吹けよ春風白根のまちに、勇壮な白根大凧合戦にスポンサーで参加

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だいぶ時間が経ってしまいましたが、家族三世代旅行で新潟県を訪れました。目的地は新潟市南区で平成の大合併前までは白根市と呼ばれていた地域です。新潟空港着陸前に写した上の写真には手前に中ノ口川、奥に信濃川が映っており広大な穀倉地帯が広がっており、手前右側に映る河川沿いが白根の集落です。クネクネと蛇行して日本海へと向かう中ノ口川の右岸に白根(旧新発田藩領)、左岸に味方(旧村上藩領)と川を隔てて国境だった経緯があり、現在でも年に一度の大凧を用いた”大喧嘩”がなされている場所だったりします。

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その味方側にある公民館のひとつにクルマを停めました。訪れる半年程前から此方の方とやり取りをしており、この日に訪問するとは事前に連絡をしていました。訪れたのは、ここに製作をお願いをしているモノがある筈だからです。宴会をおこなっている賑やかな声が聞こえる建物の中に声を掛けると、やり取りをしていた方が偶然にもおられ、公民館内を案内をして頂ける事になったのでした。

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公民館の中には体育館の様に天井の高い講堂があり、そこには24畳(縦7メートル、横5メートル)の大凧が沢山並んでいました。これらの大凧は6月に毎年開催される白根大凧合戦で実際に使用されるもので、公民館講堂を3ヶ月貸切にしてされたモノです。企業や個人が大凧に名入できるスポンサー制度をとっており、燕三条に家族で遊びに来て将棋の駒造り名人のご自宅にお邪魔した時に知ったのでした。自分達が依頼したものは既に合戦場である川のそばに運ばれているらしく、講堂内にはありませんでした。

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これだけ大型のものであればステンシルのようなものは使用できず、職人が一気呵成で描きあげていたのでしょうが、現在はプロジェクターという現代の利器を使用して大型の和紙を張り合わせて作った凧の本体の上に依頼された文言、名入れをしている様です。義母のお祝いにと考えて、大会開催の半年前に時間的に間に合わないと思いつつもスポンサーの申し出をしてみたところ快諾を頂けたのでした。勿論、義母には当日を含めて名前を入れた凧を目の前にするまで内緒にしており、この大凧作製現場を見ても気付かず(*´艸`*)ウシシ

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西国の外様大名へ睨みを効かす役割を担う播州姫路藩は松平家が治めていたのですが、父の急逝により若干5歳の松平藤松(1642-1695)が家督を継ぐ事となるも、幼少の藤松ではその任は不適格だと看做されて越後村上藩(10万石)へと国替。村上藩だけでは姫路藩の石高・15万石に足らなかった為に旧三条藩だった幕府領地(5万石)を村上藩に飛び地として組み入れ、村上より離れた三条一帯が村上藩領となり、村上藩と新発田藩が中ノ口川を挟んで対峙する事になったのでした。

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白根大凧合戦の会場となるのは中ノ口川に架かる凧見橋と白根橋の間。地図に示した赤マル位置の公民館から土手を登り、白根橋方面を眺めると無数の凧が上がっているのが見えました。大凧合戦は5日間に渡って続くのですが、"自分達"の凧を実際に見たいので土曜日/日曜日をリクエストしていました。雨風の具合よっては全く凧を上げられない日もあるらしく、大きな凧が空に舞い上がるのが見られる保証は勿論なし。2週間前から「晴れろ、北風吹け」と願いながら天気予報を確認し続けての当日の天気は曇り空。すでに無数の六角凧が上がっているのをの目にして密かに一安心したのでした。

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この凧揚げ大会は一説には元文二年(1737)に始まったと云われているようです。40年もの期間を要した堤の修繕工事の完成を祝し、殿様より拝領した凧を白根側(右岸・新発田藩)の住民が揚げたところ、対岸の家屋に誤って落下。国境である為に水利をはじめとするいざこざが絶えず、犬猿の仲であった対岸の人々(左岸・村上藩)は報復すべく更に大きな凧を拵え、故意に対岸に落下させて仕返しをしたのが大凧合戦の起源なのだとか。河川の水嵩の増す前に堤の土手を男衆が踏み固めさせる為に、年に一度の端午の節句あたりに祭りを催すのが起源という説もあるそうです。

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白根からそう遠くない三条も凧合戦が有名だったりします。こちらは村上藩の陣屋の子供と鍛冶職人の子供達の争いごとを"起源"とした更にベタな設定の話しとなっており、武家の子供達の揚げる100枚貼の大凧との凧合戦で勝つために町民が工夫して生まれたのが六角巻凧だそうです。操作性に優れる新しい凧は大凧を打ち破り、次第に陣屋の武家の子供達も六角凧を用いる様になったのだとか。白根大凧合戦と同じく6月上旬に三条凧(イカ)合戦が毎年繰り広げられています。

