桜島を望む錦江湾の絶景、磯海水浴場で子供達の初海泳ぎ

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「子供達が小学生のうちに47都道府県全てに連れていくぞ!!」と目標を掲げ、アチラコチラへと家族旅行を続けてきました。沖縄県や北海道、奈良県など数多く行く場所もあれば、長崎県、宮崎県、福井県とあまり縁がないためか後回しになってしまった場所もありました。昨今のコロナ禍での度重なる緊急事態宣言を受けて、県境を跨ぐ旅行自粛要請には原則的に従っていたのもあり直近1年半ほどは遅遅として進めない状態で、息子と娘も47都道府県制覇まであと一歩のところで足踏みを続けてしまっています。子供達と一緒に出かけ、あれこれと体験したことをブログに書いていましたが、それも半年ほど前に閉じました。オリンピック/パラリンピック期間中は緊急事態宣言の発令はないと自分は推測をしていたので、7月12日~8月22日(後に9月30日まで延長)を期間とする4度目の宣言がなされた時には自分のなかでも糸がプチンと切れ、「いいかげんいしろ!」という押さえ続けていた心の声を聴いたものです。

令和三年十月一日。長く続いた緊急事態宣言が全国で一斉に解除されたのを受けて、さっそく家族4人で出掛けることにしました。千代田石岡IC(茨城県)まで常磐自動車道を1時間ほど走り、青空のもとで家族と一緒に栗拾いをしたところ、周囲の目を気にせず出かけられる事がこんなにも気持ち良いものかと開放感のようなものが感じられました。「旅行に行きたいのであれば、禁止されている訳ではないのだから、現地の自治体などが来ないでくださいと言っていないのでれば行けば良いのでは」と妻には言葉にしていましたが、やはり心の奥底では心理的な足枷が自分にもあったのを実感したのでした。そんなこともあってか、全県訪問もブログも中途半端な状態で中断してしまったので、そろそろ再開しようかという気分になり、ブログ名を「青い滑走路」から「青い滑走路2」へと変更しての再開しようとしています。

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再開第一弾は現在より時間を5~6年遡り、家族で鹿児島の海へ泳ぎに行った話しにしたいと思います。上の写真は薩摩半島南端に近い指宿市の海岸線にある絶景露天風呂「たまて箱温泉」を訪れた時のもので、遠景には薩摩富士とも呼ばれる独立峰・開聞岳(924m)が聳えており、その手間の勢いよく蒸気を噴き出しているのが国内でも珍しい温泉を利用した製塩施設「山川製塩工場跡」が見えています。その前で「熱いゾンビ」を演じているおバカふたり組が我が家の子供達、このブログの主人公達です。二人とも暑さにはめっぽう弱く、現在でもその軟弱ぶりは変わっていません。

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鹿児島県はへは色々と目的があってやってきましたが、そのひとつに「海で子供達を錦江湾で泳がせる」がありました。それまでも湘南や奄美・沖縄の海でパチャパチャと水遊びをしたことはありましたが、親の介助なしで海に入るのは初めての体験。上の写真は鹿児島県庁の近く、旧鹿児島空港の跡地の海岸沿いに建つレンブラントホテル鹿児島(現アートホテル鹿児島)から望める雄大な桜島です。錦江湾の象徴たる桜島(1,117m)と対岸の鹿児島市まで4.2キロを小学生高学年が集団で泳ぎ切るニュースを毎年目にしていましたので、鹿児島市側にも遊泳所が多分あるのだろうと現地にて探したのでした。

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ホテルの従業員の方から教えて頂いたのは市北部の磯海水浴場がその場所でした。鹿児島一の繁華街・天文館からでもクルマで10-15分程で到着できる近さにあります。桜島の噴火でか煙が掛かってしまい映像がクッキリしていませんが、上空から撮影した写真で見ると桜島の対岸(赤い矢印の先)がその磯海水浴場のある場所です。すぐちかくの「祇園之洲公園」には鹿児島湾をモチーフにしたと言われる文部省唱歌「われは海の子」の石碑も建っています。薩摩半島と大隅半島の大きな両腕に抱えられた形の錦江湾は東京湾とほぼ同じ面積なのですが、産業・生活排水などによる水質汚染が産業集積/居住人口(東京湾・2,900万人vs 錦江湾・100万人)の大きな差でか、湾奥にあたる磯海水浴場であっても水質調査で訪問年はAA(適)、最新の令和三年の調査でもA(適)です。

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磯海水浴場は薩摩島津家の別邸・仙厳園とJR日豊本線の踏切を挟んだ位置にあり、その近いさは徒歩でも充分に往復できる距離でした。鹿児島市街地に近いこともあり、人気のある場所で夏休み期間中は多くの人でごった返すと聞いていましたが、市営の磯ビーチハウス(利用料無料)の目の前にある民間駐車場に待ち時間ゼロでクルマを停めることができました。線路の北側にはコンビニエンスストア、ファミリーレストラン。国道10号沿いには串木にあった金山鉱業事務所を移転した有形文化財利用のスターバックス鹿児島仙厳園店と、海水浴場の周囲にも色々と揃っていたりします。尚古集成館前に「磯新駅」を設立する活動もありらしく、実現すればより賑わいを見せる場所になりそうです。

