朗らかに働かれる渡口店主が出迎える、那覇・渡口万年筆店でお買物

f:id:tmja:20190315104434j:plain

良い買い物ができたと思う体験は歳を重ねる事に減ってきたように思えます。直近一年で最も記憶に残っているは子供のオーダーメイド注文で、とある著名な伝統工芸師の御自宅に家族4人で訪れた時でした。材料を目の前に並べての丁寧な説明を頂き、子供達には帰りにお土産まで頂いてしまいました。その方の人柄に魅了されてしまい、お宅を出た時には幸せな気持ちになってしまったのです。今回はお店を出たあとに、「此処で買えて良かった」と思わず呟いてしまった沖縄・那覇にあるお店を訪れた話しになります。

f:id:tmja:20190330172900j:plain

お邪魔したのは那覇市にある渡口万年筆店という万年筆専門店。万年筆も扱う店でなく、万年筆だけを扱う専門店は全国でも数少なく、沖縄県では此処だけとなったお店です。最寄り駅はゆいレール・美栄橋駅となり、繁華街の国際通りからもそう遠くない市街地にあります。この辺りは丸善、安木屋、カルトレリアと文房具店のハシゴができる文房密集地だったりもします。

f:id:tmja:20190315104411j:plain

屋上に書かれた「渡口」という文字が遠くからも見えていたので迷う事なく到着できました。沖縄では手広く商売をされていたので名前は知っていましたが、お店にお邪魔するのはこの日が初めてでした。1978年に建てられた42歳になるビルで、上層階は集合住宅となっており、下層階は事務所。1階にはコンビニエンスストアのローソン。青と白を反転して合わせたかのような青い「渡口万年筆店 TOGUCHI」と書かれた看板が掲げられていました。ビル名は渡口万年ビルです。

f:id:tmja:20190315104415j:plain

ビルの入口に立っている看板は「心に残る贈り物 お世話になったあの方へ」と、どこか昭和を感じさせるモノでした。1932年と創業年がありますが、1931年(昭和六年)が正しいようです。昭和六年といえば381mのエンパイアステートビルがニューヨークで完成し、東京では羽田空港が開港、そして満州事変が勃発した年でした。現在の店主のお父様の兄が関西に出掛けた折に、沖縄で万年筆を販売する事を閃き、嘉手納大通り(現国道58号線)に本店を、県庁前に支店を、名護に分店を構えるまでになったそうです。沖縄で万年筆といえば渡口万年筆だと年輩の方々は記憶されていると聞き、後日タクシーの運転手に尋ねてみたところ、その通りでした。

f:id:tmja:20190315104429j:plain

当時フィリピンで働いていた店主の父の元に万年筆が送られ、それを当地にて売り歩いたのが始まりだったとか。明治後半には紳士・淑女、学生にm1人1本と云われる程に普及した万年筆は、フィリピンで行商されるまでに普及していたようです。1950年代までは東京の製造所で拵えた渡口オリジナルの万年筆を扱い、富士山のヤマに渡口(トグチ)のトを記したマークを掲げていたそうです。それは戦後には山にアルファベットのTとなり、ローソンの上の青い看板や入口の立て看板に現在も見ることができます。自分が10代の頃であれば、立ち入るのを躊躇したであろう雰囲気の階段、廊下の先にお店がありました。

f:id:tmja:20190315104425j:plain

実は訪問前にネット上の記事を幾つか読んでいました。今回は贈答品の購入を考えての訪問であった為に、事前におおまかな取扱品を理解しておきたかったかたです。自分が普段使用しているのはボールペンばかしで、自宅では高校生から無くさずに愛用し続けている米国Cross社タウンゼント・ラピスラズリ。職場では会社から貰ったLAMY社の定番ラミー2000。普段持ち歩く鞄にはPILOT社タイムラインPASTが入っています。万年筆は扱いに作法がありそうで敷居が若干高いと感じており、ガラス越しに見えるペン・サロンとも称されるような万年筆専門店に足を踏み入れるのは初めての体験。

f:id:tmja:20190401140228j:plain

お店の中央にある机には店主の渡口さん(上の似顔絵は趣味の文房具より) がおり、突然の訪問の自分をにこやかな笑顔で迎えてくれました。「普段はどんなペンを使っているの?」と気さくに話しかけられ、会話が始まったと記憶しています。万年筆の特徴や、西洋と東洋の文字の違いと筆記具の違い。沖縄戦での体験や庭の黒檀(クルチ)の話し、お店の後継者の事などを初対面にも関わらず2時間以上話し込んでしまいました。万年筆を求めて来店する顧客ためにお店を365日開けて待っておられる姿、ペンに注がれる愛情に圧倒されっぱなしでした。とても80歳前とは思えない笑顔満点、すこぶる元気さ。

f:id:tmja:20190315104422j:plain

今回は渡口万年筆店を知る方への贈答用と言う事で名入れをお願いしました。"渡口"は沖縄に複数箇所ある地名で、港や浜辺等の荷渡しをする場所と店主より伺い、「渡口万年筆店は万年筆を受け渡す場所という意味なるのか」と独り考えてしまいました。店の奥には全国でも残っているのは僅かと云う専用彫刻機が置かれていました。短冊の様な紙にスラスラと達筆な文字を描き、それを機械にセット。この機械は紙に書いた文字をなぞっていくと、自動的に六分の一のサイズにした文字を筆軸に彫ることができるそうです。その作業の一部を写した動画がコチラになります。

f:id:tmja:20190401140251j:plain

f:id:tmja:20190401140307j:plain

店主にお勧めを頂き購入したのがプラチナ社の#3776センチュリーでした。手帳利用を想定してペン先は細いもの(EF)とし、年輩の方向けなのでブルゴーニュ(赤)やシャトルブルー(青)でなくブラックインブラック黒を選んでみました。#3776と富士山を連想させる商品名だけでも縁起が良い上に、ペン先には渡口万年筆店ロゴと同じく三連山が描かれています。ペンを普通に握ると隠れる側の胴軸にお店の名前・渡口萬年筆店と入っており、「こんなところに名前が彫られている」→よく見るとお店の名前があり、「お〜、これは (°0°)!!」とビックリする仕様となっています。

f:id:tmja:20190330172832j:plain

 帰りの飛行機の時間が迫っていたので後ろ髪を引かれる思いで店を出ました。その時に、渡口万年筆店の中にある額には「信頼は無形の資本なり」から始まり、「常に朗かに働き得る物は最上の幸福者である」まで店主のお父様によって書かれた渡口商店・店訓が飾られているのが目に入りました。那覇から飛行機で帰ってから暫くすると、店主よりのお手紙が自宅の郵便受けに投函されているのを見つけました。自分との会話の中で名護の黒木のことに触れたからか、御自宅の黒木の古木の写真が添えられた万年筆で書かれたハガキでした。自分の子供達が万年筆を使える歳になるまでの時間を考えて、あと10年は少なくとも営業を続ける様にと無理矢理約束を取り付けて万年筆店を出たのですが、今夏に家族で沖縄に行く時にはお土産持参でお邪魔して、子供達の名入れペンをお願いしたいと考えています。