創業安土桃山時代の奈良「古梅園」さんにて「にぎり墨」体験

f:id:tmja:20190415171808j:plain

「奈良県に行って参りました!! 」と言っても関西には毎月仕事で訪れているので大声で言うまでもないのですが、大阪/奈良出張にて寄り道をした話しを今回は書きたいと思います。奈良県は自分の母親の郷里なので幼少の頃より数多く訪れており、通算での滞在も6ヶ月は優に超えていますが、いにしえの古都だけあり人文も非常に古く、いつ訪れても新しい発見のある愉しいところです。

f:id:tmja:20181122092242j:plain

f:id:tmja:20190415171800j:plain

そんな奈良県の県庁所在地・奈良市にある古梅園(こばいえん)さんにお邪魔してみました。古梅園は興福寺の南西にある椿井商店街のなかに佇む天正五年(1577)創業と長い歴史を誇る製墨業を営むお店です。室町幕府が滅亡したのが天正元年ですので、時代区分で言うと織田信長が活躍していた頃の安土桃山時代の開業となり、現在から440年以上も前より代々に渡り墨を作り続けていることになります。細い路地に見える小さな蔵は古梅園の内蔵で、数ある古梅園の登録有形文化財のひとつだったりします。

f:id:tmja:20190415171756j:plain

墨の始まりは3,000年以上も前の中国・殷代まで遡り、漢代には松煙による現在と似た製墨方法が確立。唐代には墨匠の名人の名が連なり、宋代には松煙墨より油煙墨へと製造方法が変わり、製墨業は明代末期に最興隆迎えました。歙州(現在の安徽省の一部)を中心とした一大墨生産地が生まれ、程君房と方于魯等を代表とする著名な人物も現れ、彼らの手による製品は無数の模倣品が現在でも市場に溢れている程です。自分が中国北京で暮らしていた20年程前でも骨董店には現在から見れば"お手軽な価格"で並んでいたのを覚えています。古梅園も明代、清代の古墨を範とし製墨をし続けてきました。

f:id:tmja:20190415171910j:plain

古梅園・松井家の五代目にあたる元規氏(1659-1719)、六代目にあたる元泰氏(1689-1743)の頃に古式製法である松煙墨を復活させる等の多方面にわたる研究/製造をおこない高評を得て大きな転換期を迎えました。七代目の元彙氏の頃には、享保十二年に将軍吉宗の命によりベトナムより運ばれた象の死骸より取られた皮の一部が古梅園へ下賜され、この象の皮より膠を取り出し、国内初となる象を原料とする墨・香象墨が造られたと言われていたりします。

f:id:tmja:20190415171749j:plain

f:id:tmja:20200302155231j:plain

墨造りは膠を使用するために、膠の痛みの少ない寒い季節である秋から冬にかけておこなわれます。古梅園の製造現場見学がしたくて、通称"にぎり墨体験"に事前申し込みをしたのでした。墨地に白文字で古梅園と染め抜かれた暖簾をくぐると東西100メートルはあろうかと感じる敷地内に入ると、材料・製品搬送の為のトロッコ用レールが敷かれているのが見えました。現役だそうです。レール脇には国内で最も有名な墨である「紅花墨」の立派な看板もありました。

f:id:tmja:20190415171745j:plain

墨の香りである竜脳の匂いが漂う古梅園の園内。文豪・夏目漱が「墨の香や 奈良の都の 古梅園」と詠んだ香りは現在のものと同じか分かりませんが、仁丹や線香などを彷彿させっれる匂いです。原料である東南アジアに自生する竜脳樹は大変貴重で、現在では天然のものは入手困難となっています。この匂いは小さい頃に習った習字と自分達の世代では直結してしまうので、高貴な印象とは程遠いものですが、無臭の墨が現在は出始めているので、遠くない将来には"墨香"という香水が受け入れられるのかもと考えてしまいました。

f:id:tmja:20181122095538j:plain

f:id:tmja:20181122095647j:plain

古梅園の採煙蔵です。松の木を燃やして煤を得る松煙墨での製墨が和歌山田辺において1軒の残るばかしとなっているのと同じく、植物油を燃やして「煤採り」で集めた煤を用いて墨造りをしている製墨業をおこなっているのも全国でも限られています。染みが墨の語源とも言われるのを体現しているかの様に、採煙蔵の外にも漏れだした煤が壁面に染み付いているのが見えました。土蔵造りの煤けた白壁は、いにしえの江南の姿が脳裏に蘇ったかのような錯覚に陥ってしまいます。

f:id:tmja:20190415171843j:plain

f:id:tmja:20181122094949j:plain

奈良は古来より菜種の生産地だったために、菜種油を用いる採煙方法が伝統的に採用されていたのを受け継ぎ、古梅園では菜種油を使用する方法が現在でもおこなわれております。陶器に菜種油を浸し、い草を撚った燈芯を浮かべて灯すと上蓋に煤が付いていきます。これを集める古典的なしくみ。

