かみなかは、町勢の拡大に伴い国分寺から高山本線の間に設けられた旧花岡郭跡があった場所にありました。

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花岡町にある此の旅館は明治二十一(1888)年に料理屋(遊郭)として建てられ郭として営業を開始しました。木造二階建ての切妻造/寄棟造で鉄板葺。玄関正面及び館内の生け花は皆女将さんの手によるものだそうで、夏らしい向日葵と玄関の風知草が涼しげです。花街だった当時の歴史的景観に寄与している伝統的な建物として平成24年に登録文化財となりました。

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飾られている昭和十二年(1937)の写真に映る「旅館かみなか」は唐破風の正面玄関に1階2階共に出格子の外観で、80年近く前の姿が現在のものと変わらずな姿だという事が驚きです。この写真が撮られた2年前には高山の街でちょっとした興行が催されていました。場所は市内より数キロ東北の上野平で、地元出身の飛行士による展示飛行がおこなわれ、1万人にも及ぶ人々が一人の女性飛行士に歓声をあげていたのです。

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その女性の名前は上仲鈴子さん。その彼女の生家が「旅館かみなか」でした。妓楼の家で踊りや三味線を習い育つも、男性勝りな性格で家を飛び出し19歳で女性飛行士となり。21歳の時には大阪-東京間を3時間42分で飛ぶ無着陸飛行を女性で初めて成した女傑です。上述の郷里・高山での展示飛行を最後に女飛行士としての人生を終えた後は芸道の道を進みました。この宿に今回宿泊したいと思った理由は岐阜県初の女性飛行士・上仲鈴子さんの話しを女将さんに伺いたいと思っていたのと、その鈴子さんより長唄の柏伊千蔵の名前を受け継いだ現・柏伊千蔵氏にお会いしてみたいからでした。

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外装の漆喰や格子の赴きも素晴らしかったのですが、往時の雰囲気を彷彿させられる内装もまた素晴らしい。意匠を凝らした館内には各部屋の入口に格子戸を持つ玄関が並ぶ空間もありました。紅色の敷物が続く薄暗い廊下、着飾った遊女に手を取られる旦那の気分は如何ばかしだったのかと考えてみると...結構良いかもしれない(o´艸`)。

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女将さんの案内で到着したのは9畳+縁側の「竹の間」でした。部屋の名前の通りに竹材がココソコに使用されている部屋です。到着が遅かった為か既に布団が4つ敷かれていました。女将さんよりは宿の成り立ちや御家族のお話しを聞かせて頂けました。女将さんは季節ごとの食べ物や花に詳しく、時間の都合上で夕食を頂けなかったのを後悔したのでした。

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玄関の衝立後ろの階段とは別の建物奥にある階段を下りて風呂場へ向かいました。古い和式旅館の多く見られる急角度の階段です。かみなか旅館のお風呂は小さめで2-3人も入れば一杯といった湯船。飛騨路の夜は夏でも寒さを感じさせるので、息子と背中の洗いっこをしたりして長く浸かりました。

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夜が明けました。自分達が宿泊した竹の間はこの旅館で人気のある部屋なのですが、その理由がこちらの日本庭園を二面見渡せる眺望です。庭は鯉が沢山泳ぎ、水の音、樹齢200年の灯台躑躅と艶やかなもので、広く窓を開けると通る朝の風が心地良いものでした。

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かみなか旅館は背筋を伸ばしているかの様に建物がピシッとしているのが感じられます。それだけでなく、手入れにもキチンとした職人が入っているようで館内を歩いているだけで気分が良くなってしまう宿でした。四代目の女将さんも長い旅館の流れを受け継いだ伝統が感じられ、この旅館がハードだけでなくソフトも群を抜く宿であると感じられました。

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此方の小さめな部屋は物置だった場所を大掃除して、飛騨家具を配してつくった"ラウンジ"です。正面のガラスは角度によって歪みが見える大正ガラスで、夏の緑がよりより一層鮮やかに映っていました。

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早朝の館内巡りを愉しみ、良い旅館の空気に浸った気分で部屋に戻るとゲームに夢中となっている息子。庭園を見下ろしながら、涼しい風を受けたならばゲームを持ち出さねば野暮と言ったところでしょうか?  隙あらばお酒を呑もうとする妻、隙あらばゲームをしようとする息子は間違えなく親子だなと日々思っていたりします。

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朝食は1階の庭に面した大広間が会場でした(自分達の部屋の真下?)。朝食には朴の葉の上で自家製味噌と薬味、山菜キノコを和えたものを焼き、ご飯と一緒に食べる朴葉味噌が供されていました。また、自分が正しく覚えていれば、床の間にあった掛軸は滝を描いた水墨画で、遥かに聞こえる水の音を感じながらの食事にとの意向だと思った記憶があります。

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かみなか旅館が建つ通りを南から北へと見た眺めです。明治二十一年に4軒で始まった花岡遊郭は大正期には16軒を数えるまでになり繁盛しました。しかしながら、建物が現存しているのは「かみなか旅館」のみで、元遊郭を立て替えて旅館を経営している「いろは旅館」と併せても僅か2軒しか残っておらず、往時は高山の豪商が遊んだ花街は現在ではその面影は殆ど感じられません。

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国の重建伝に指定されている城下町・商家町の古い町並みや宮川朝市など、山間の都・飛騨高山は現在でも魅力溢れる町です。翌日には友人達と川辺でのキャンプがあり延泊は叶わなかったのですが、自分の期待以上だった「かみなか旅館」さんを通して飛騨高山より多く体験したいと思いました。次回訪れる時は丸五味噌さんの再訪と、ガラス作家・安土さんの工房訪問。それに、「料亭 洲さき」で二百年以上続く江戸時代の料理「宗和流本膳崩」を頂いてみたいと考えていたりします。