猫島として有名な佐柳島にあるネコノシマホステル(旧佐柳島小学校)

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家族で瀬戸内海の離島に出かけて参りました。訪れたのは通称"ネコ島"こと佐柳島(さなぎじま)で、岡山県と香川県に挟まれた塩飽諸島の香川県側の西端にあります。その佐柳島へと渡るために1日3便のフェリーが出ている多度津港やってきたのでした。多度津は江戸時代には北前舟の寄港地で、大阪から金比羅山参詣でも本州からの玄関口として賑わいました。

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地図を見ると気がつくのですが、広島県と愛媛県の間にある県境は両県の間に引かれていますが、香川県と岡山県の県境は大幅に岡山県寄りの場所で線が引かれています。両県を直接結ぶ瀬戸大橋で見てみると、岡山県側から最初の橋・下津井瀬戸大橋の中間地点が県境となっており、本州側より橋を渡った最初の島・櫃石島は香川県坂出市になるのです。

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一番上の写真に映る屋根付き桟橋が船着き場で、そこにポツンとある小屋で佐柳島までの往復券を購入しました。入港して来た白のせんたいえに赤のストライプのカーフェリー船が「新なぎさ2」でした。船体描かれているキャラクターは多度津のさくらちゃん。大三島(愛媛県今治)にあるフェリー船を得意とする藤原造船所で、4年前に進水式を行ったばかりの比較的新しい船です。

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国内シェア3割を誇る今治造船の多度津工場にて建造中の巨大コンテナ船を眺めながらの出発。御朱印集めが趣味の妻が宇夫階(うぶしな)神社でゆっくりし過ぎてしまい、港にクルマを駐車できたのは出港10分前でギリギリでした。乗り込んだ船には1階と2階に客室があり、1階にゴロ寝スペースを見つけた子供達がそこを我が物顔で占拠したのでした。

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多度津港より20分程で海上に三角の山が見えると経由地の高見島に到着です。高見島は多度津港の北西7キロ程に浮かぶ円錐形の島で、急斜面に連なる古い街並みの浦集落(無人らしい)が有名です。島内の全人口は30人足らず、平均年齢は80歳超え...。多度津からの乗客のうち殆どはこの島で下船していき、船に我が家4人と20代の旅行者と見受けられる女性一人だけが船内に残ったのでした。

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波を掻き分け、高見島より3キロ先の佐柳島に向かいます。遠くには岡山県となる笠岡諸島も見えます。全国的に猪被害が増えていますが、船内には高見島、佐柳島でのイノシシ注意の貼り紙があり注意喚起がなされていました。佐柳島には佐柳本浦港と長崎港の2つがあり、自分達が乗った船は島の南側に位置する佐柳本浦港に到着。船首ランプウェイが下ろされると、これから乗船すると思われる人が数人ほど船の到着を待っていたようです。

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佐柳島は70名程の住人と、住民より数の多い猫たちが住む周囲7キロもない小さな島。5年程前にちょっとしたブームとなった堤防の継ぎ目をジャンプする「飛び猫」の撮影地として有名となり、週末には猫たちへのエサを持参した旅行客が訪れる様になったそうです。猫好きな妻は旅行に出発する前より楽しみにしていたらしく、猫エサを多数購入して期待に胸膨らませて来島したのでした。猫島、猫ジャンプ(*≧∇≦)y♪

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上陸と共に新しい餌やりマシーンが来たと感ずかれたか、猫達に囲まれる子供達。キャッキャと餌やりに励む間に猫達を観察すると痩せている猫が多く、おそらくは野良猫なのだろうと感じました。夏休みの観光シーズンでこの状態なので、冬を越せない猫達も少なくないだろうとの考えが浮かびました。佐柳島滞在中に本浦湊〜長崎湊と短い時間ですが散策し感じたのは、北側の長崎側の猫達の方が厳しい状態で、本浦側も含めて目ヤニや皮膚病等あきらかに病気を患っている猫も多いのに驚きました。

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島の宿泊先へと向かう途中にも多数の猫を発見・餌付けしながら歩いていきます。子供達は通学路にある「猫ちゃん道場」と名付けた猫溜まり場で、日々猫たちと戯れているので扱いは馴れたものです。平均年齢80歳とも聞くので島民の方々が歩く姿を見ることは殆どありませんでしたが、買い物カートを押して歩く年輩の女性が「ホテル行くの?」子供達に挨拶をしてくれました。

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この日の宿泊先は本浦・長崎の間にあり、海岸沿いの道をテクテクと1km程歩いた場所です。途中にある八幡神社で猫と戯れ、堤防でこちらを睨む猫達と戯れの散歩道です。目的地に到着するまで耕作地はひとつも目にする事がありませんでした。道路の真ん中で餌をやると、猫が車に轢かれる場合があるという約束事を子供達に伝えて脇に誘導させました。

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着替え1式と猫餌を入れた荷物を引っ張り続け、海岸沿いに発見した木造建物が昭和二十九年(1955)から平成九年(1996)まで旧佐柳小学校だった校舎です。現在はゲストハウス「ネコノシマホステル」と役割を変えており、職員室が食堂に、図書室が相部屋(ドミトリー)、図工室と資料室、理科室が個室にと改修受けて、2017年夏に再び多くの人が利用する場所として生まれ変わったのでした。ゲストハウスの名前が暗示するように、もちろん校内にも多数の猫がいます。