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海水浴場の市営の磯ビーチハウスは1階が男性更衣室、2階が女性更衣室となっており、100円を入れるコイン式ロッカーとシャワー、トイレのみの簡素なつくりです。脇役は脇役と言ったところでしょうか、その他には自動販売機ぐらいしかありませんでした。そのビーチハウスで水着に着替えて、建物を一歩出るとこの海水浴場の売りである大きな桜島がドーンと目前に飛び込んできたのでした。雲が見えていものの、正午過ぎの気温は35度にもなり猛暑日。ビーチハウスから海辺まで多少離れているので、素足で歩こうとすると日に焼けた熱い砂の上をいく必要があり、家族4人でひとりだけサンダルを持参していなかった自分は熱い、熱いと飛び跳ねながら歩くはめになったのでした。

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海水浴場は北から南まで目視で凡そ250メートルほど。ビーチ北側には平成二十七年(2017)に世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」のひとつに認定された旧集成館や仙厳園が山裾に見えます。反対側の市街地側にあたる南側に視線を移すと高層マンションと名物・両棒餅(ぢゃんぼもち)の売店が並んでいました。ビーチには唯一日陰となる太陽からの避難所テント。その横には7月初旬~8月末の海開き中常駐するライフセーバーの姿が映っています。訪れたのが平日だったので人の姿はまばら。

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波打ち際の様子を写してみました。水が予想以上綺麗でした。九州出身者に聞くと、離島であれば奄美や種子島、本土側では牛深(熊本県)を薦められることが多いので錦江湾はいまひとつなのかと思っていましたが、予想が良い方に外れてくれました。磯海水浴場は台風などによる浸食が激しく、その砂浜を戻すべく海開き直前頃に指宿や串木などの遠方より海砂が毎年運び込まれているのだそうです。海亀が産卵に来ることもあるとかないとか...

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海砂が搬入される直前の磯海水浴場の様子です。海開きの期間以外はクルマで直接海辺まで乗り入れができるようで、外からの搬入がない地面は海水浴場としてはかなり寂しく感じられました。磯海水浴場は海水浴以外にも水上バイクやヨットで遊ぶ人達も見られ、海辺にはそれらのスクールもあり、眼前に桜島を眺めながら遊べる場所として人気があるのだとか。ただし、海水浴場としてはコロナウイルスの感染拡大により令和二年についで令和三年も残念ながら閉鎖となってしまいました。

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海側からの南南東の風が吹く中で浮き輪に捕まって海水を楽しむ子供達ふたり。青い海の向こうには目いっぱいの桜島。持参した浮き輪ボールを投げ合ったり、浮き輪に捕まってグルングルンと回転し続けたり。この後には宿泊したホテル内のプールでも遊んだのですが、子供達はまた海で泳ぎたいと言っていたので海遊びは楽しかったようです。保護者としての視点では、遊泳区域内の監視の目がよく行き届いているように思えました。長男が海上に漂う流木に触ろうとすると、ビーチハウス2階から「針等があることがあるので、触れないように」と個別注意のアナウンスが流れるぐらいでした。ブイで外海と遊泳区域はキチンと区切られていましたし、監視員も多く、ボート操作の訓練等をしているのも目にしました。小さい子供連れなので安心感があり良かったです。

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道路添いには磯海岸の名物・ぢゃんぼ餅(両棒餅)の専門店が並んでおり、自分達は磯ビーチハウスのとなり、”廣津屋”さんでアツアツのものを試しに購入。餅に2本の棒が刺さっているのが特徴らしく、焼いた餅をとろみのある砂糖醤油に浸けたものでした。この醤油タレの甘さが気に入ったのか、普段はこの手のものを食べない息子がバクバクと食べていました。海で遊んだ後だったので、ちょうど良かったのかもしれません。

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当時は浮き輪に掴まってバタ足で海面を移動するだけでしたが、兄妹ともに幼稚園児の頃からスイミングスクールに現在も通っており、先に始めた息子は既に泳力検定1級(200m個人メドレーで3分18秒未満)と小学校で一番早く泳げるほどに成長しました。「千里寄せくる海の気を 吸ひてわらべとなりにけり」と、この時に錦江湾の海風を浴びたからに違いないと考えるのでした。

足のサイズや身長では今年の夏には妻を越え、自宅にいる時は自分の部屋に籠るようになりと、息子は徐々に親の手から離れていくが感じられて寂しく思うようになりました。遅かれ早かれで、娘もスグに同じようになるのでしょう。このブログはそんな子供達と一緒に出かけた記録を主として、自分の出張先などでの寄り道の話しなどを書いていきたいと思います。