海ぶどう平安座養殖場で、プチプチ海ぶどうの収穫体験

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夏の真昼は青い空。沖縄本島から続く海中道路を渡り、平安座島・宮城島を経由して伊計島の入り口にある伊計ビーチにて、海中でタコを見つけたぞと家族で楽しんでいました。海の透明度は高く、波も穏やか。訪れたのは子供達の夏休み期間中にあたる8月初旬で、緊急事態宣言という言葉もまだ聞かず、家族連れもビーチに沢山遊びにきていました。沖縄の太陽がギラギラと殺人光線を発しており、地元の人間は誰もいなのではと思われる暑い日です。海辺での生活経験もなく、海の怖さや常識も大して知らない妻と自分は監視員のいる管理されたビーチを選ぶことにしており、景観が良く設備の整った伊計ビーチは子連れで愉しく遊べるところでした。

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沖縄本島から太平洋側に伸びる与勝半島の沖合には、北から伊計島、宮城島、平安座島、浜比嘉島、津堅島などの離島が並んでいます。この離島群の中に大規模な石油基地と製油所を作る計画が1970年代に持ち上がり、それに伴い沖縄本島とを結ぶ海中道路が建設されました。海上交通の要所だった島々の太平洋側の沖には、昭和50年代に開発に成功した沖縄県の特産品 ”もずく”の養殖場を多数目にすることができます。もずく生産は沖縄県だけで全国シェアの99%を占めており、この地域はそのうちの4割を占めると言われる程の生産量を誇っています。

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この日はもずくではなく、比較的新しく養殖が開始された「海ぶどう」の養殖場が見学/体験ができるとコザの宿主に聞き、海遊びの帰り道に寄ってみることにしたのです。海を隔てて浜比嘉島を望める場所にクルマを停めて、目的地の養殖場の場所を地図で探していました。平安座島と浜比嘉島のあいだは1kmほど。上の写真に写るのは平成九年(1997)に両島を結んだ浜比嘉大橋で、沖縄本島からのアクセスを容易にしました。対岸の浜比嘉島は気軽に訪れられる”離島”として観光客にも人気がある場所です。

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浜比嘉島は琉球開闢の舞台と比定される場所のひとつで、聖地として扱われる場所が島内に幾つもあります。上の写真はそのひとつ「シルミチュー霊場」で、沖縄本島を創造したアマミキヨ・シルミキヨが初めて暮らした場所と伝承されており、元旦の年頭拝みなどの特別な機会でのみ内部を開かれています。集落の巫女が海浜から小石を運び洞窟内の壺にいれる儀式がおこなわれ、「今日の誇らしや 何にぎやな誓てる 莟でいる花の 露行逢たごと」と、正月によく耳にする「かぎやで風節」が流れるなかで奉納舞がおこなわれ、一連の儀式のあとに内部に入らせて頂いた事が以前にありました。

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毎度の事なのですが、この日も伊計ビーチを発った後の宿泊地までの予定を妻子供に告げずに秘密にしていました。伊計ビーチを発って次に訪れたのは浜比嘉大橋の近くにある「海ぶどう平安座養殖場」さん。平安座島は石油備蓄基地の島で、直径80メートルとジャンボジェット機が丸ごと入る大型タンク巨大な石油タンクは平安座島と宮城島の間の埋め立て地だけではなく、目前の100メートル程の小高い山の後方にも沢山並んでいる筈です。海沿いの道路を走っていると「海ぶどう」と描かれた幟が目に入り、その山の麓に探していた海ぶどう養殖場を発見しました。

「夫は変な歌で子供達を常に洗脳しようとする」と妻によく言われるのですが、この時に自宅で子供達と一緒に踊って覚えさせていたのは田所ヨシユキさんの「恋はプチプチ海ぶどう」でした。「海ぶどうはいりま~す」と言いながら養殖場の小屋に子供達とふざけて入ったのは内緒の話しです。毎度のことですが、なぜプチプチ海ぶどうと聞かされていたのかを妻は全て悟ったのでした。

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海ぶどう(正式名称クビレズタ)は国内では種子島以南の南西諸島で自生する南方の海藻で、現在では沖縄や奄美で盛んに養殖がなされています。浅海の岩場で見られる海藻でしたが、その繁殖力の強さに着目して、首里城が再建された90年代に恩納村で陸上水槽による養殖技術が確立されました。クビレズタではなく、葡萄のような見ために因んだ”海ブドウ”や”グリーンキャビア”というネーミングの上手さで新たな市場を開拓。現在の高い認知度を得た海藻です。現在では沖縄県内の養殖(海産物)としては車海老、もずくに次ぐ主要産品にまで成長し、台湾や中国、ベトナムなどの周辺国も見習って養殖を開始するにまでなっています。

