海苔養殖の発祥地・大森、「大森ふるさと海苔の館」で海苔付け体験

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子供達2人に、おばあちゃん、自分の合計4人で海苔造り(海苔付け体験)に行って参りました。場所は現在の海苔主要産地・有明でも、瀬戸内でも、伊勢湾でもなく、江戸時代から昭和初期まで国内最大の海苔生産地だった東京湾・大森地区。  

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上の白黒写真は羽田空港沖の空中写真で、白枠内に多くの海苔養殖場が広がっていたのが写っています。羽田空港の拡張が決まり沖合展開する昭和38年(1963年)の春頃までは写真のような養殖場が広がる海が広がっていたとは正直オドロキでした。海苔は冬に育てるので、1964年の東京オリンピックの前年の春が最後の海苔摘みとなったのだとか。

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2020年東京オリンピック会場のひとつ・中央防波堤埋立地の帰属を巡って大田区と江東区で領土紛争が繰り広げられているのをニュースで見て、江東区は欲張りすぎではと自分は感じていました。オリンピック以前は品川より旧江戸川河口辺りまで海苔の養殖がなされており、江東区側の漁師の漁場も確かに紛争地区にあったので根拠があったのかと独り反省。

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旧呑川と書かれている川を良く見ると多くの船が係留されています。これらはみな海苔船と呼ばれる舟で海苔の養殖作業の用いられたもの。最盛期には1,000軒を超える海苔業者が賑わい、海苔漁場はより沖合へと拡大に伴いしていきました。海苔船はその遠くなった養殖場へと向かうための動力付きの船でした。

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大田区立郷土博物館の分館として建設された「大森 海苔のふるさと館」には、その海苔舟の実物が展示されています。昭和30年代に造られた最後の海苔舟「伊藤丸」、全長13メートルの船腹には海苔網での作業に用いる小型な海苔採り舟「べカ舟」が載っているのが見えます。

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その旧呑川周辺にあった海苔小屋や海苔干し場は工場や集合住宅となり、かつての水運や灌漑に用いられた割掘りは役目を終えて、埋立緑地へと現在は姿を変え住民の憩いの場となっています。

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「大森 海苔のふるさと館」 にやって来ました! 初めて訪れた時に海苔付け体験のイベントが催されるのを知り、申し込み開始日朝一番で電話予約をしたのでした。館入口には本日の体験イベントで使用するであろう、海苔付した海苔簀(のりす)を並べる簀台が多数立て掛けてありました。

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イベント開始まで少し時間があったので、館内を散策して過ごします。源義経と海苔の話しに始まり、江戸時代から昭和までの海苔養殖の歴史などを知ることができる資料館。大森海岸で生まれた海苔養殖技術は全国へ伝播したことに因み、この資料館は「海苔ふるさと館」と名付けられたのだそうです。

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体験イベント開始前となり、一階奥にある会場にやってきました。壁際に座る男性の方々が今回の講師役で、体験イベント参加者の殆どは子供連れの親子でした。四角い海苔を火で炙る作業はお手の物ですが、海苔付け作業は家族の誰もしたことがないので皆興味津々です。

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体験室に置かれていた東京湾に自生する「アサクサノリ」。アサクサノリは赤味を伴った色合いで、柔らかく、病気に弱いのが特徴です。国内で現在養殖されているのは「スサビノリ」という品種で、色が黒く、海苔の伸び良く、病気に強いと三拍子揃ったスーパースターのような海苔だとお話しを伺いました。毎日のように口にしている海苔ですが、知らないことだらけで驚きます。

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館内にある「海苔付け」作業を復元した模型小屋。細く刻んだ海苔を水と共に木枠に流し込み、海苔簀の上で四角い紙状する作業です。陽が昇る前に海苔干場に並べる必要があるため、作業は深夜より開始されるのが普通だったとか。1時間あたり2-300枚の海苔を拵えたそうです。

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ここからは実践となります。両手に海苔切り包丁を握り、交互に叩くよゆに刻んでいきます。包丁を持っている男性は東京オリンピック以前には実際に大森で海苔漁業をされた方で、タン、タン、タン、タンと子小気味の良いリズムが響き、オリンピック開催前の冬の大森海岸はこんな音が響き渡っていたのかと思ってしまいました。

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この日は受講者に数が多いのと時間の制約上の都合で、自動裁断機が投入されました。お肉屋さんにある挽肉を造るのと同じ要領でミンチされた海苔がドバドバ出てきていました。

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そのミンチされた生海苔をバケツから汲み上げ、流し台にセットした海苔簀の木枠めがけて一気に投入。一見簡単そうですが、海苔簀に海苔を均一に漉くには10年以上の年季が必要らしく、木枠を飛び出したり、木枠の片方に寄ってしまったりと四苦八苦。何度か水で試してみてから本物の海苔を付け枠に流し込みした。

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娘の海苔。海苔簀には個別番号が付けられており、このあとに天日干しを経た海苔を郵送してくれます。お日様にかざすと透けるようにスカスカで口溶けしない海苔となるのか、それとも艶のある美味しい海苔となるのか楽しみです。

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ふるさと館の外に立て掛けられていた簀台に張り付けます。この日の体験イベントには九州・佐賀テレビが撮影に入っており、息子がテレビに写ろうと必死にアピールをしていました。我が家には佐賀テレビを見る手段がなく、放送日時を教えて貰ったものの、子供達が映ったかどうかは不明のまま。

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江戸時代と同じように大森海岸に木枠の棚を並べます。日が当たるよい天気の日でした。お日様に1時間ほど晒しておくと、「ピシッ、ピシッ」と海苔が剥がれる音が聞こえてくるので、それを合図に干し棚を裏返して反対面を日に当てる作業がありました。

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海苔造りのあとに食事をしたり、公園で遊んだりとしているうちに夕暮れ時となったので帰宅する事に。海苔が大好物のうちの子供達に海苔造りの一端を見せられたので親として満足。良い1日を過ごせました。

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大森 海苔のふるさと館より後日届いた海苔がこちら。参加者の人数分 x 2枚が確り送られてきました。自宅のガスコンロの前には子供達を普段入れないようにしていますが、この日は特別に海苔を火で炙る体験を子供達にさせてから皆で頂きました。子供達は「パリパリ、おいしい、うますぎ」と上機嫌。海苔付けだけですが自分達が参加して造ったからか、どこか特別なモノのように思える美味しい海苔でした。