土佐の匠・ロギールさんの和紙工房にて「草木漉き込み」体験

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家族4人で高知県の少し山奥へ行って参りました。与作(ヨサク)のアダ名を持つ酷道439号全線350キロを以前に走破した事もあり、四国の山は何処まで分け入っても集落がある事に驚かされる事が多いのは知っていました。山林も人の手が入っていない場所は高知県内には既にないのではと感嘆してしまう程で、高知が国内有数の林業王国と呼ばれるのも納得だと感じながらクルマ走らせて目的地へと向かったのでした。

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高知市から高知自動車道を西へと軽快び走り、須崎インターで一般道におりてから新庄川に沿って走るカタチで山間部へと向かいました。グネグネ道が続く上郷梼原線では、この村には大男がいるのだぞと外部からの侵入者威嚇する大草鞋が集落の入口に置かれていたり、同じく魔除けでか玄関に鴉を吊るしているのを見たり、姿格好は普通なお婆さんが竹籠に荷物を入れて本当に背負っ歩く人を目にして、「こんな場所がまだ国内にあったとは!!」と夫婦で大興奮したのでした。

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今回の目的地は「かみこや」と名付けられた和紙工房です。上の写真(公式サイトより拝借)に映るオランダ人が工房の主ロギールさんで、母国で製本会社に勤めていた時に和紙と偶然にも出逢ってしまい、シベリア鉄道と船を使って1980年に来日したお方。均一な質感を持つ洋紙・コットンペーパーと比較して、三椏や楮でできた"肌触り"のある和紙に惹かれて日本国内で修行。以前にお会いした事があったので、直接電話をして訪れたい旨を伝えていたのでした。

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集落の遠くまで見渡せるテラスにて、ミント水のウェルカムドリンクを頂きました。写真に映る子供達の格好からも分かるかと思いますが、訪れたのは夏の暑い盛りの時期。冷たい水は喉に心地よく、天狗高原から吹く風がまた気持ちの良い日でした。「かみこや」と名付けられる前の工房名は「てんぐの風」だった筈です...自分の記憶が正しければ。

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最初に作業場の簡単な案内をして頂きました。冬の作業である「楮蒸し」をおこなう巨大な大桶を離れの天井に発見。和紙の原料となる楮や三椏を束にして立て、蒸し桶を被せて数時間蒸して材料の皮を剥ぎやすくするのに使用する道具です。蒸した植物の外皮をツルッと剥いで、その黒皮を干したものから黒い部分を刃物で除去したもの(白皮)が和紙の材料となるのです。

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今回は簡易的な体験なので、白皮を水に晒してゴミ取りがなされた繊維材料が叩き台の上にイキナリ登場して始まりました。出された材料は固まっているので、これをトントントンと叩き棒で解す作業「叩解/草打ち」が最初の工程です。この作業は紙に柔軟性と繊維の結合性を良くするのを目的としています。現在では多くの場所で叩解機(ビーター)が省力化のために使用されおり、樫の木で叩くのは古典式とも呼ばれる方法となっております。

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充分叩いて拡げた楮の繊維を水を張ったバケツに入れて、トロロアオイの根っこ潰して採った「ネリ」を加えます。このネリを加えると繊維とネリ結合し、繊維同士が水中にて適度に分散された状態となり紙漉きを容易とするのです。バケツに両手を突っ込んで掻き混ぜました。トロロアオイは茨城空港の近くで国内のほぼ総てが作られているのですが、作業者高齢化で令和二年の収穫を持って終了する事が決まっています。かみこやは自分の畑で育てているので大丈夫だとか。

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トロロアオイの花。紙は2,000年以上前に中国で生まれたと云われております。繊維の絡み合いと電気的な水素結合により柔軟性や耐久性を持った紙の製造方法、誰にどの様に考え出したのか実に不思議に思えてなりません。中国では後漢の宦官・蔡倫が製紙史上に大きな名を残し、日本国内では川上御前が製紙技術を人々に伝えたとの伝説が残っています。

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工房の周囲を歩き、和紙に漉き込む草花を探しに行きました。厚みのあるものや硬くて重いものは難しいとの助言を受けて、子供達は探索開始。ロギールさんの工房には原料となる三椏も見えました(写真上)。三椏はその高い耐久性と光沢により日本のお札の原料ともなっており、春には枝先に黄色い花をつける艶やかな木でもあります。高知県は国内有数の楮/三椏の産地。ロギールさんが高知県に移り住んだ理由は和紙の原材料の産地だったからで、紙の産地である伊野町(現いの町)に住み始めたのでした。現在のかみこやのある檮原町へ引越しをしたのは伊野町で大きな開発が始まり、より静かで紙造りに向く環境を求めてでした。

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簾桁の枠内に柄杓で掬った"楮の繊維液"を流し込みます。簾桁に注がれた繊維をよく見ると繊維が絡み合っており、紙そのものの骨格が映し出されているかのようです。今回は厚みのある和紙を作るので、簀も太めの材が用いられているのはそ為の筈です。以前に訪れた事のある薄紙を漉く土佐や越前の工房では、それ自体が芸術品とも呼べる実に細い籤を使用されていました。この様な細かな部分にも工夫が見られ、先人達の苦労の上に和紙は成り立っているのが見て取れます。

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先程摘んだばかしの木草を木枠の中に散らして行きます。娘と息子で選んだ草木や配置方法がだいぶ違い面白いなと見ていました。紙の上に色味少なく、適当に置いたなと最初は感じた息子の和紙も、なかなかどうしてという出来具合に見えました。草花を置いたら、再び繊維の液を柄杓ですくって何度も重ね掛けです。色の付いた液も用意されていたので、色味を加えることもできました。

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タオルをあてて余分な水分の吸い取り作業を終えると「草木すきこみ」体験は終了となりました。25センチx40センチの大きさの草木漉き込み和紙は、板張りで天日干し乾燥がなされてから後日郵送で送られてきました。下の写真2枚が子供達がかみこやの体験で作った和紙です。摘む草を選べば季節感を表わせ、文字を描く余白をもっと多くとれば七夕の笹飾りとして吊るす短冊にも良さそうです。

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その和紙を持ち上げて光に向けてかざして見れば、まるで人間の肉体に走る大小の毛細血管の様にも見えます。ほかの多くの現代の製品と同じく、和紙も機械(漉き)で大量生産したものが圧倒的に多く、原材料も植物の皮でなく洋紙で用いられる木材パルプが殆どとなっています。和紙原料である三椏や楮等すら八割は東南アジア等よりの輸入品であり、現在では海外に和紙工場があるぐらいです。旧来の靭皮繊維を手漉きで作る紙は和紙の最長老とも看做される尊き存在となってしまいました。戦前の日本家屋は木と紙でできていると言われていました。その中で和紙は障子に壁紙、襖などにと多用されていましたが、家屋の現代化と共にその姿を徐々に消そうとしています。

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現在の主流である輸入パルプ/機械漉きで作られる現代和紙も、長い伝統の流れを汲む和紙であると個人的には思っています。昔の紙は皆かみこやの和紙と同じく、その土地に育つ植物と川の水、太陽の光と産地の自然を活かして人が纏めあげたモノで、作られた場所の特徴が文字通りに紙面に現れるモノでした。今回は産地の特徴ある伝統品の素晴らしさを伝えようとするロギールさんの紙作り体験に子供達を参加させ、その辺りをそれとなく教えてみようと画策していましたが、作業後の子供達はネコ達と遊ぶのに夢中だったので次の機会にするかと諦めたのでした。