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白根大凧合戦は競技ではなく、お祭りですから屋台も人も沢山の出です。自分達の凧が上がるであろう凡そ時間が分かっていたので、祭りの風情を楽しむべく散策を開始。あれこれ買い物をしている間に娘が「ぐんまちゃん柄」の財布を何処かで落としてしまい、地面に目を凝らして1時間程探すも見つからず、最後は新潟県警が出していたブースに赴き"捜索依頼"をしたのでした。お祭りの1ヶ月後に警察より連絡があり、無事に現金の入った状態で手元に戻ってきました。

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川に船を並べて作った特等席である桟敷席もありましたが、相撲でいえば"砂かぶり"にあたる綱を引く土手の上まで入れる特典をスポンサーとして得ていたのでした。凧揚げをしている土手に近づくと、はじめて実際に目にする白根大凧合戦の大凧を大人数で駆けながら引っ張る時の威勢の良さに先ず驚かされました。

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この大凧揚げですがカナリ危険です。24畳の大凧そのもので50kg以上の重量があり、これを4-50人で長さ130mにもなる綱を曳いて大空に上げます。誤って対岸の家屋に落としてしまったのが起源とありましたが、綺麗に揚げるのは難しいようで空に浮いたと思った瞬間に傾いてしまい人の密集している場所に降ってくる場面を何度も目にしました。周囲の人達は皆笑顔で「落ちた、落ちた」言っているので当たり前の小さな事件なのでしょう...

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中ノ口川に落ちれば良い方で、時には土手を超えて民家の屋根に激突してしまう事や電線に絡まってしまう等トラブル続出。このお祭りには電線を管理する東北電力が特殊車両をスタンバイさせており活躍す場面を目にできました。 周囲に住む人達は如何にお祭りとは言え気が気でない筈で、風向きなどが気になってしょうがないのではないのではないでしょうか? 風向きの急な変化が原因か、不運にもドスンと鈍い音を立てて”墜落”した瞬間を撮ったビデオが手元にありました↓

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土手に自分達がお願いした大凧が丸めた状態で置かれているのを発見しました。縦向きに使用されている竹と横向きに使用されている竹が違うのが見て取れます。順番が近づいてくると男衆が土手の上に担ぎ上げ、綱張りなど作業へと進んでいくのでした。自分達の凧の出番がいよいよかと興奮が高まってくるのを義母にバレない様に無理矢理に押さえ込む。

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危険な為に一般人の立ち入りが制限される「凧立ち上がり場」より眺めです。藩公の青雲(名君であること)を祝してご極彩色に彩った四角い大型の烏賊幟(タコ)を揚げ、武家、町民共々が倣って始まった新潟の凧揚げ。近くで実物を目にすると、目の前の24畳の大凧は当時の凧よりも大きいもではないかと思える大きさです。弓なりに反らせた大凧の裏面真ん中上に直径15cmぐらいの助け木が見えます。この木の向きは白根側は縦に置き、味方側は横に置くのが決まりだと近くの方に教えて頂きました。糸目も味方側/白根側共に川の方に行くようにズラしているそうなのですが、うまく確認できず。

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凧合戦には作法があり、故事に倣い白根側が先に大凧を揚げて、川側に寄せながら低空にて味方側が凧を揚げるのを待ちます。味方側は白根側が揚げた後直ぐに凧を高く揚げ、白根側の凧の主綱に上空から自凧も綱を交差させて川に意図的に落下させます。その後に両岸より綱を引き合い、相手の綱を切った方が勝つとなるのが決まりだそうで、凧揚げには一般人は参加できないのですが、綱引きは飛び入りもOK。

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自分達の凧の順番が近づき、凧が地面から持ち上げられて初めて子供達の意図を知る義母。驚く祖母のたいして「なんか聞いたことのある名前があるね」と惚ける初孫(うちの息子)。「他の凧も沢山落ちているから、ばぁばの凧も危ないね」、「そんなこと言わないでよ、ばぁばの凧揚るように応援して」と会話をしているうちに本当に順番がやってきたのでした。スポンサーという事で法被を着せて頂いています。

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当初は一緒に綱を引く予定でしたが、その走り出す余りの勢いの強さに危ないとなり息子は棄権。それでも、持ち上げた状態の大凧の前で家族全員で記念撮影をさせていただいたり、凧の味見をしたり?とスポンサー特典を満喫させて頂きました。合戦会場に響き渡る解説アナウンスが流れる中(じぶん達の贈り主の名前は何かの手違いでか間違ってましたが...)、義母の大凧は墜落をせずに見事に飛び続け、対岸から迫っていた相手の凧の綱に綱を絡めて川へと落下。その後の綱の引き合いを征して勝利を収めたのでした。