創業明治23年の活版印刷所、熊本県御船町の池田印刷所で招待状を印刷

f:id:tmja:20190401154904j:plain

熊本市から15キロほど東南に位置する御船町に行って参りました。御船町を通過したことは以前にあったのですが、目的を持って訪れるのは初めてとなります。御船町は40年程前にある小学一年生が、日本で初となる肉食恐竜の化石を発見したことにちなみ恐竜で町興しをしており、至る所(上の写真では街灯横)で恐竜を目にする恐竜の郷です。

f:id:tmja:20190401154912j:plain

f:id:tmja:20190401154910j:plain

「御船町恐竜博物館」は町立の博物館とは思えないド迫力で全身骨格標本がありました。御船町に到着するまで恐竜の郷だとも知らなかった自分は、恐竜進化大行進と名付けられたトリケラトプスを先頭とする19体の恐竜の圧巻の姿に驚くばかり。恐竜に詳しくない自分ですら、「いやぁ、良いものを見せてもらった」と満足して博物館を出ました。

f:id:tmja:20190401154328j:plain

そんな恐竜の郷も御船川を西に渡ると古い町並みが見られる地区となります。熊本の平野から山間部の入口にあたる御船は、国見岳を源流とする御船川を利用した水運に恵まれ、大消費地・熊本へ清酒等を製造/供給して栄えました。御船川沿いに並んでいた江戸時代の豪邸の面影が現在でも見られますが、昭和63年に発生した水害でその多くが流されてしまいました。写真左に「史跡 熊本県庁跡」と書かれた白い柱が見えるのは、明治10年に始まった西南戦争の戦火を逃れる為に一時的に県庁が此処に置かれたことを示しており、その後ろにある建物が今回の目的地「池田活版印刷所」になります。

f:id:tmja:20190401154259j:plain

活版印刷の技術が伝わるも、草書体で書かれ、続き文字のひらがなを使う日本では余り普及せず。江戸時代では木版印刷が印刷の主流でした。一文字づつ独立した活字を組み合わせて印刷する活版印刷が国内で普及し始めたのは、長崎市に生まれた本木昌造氏が活字複製方と号数活字(初号から最小の8号まで)を明治に入り実用化してからで、手作業で刷る従来の方法から脱却し、活字媒体(活字メディア)とも呼ばれる大量生産の時代へと移行していくのでした。

f:id:tmja:20190401154338j:plain

f:id:tmja:20190401154905j:plain

池田活版印刷所の建物内に並ぶ鉛色をした大量の活字が活字棚に並んでいました。明治23年創業の池田活版印刷所はこの道50年の熟練工と小学校で長年勤務をされていた方の2人で、昔ながらの組版の技法で印刷をされています。「美味かぁ〜」の様に語尾を伸ばす表現や、「・・・しヨル」と進行形を表現するお国言葉を話される、2人の明るい女性が現在この活版印刷所で働かれています。

f:id:tmja:20190401154332j:plain

今回は義理の母親の喜寿の祝いをするので、その招待状を造りたいと主旨を説明すると、用いる紙や印刷する活字のサイズ、その配置を賑やかに相談しながら決めていきました。明治から続くと聞いていたので、難しい顔をした皺の深い男性が黙々と作業しているとばかし思っていたので、和気藹々にああでもない、こうでもないと図案を話し合えるとは思っていませんでした。地元の小学生等が見学/体験で来ることはあっても、自分の様に遠方(関東)からの来訪者は稀で、名刺以外の注文も珍しいと言われました。

f:id:tmja:20190401154303j:plain

奥の部屋から選んだ文字/模様を探し出し、どうだろうかと並べています。"凧"という文字が小さい活字しかないという問題にぶつかり、この文字の部分は招待状の鍵となる文字なので活字印刷は空欄にして、筆に墨汁で大きく書き足しますと提案したりと愉しい時間でした。余白を大きく残して招待状、場所、宛名、日時を活版印刷で刷り、余白部分に孫達がたくさん絵を書き込む。最後に娘(自分の妻)が灯明から造った自作墨を用いて"凧"と筆を入れれば、母親への喜寿お祝い特別会場への御招待状の完成というあんばいです。

f:id:tmja:20190401155649j:plain

作業台に座り、指示を受けながら組版をしていきました。活字は現在は長崎より取寄せをしているものの、廃業が決まっているので横浜からのモノに近くなるそうです。文字と文字の間を埋める小板(詰めバイ)は種類が多く、縦に横にとまるでパズルを組み上げるかのように組み合わせていく楽しい作業でした。実際自分の手でやって見ると、活版印刷の作業がよく理解できた気分になりました。

f:id:tmja:20190401160021j:plain

和文は文字数が非常に多いために予め原稿にある活字を拾っておき、原稿に添って活字を並べて、詰めバイをしていく工程を"植字"と呼んでいました。自分が今回したのは赤子がオモチャを並べるかの如くのスピードでしたが、植字台での作業を映した昔しのビデオを見ると専門の方達の手の速さは職人芸の動きで、まさに字を植えているかの様です。

f:id:tmja:20190401154251j:plain

活版所に2台ある印刷機のうちの、大型の方の機械をこの日は使用。インクの匂いが漂う古い機械で、故障した場合には代替が効かない貴重なもののだそうです。その印刷機のピカピカな状態から見ても、長く大切に使い続けられてきたのが伝わってくるかのようでした。

f:id:tmja:20190401154307j:plain

組み上げた版がバラバラにならないように結束糸で縛り、印刷機に取り付けるための枠に嵌め込みます。そのあとに活字の高さを揃えるトンカチ打ちをして、印刷機に固定するジャッキを締め上げると準備完了です。本印刷前の校正刷りをした時に撮影した短い動画がコチラ。ガシャガシャと機械の作動音がするなかで、右手側より用紙を手差ししているのが見えるかと思います。

f:id:tmja:20190401154313j:plain

こちらが厚めの紙に印刷をして頂いた招待状。熊本県御船町の小さくとも、明るく輝く活版印刷所で刷って頂いたとは妻にも内緒にし続けるつもりでいます。妻か母親が気が付くかどうかは今後のお楽しみ...。うちの子供達が悪戯描きして完成させた招待状に、ある記念写真を添えて、お孫さんの誕生日にお送りすると活版印刷所のお二人と約束しました。池田印刷所での特別な体験は賑やかで、楽しく、素晴らしいものでした。