f:id:tmja:20200303164853j:plain

f:id:tmja:20181122095007j:plain

その採煙蔵に入ると、三方の壁には無数の灯りが灯っていました。数十分ごとに蓋の位置を回転させることによって上蓋全体に均等に煤を付け、それを刷毛で集めたものが墨の原料となるのです。そんな煤を案内の方の勧めで少し触らせて頂きましたが、非常に目の細かいものでした。この油煙方は国内でが室町時代あたりに広まったもので、墨の製造方法の革新的進歩となりました。四方に紙ばり障子を巡らせた小部屋で松燃やして付く煤を集める松煙墨のモノと比較して、粒子の細さ、均一さ、色の艶や黒さのいずれも新しい油煙方が優れていると言われています。

f:id:tmja:20190415171846j:plain

f:id:tmja:20190415171741j:plain

f:id:tmja:20200303165733j:plain

煤と併せて、もう一方の主原料となる膠を溶かす釜屋には、レンガ造りの釜二基が備え付けられていました。牛や鹿等の動物よる取り出して製造された乾燥膠を水と混ぜて、湯煎をしながら膠を溶かしていきます。古梅園には中国から第二次大戦前に輸入したロバから作った伝説の膠「阿膠」の在庫もあり、これらを用いて製造する墨も販売されています。

f:id:tmja:20190415171850j:plain

f:id:tmja:20190415171854j:plain

煤で黒さを出し、膠で紙にくっつけるのが墨です。大まかな比率では煤と膠を5対3(+香料)で混ぜ合わせます。日本と中国で使用している膠の粘性が倍近く違い、和墨は力強い黒、唐墨は伸びと滲みが勝ります。以前に岩絵の具を用いて絵を描いてした時には、自分は日本の墨ではなく中国墨を使用していました。日本墨と中国墨の製造方法の違いは和墨が手で捏ねた後に足で踏むに対して、中国は木槌で叩く。乾燥方法が日本が湿気取りの処置を施した部屋で吊るすに対して中国は木箱に並べて放置するのみ。国土の気候と素材の違いによる製法の違いが生んだ墨の品質違いは、日中の書画への好みの差となった主原料でないかと推測してしまいます。

f:id:tmja:20200303165755j:plain

f:id:tmja:20200303165806j:plain

f:id:tmja:20200302155603j:plain

煤膠を混合しできた生墨を木型に押し込み成形する「型入れ」の作業場は、大きなガラス窓越しに中庭より内部が見られるようになっていました。玉状じした生墨20グラム程を真っ黒になって作業する方の手により棒状とみるみると変えて、梨の木で作られる型に入れ込んで墨のカタチにします。生墨は弾力があり、型から外した墨は羊羹のように見えます。作業場にお邪魔して何かするのだと思いきや、「にぎり墨」は作業場に座る職人が柔らかい生墨を窓を少し開けて手渡してくれるので、それを自分の手でギュッと握って自分の手のカタチにするだけでした。少し生暖かい...

f:id:tmja:20190415171858j:plain

f:id:tmja:20200303165847j:plain

型から出した墨は乾燥させる場所である西灰替倉(大正期の建物)へと運ばれます。急激に乾燥させると墨はひび割れが発生してしまうので、湿度の高くした木灰から湿度の低い木灰へと徐々に埋めかえる作業を繰り返していき墨を徐々に乾燥させていきます。木灰は吉野の椚だそうです。

f:id:tmja:20190415171903j:plain

f:id:tmja:20190415171734j:plain

f:id:tmja:20190415171907j:plain

まるで無数の干し柿が吊るされているかの様な古梅園北灰替所(北乾燥倉)の内部です。木灰にて乾燥工程経た墨は藁で結ばれて吊るされ、短いもので数ヶ月、長いものでは100年と自然乾燥。乾燥が終わった墨は蛤の貝殻で表面を磨き、彩色を施して化粧箱にいれると製品となります。この乾燥蔵より出荷される数量聞いたところ、年間でおよそ5-6万丁にもなるとの事でした。

f:id:tmja:20190415171753j:plain

正倉院展の時に作られた「平螺鈿背八角鏡」を模して古梅園で造られた大きさ10センチ程の観賞用墨が売店にて置かれていました。本物は正倉院にある夜光貝や琥珀を用いた螺鈿を施した鏡ですが、古梅園のモノの再現性もなかなかに見えます。国内に最後の1人しか居ない墨型専門職人・中村家の方の手による木型製造でしょうか?価格1万円程の量産品でなければ、中央部が出っ張らせる等より踏み込んだ表現ができたのではと考えながら鑑賞させて頂きました(*´艸`*)ウシシ

f:id:tmja:20200227111318j:plain

自分が握ったらしい「御にぎり墨」が忘れた頃に桐箱に入れられた状態で自宅に郵送されて来ました。墨として使用するのが最も善いのでしょうが、どうも気が進まず。箸置きや筆置きにするにしても色移りがしそうでと使い途に困っていたりします。もっと時間を置いた方が墨が熟成するかもしれないので、”古墨”化させた方が良いと思う事にし、暫くは桐の箱内で保管することにしました