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養殖場の小屋に入ると、サービス精神満点なオーナーより完熟マンゴーとジュースでのおもてなしを頂いてしまいました。「海ぶどうは後でいいから、取り合えず食べていけ」と勧められパクパク。お話しを伺うと、オーナが平安座島で海ぶどうの養殖を開始したのは平成26年(2014)。試行錯誤を繰り返して現在に至ったのだとか。それ以前は関東で仕事を長くされていたのだそうです。

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十基の大きな水槽が並らぶ海ぶどう養殖場の現場で、緑の絨毯のようなった海ぶどうを水槽で持ち上げ見せて頂きました。養殖場をビニールハウスとしていないのは海ぶどうが高温に弱いからで、頭上の黒いネットは太陽光を調整するため。光が強すぎると水槽の中にケイソウ等の雑草が発生してしまい、弱すぎると海ぶどうの光合成に必要な光量が得られないと調整が必要なのだそうです。養殖場では近くの海からの海水をポンプで引き揚げており、水温は常に海ぶどうに最適な20度~30度ほどになっているのだとか。苗からの育成に必要な時間は夏場でおおよそ一ヶ月。気温の下がる冬場で一月半。日照と肥料の具合でその品質が決まるそうで、より時間はかかってしまうが、天然物と同じく冬場の方が粒の付きが良く高品質となると教わりました。

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よく見る商品の海ぶどうは茎を外したもので、どこの養殖場でも手作業で分離/選別作業は現在なされているそうです(茎付きとして安価で販売しているものもあり)。数年前に恩納村の沖縄科学技術大学院大学が「海ぶどうは単細胞生物だ」と発表し話題となりました。全体で見ると、この葡萄の房のようなカタチがアメーバやミドリムシと同じ単細胞生物と言われても納得いかないところですが単細胞らしいのです。もずく、昆布、ワカメと覇を競っている海藻の世界で、唯一プチプチ触感を売りにする異端児・海ぶどうはやはり只者ではないのでした。

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教わった収穫の仕方は、肘まで水槽につっこんだら指で作った輪っかで蔓の部分からブチ切り、ガシッと掴んで引き上げるのが最初。この時のブチっと切る感覚は独特なもので愉しかったです。そして、房の付いている部分(海ぶどう)を適当なサイズでブチ切っていくのみ。摘み取った海ぶどうは切れ口を自己修傷するので、別の水槽で数日間漬けて養生させてから脱水/洗浄→出荷となるそうです。蔓の部分は捨てず、次の生産の苗(種)として再利用されるのだと聞きました。

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「収穫した海ぶどうは試食しても良いけど、エビが入っていることがあるから気を付けて。もし食べても害はないから大丈夫だよ」とのオーナーからの助言を得て、よく覗いてみると水槽から摘み取った海ぶどうに横エビが何匹もいました。「甲殻類、海藻類などが食品に入っている場合がありますが、品質に問題ないので水洗いをしてお召あがりください」など食品パッケージに書かれているのをスーパー等で目にしますが、海ぶどうは横エビの良い住処なので販売されている商品パッケージ内にも本当にいる事があるようです。平安座養殖場は付近の海水を”かけ流し”しているので海からエビやらイソギンチャクが次々とやってきて、水槽内に住み着いているとのこと。横エビはエビと名前は付いていますが、よく見ると背甲がなく本当はエビではないです...

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摘み取った海ぶどうを持ち帰り用のパッケージに詰めると作業完了で、既に出荷用となっている海ぶどうの試食をさせて頂きました。幼稚園児の頃には娘が好きで、海ぶどう丼をバクバク食べていた記憶があったのですが、いつの間にやら嗜好が変わっていて少食。息子は一切食べずとオーナーに悪いことをしてしまいました。それでも、海ぶどう収穫体験は楽しかったらしく、「収穫は何時間でもできる」とオーナーに元気に答えていたのが救いでした。球状の葉っぱの部分のプチプチした弾けるような触感が面白く、冷水をくぐらせて三杯酢やポン酢ジュレで食べると美味。頂いた海ブドウを苗として自宅で育てても愉しと、収穫体験後の海ぶどうもバンザーイでした。