国内には数多くの素晴らしい宿があり、その幾つかは家族経営で慎ましく、大きく絢爛なホテルと違ってあまり宣伝を目にする事もなかったりします。この日に宿泊した宿は会社の人間に紹介を受けた場所で、日本一の高さを誇るあべのハルカスの足元に、こんな場所が残っているのかと驚いた場所でした。
天王寺駅北側。この辺りは大阪の大空襲の時に被災を間逃れた地区で、駅を道路1本挟んである天王寺駅前阪和商店街はまるで映画のセットの佇まい残す場所でした。宿の方曰く、昼は乾物屋、夕方からは飲み屋が多いとか。
宿の入口が分かりにくいとは聞いていましたが、本当に分からず通り過ぎてしまった。上の写真に映る手前から2軒目レディスショップと次の黒い商店(能勢茶舗)の間にその細い路地がありました。ここまで駅から3分ほどと駅よりのアクセスは抜群です。
その路地を入ったところです。暗く、この先に今晩の寝床がなければ決して足を踏み入れないであろうろう感じ。写真中央に宿の看板が煌々と照らされています。
この日の宿・ 葆光荘(ほこうそう)の入口に到着しました。見上げると宿の建物の向こうに聳えるは地上300m、60階建てのあべのハルカス。凄い光景だなと思わず魅入ってしまいます。
視線を地上に戻すと、棟門の入口にえんじに白抜きの暖簾。葆光荘の葆光という言葉はあまり聞かないと思い後日調べてみると、中国の戦国時代の思想家、道教の始祖のひとり荘子の著書「荘子」にまで遡り、包み隠しても、漏れ光る叡智の意だとか。
暖簾を潜ると宿入口へ向かう通路となり、とても大都会の真ん中とは思えない落ち着いた雰囲気。身を屈めなくては入れない木戸を潜ると玄関前に到着。
玄関口には誰もおらずでしたが、福助人形がお出迎え。玄関に並ぶ靴の数から見ても、かなりの客数で賑わっているようです。築130年を越える家屋にも関わらず、内装がとても綺麗さにまず驚きました。
和室10畳の中庭に面した部屋に案内を受けました。普段は金額の事はブログには書かないようにしているのですが、今回の宿泊費は片泊まりで7,000円未満です! 昨今の外国人旅行者を含む、宿泊需要の急増でホテル不足叫ばれる大阪中心部にて、中庭付きでこの値段…。ベッドだけで寝るだけの宿泊特化型ホテルに泊まるのが阿呆らしく思えてしまいます。
この旅館には共有スペース(ラウンジ)があると聞き、部屋に荷物を置いて探索開始しました。2階からラウンジが見える場所があったので入ってみることに。
ラウンジ上部には高い天井に張り巡らされた無数の梁が目の前に。スマホの写真ではその迫力が伝えられないのが残念なほどに立派です。
2階からラウンジ部分を見下ろすと、特徴的な大きなランプシェードが3つ。その向こうには宿泊したゲストの記念写真が飾られています。このあたりは旅館と言うよりはゲストハウスのような感じを受けました。朝食は此処が会場となるそうです。
2階部分中に入ると畳敷きに漫画本が沢山。もし漫画好きな人であれば、ラウンジ内にある自動販売機でビールを買ってきて、この小部屋に籠ってしまいそうな空間です。
1階の通路を奥に歩いていくと風呂場に出ました。この日は難波まで食事に出かける予定があり、取り敢えずどんなところかを下見に来ました。
浴室(男湯)はこんな感じ。宿泊先で汗を流し、足を伸ばして湯に浸かれるのが素晴らしい。大都市での宿泊ですので、温泉でなくとも浴室が利用できるだけでも御の字です。
翌朝、朝食を頂きに午前7時にラウンジへやって来ました。見上げると圧巻の光景。この大屋根の建物は阪神大震災でもびくともせずだったそうです。
翌朝ラウンジに入ると盛りだくさんの朝食が用意されており、 席に着くと年配の女性が配膳してくれました。天井の梁を見て、机に目を戻してを繰り返しながら食事を頂きました。
建物内をキョロキョロして発見した大屋根の大黒柱です。この柱が130年を支えきてきたのでしょう。
天王寺駅から最短1分、部屋は広く、風呂も綺麗で、朝食も美味しい家族経営の落ち着いた宿。最近泊まり歩いている旅籠ような古い旅館は、現亭主の代で店じまいという場所が多く残念に感じる事が多々あります。葆光荘は宿泊客も多く、もしかすると現在ランドセルを背負っているお子さんが跡を継いでくれるかもと、未来が感じられる良い宿でした。