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学校だった当時の面影を残した校内。自分達は資料室と図工室の2部屋をお借りしました。佐柳小学校開校時には1,400名もの島民がいた左柳島ですが10年後には島民が半減。その後も人口の減少に歯止めが掛からず現在は70人程となり、遠くない将来に無人島となるのが確定している離島です。この宿は佐柳島出身の祖父を持つオーナーご夫妻が偶然による成り行きで営業を開始に至ったのでした。

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床も天井も腰板も使い込まれた古木。部屋は2部屋共に窓から瀬戸内海を望める部屋で、元からあった設備を極力利用するカタチで手を加えたように見受けられました。島内に建築業社があるとも思えず、宿泊施設へのリホームは通常とは違った苦労があったに違いないと感じました。オーナーにこの辺りの話しを少しして、「オーナーは大工さんとかの経歴をお持ちですか?」と聞いたところ返ってきた答えは本屋さん...。

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訪れた日の夏の瀬戸内海は明るく、柔らかい陽射しが午後も降り注いでいました。息子は優しいところがあり、ネコ島でも、この後に訪れるウサギ島でも進んで動物にエサを与えていました。娘の方は数年前の息子を彷彿とさせられる阿呆阿呆ぶりを何処でも全力発揮。落ち着きを見せ始めた息子と違い、いつも賑やかで家の中を明るくしてくれる家族のムードメーカーです。猛獣か怪獣のポーズにしか見えないのですが、どうも本人は猫のポーズをしているらしい。面白いので指摘はせずに放っておきました。

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穏やかな波の音が響く海辺に、夕日のオレンジ色が広がる時間帯。体力の有り余る息子が長崎湊から全速力で走って来ました。多度津港から一緒の船に乗っていた女性も同じ場所に投宿しており、娘が懐いてしまい宿校舎の周辺にて一緒になって餌やり大会。話しを聞けば京都より仕事の合間を縫って強行日程にての旅行だそうな。この方とは帰りも同じ朝のフェリーとなり、JR多度津駅まで我が家のレンタカーで送ったのでした。

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宮城県の松島や三重県の英虞湾などと同じく、瀬戸内海も多島海として際立った美しさを目にできる海です。大小の島々を浮かべた海は穏やかに凪ぎ、変わりゆく空と海の色は息を飲むばかしでした。「玉藻よし 讃岐の国は 国からか 見れども飽かぬ 神からか ここだ貴き」と柿本人麻呂の詠んだ歌の冒頭を呟きたくなります。

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文部科学省が定める小学校設置基準は生徒数40名以下で2,400平方メートル以上。俗に50m x 50mが最低水準と言われています。校庭は校舎の裏手にあるのかな ||ω・)ジィ・・・・  

<小学校設置基準より抜粋>                                                       校舎及び運動場の面積は、法令に特別の定めがある場合を除き、別表に定める面積以上とする。ただし、地域の実態その他により特別の事情があり、かつ、教育上支障がない場合は、この限りでない。

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離れにある共同トイレとシャワーブースも校舎同様に綺麗に作られていました。とても現代風の設えで、佐柳島にとっては小さくとも新しい風を吹き込んだはずです。それとは反対に土間の廊下が続く旧小学校の趣きを残す校内。午後七時の指定された時間に夕食を頂きに職員室へゾロゾロと土間の廊下を歩いて向かいました。

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左柳島には信号機や、エレベーターだけでなく夕食を外で食べられる場所もないので、部屋を予約した時に夕食/朝食をお願いしました。四方を海に囲まれているため漁業が過去には盛んで、カレイやアジ、ボラ等が島の除虫菊と同じく貴重な換金商品でした。通常の島であれば豪華地元産の魚山盛りを期待したいところですが、島の周囲には多数に魚が泳げど獲る者おらず。地元(多度津含むかも?)のタコと猫形の醤油皿が特徴のご飯を頂きました。

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朝凪や 仮の宿りの 佐凪島。翌朝には日の出前に目が覚めて、息子と一緒に少し散歩に出かけました。朝日が水平線から昇り、空と海の色が優しい色合いを見せる中で、堤防の上で赤べこ人形を使って猫と遊ぼうとしていました。街中の暮らししか経験のない自分には離島や僻地の生活は実感できず、もし此処で生まれ育っていたらどんな暮らしをしていたのだろうかと考えてしまいました。

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宿の飼い猫は音楽室内に。その他は校舎のいろんな場所で色々な格好で寝ていました。チュールなどで餌付けをする妻や子供達と違って、写真しかとらないオジサンには愛想なく睨みつけるだけ。この校舎には自分達同様に猫目当てで来た人が大半でしょうから、猫たちにとっては島内でも安定的に食事にありつける餌場の筈です。なので縄張り争いでなく共生をしているようです。

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子供達にとっては初めての"猫島"訪問となり、島の北から南まで餌付けをしてまわる事をして佐柳島を堪能できたようです。学校正面での記念撮影では指示なしでも猫ポーズでした!!

10年ではまだしも、現在から20年も経てばフェリーの運航も中止となり、無人島となっていそうな未来が透けて感じられる少し切ない島でした。電気や水道などは四国本土から供給できるとしても、宿泊業は多くの助けの上に成り立っている仕事です。超限界集落とも言える此も島で宿を始める決心をしたオーナーご夫婦に先行きの事を直接尋ねた聞いた訳ではないですが、強い意志を持たれているのだと思いました。