日本航空JAL291(羽田→山口宇部) 殆ど雲の上、宇部空港につけにけり

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山口県に行って参りました。月に何度か必ず訪れている大阪を起点にして、山陽新幹線で大阪より往復する案も最初は考えたのですが、やはり飛行機好きの自分としては旅客機に乗ってビューンと行きたいという思いが勝り羽田空港からの往復を選んでしまいました。当日の朝にJGCカウンターで取れた窓側席は主翼の真上...バタバタしていた為か座席指定をスッカリ忘れてしまっていたようです。

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この日に搭乗したのはJAL291便で羽田空港を朝7時45分に出発し、目的地の山口宇部空港に9時35分に到着するスケジュール。子供と以前にANAの整備棟見学に訪れた時に、整備士1-2年の作業者は黄色く目立つヘルメットを被っていると教えて頂いたのを思いだし、D滑走路へ向かう時に通る整備センター前を通る時に整備場建屋を覗くも見当たらず。ブログを書くようになってからは視界の効かない主翼の上であろうとも、何か目新しいものはないかとキョロキョロする悪い癖が付いてしまいました。

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前に飛び立った機体が南へと旋回し、自分を乗せた機体が滑走路へと進入する場面で一枚撮影してみました。北風運用時の西日本方面はこの2010年に新たに新設したD滑走路が主に用いられています。2020年に解禁される都心上空を経由しての北側からの着陸が開始されると、D滑走路はあまり使用されなくなってしまいそうで「あんな無用の長物、なんで作ったんだ!」とならないか少し心配です。

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離陸直後の右旋回時にオリンピックの競技会場となる中央防波堤埋立地を狙ってみました。北側の馬術会場は緑も見えてきて整備が進んできた印象を受けます。昔は大田区側の海苔養殖場だった、いやいや埋立地建設でゴミ輸送車が通って迷惑を被ったのは江東区だと"領土紛争"が解決せず、このままの状態で東京オリンピックを迎えることになりそうです。関東上空にはベッタリと雲が張り付いっており、東京湾上空にて厚い雲に突入してしまいました。

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東京湾を出発した飛行機は一路西へと向かい、大阪付近で鼻先を変えて宇部空港へ。国土地理院の衛星写真のように晴れ渡っていれば、富士山も京都も瀬戸内海の島々も眼下に眺められたのでしょうが、天気だけはどうしようもありません。雲しか見えませんでした。

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山口県東部の徳山湾上空。太平洋戦争末期に戦艦大和が"片道分"とよく形容詞が付される燃料4,000トンを給油した徳山燃料工廠があった場所で、太崋山の山麓に並ぶ出光の石油タンクを狙っていたのですが、主翼後方から見えて慌てて撮影した為か、並ぶ石油タンク群の1番端っこしか移せませんでした。

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目的地の宇部空港が見えてきました。沖合を埋立てて戦後に開港した本州最西端の空港です。宇部の向こうには九州の影が大きく見えていました。100キロ東にある同じ山口県内の空港でも、岩国空港(自衛隊/米軍共同管理)では最終アプローチ中に撮影厳禁の注意放送が流れるのですが、こちらは民間空港なので嬉しいことに写真取り放題です。主翼がだいぶ視界を妨げるので邪魔ですが...。

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航路上で揺れた区間もなく無事に着陸です。この山口宇部空港に降りたことで47都道府県全てを今年訪れた事に。自分の子供達が赤ん坊の頃は、"もしも乗っている飛行機が..."という考えがチラ付きながら飛行機によく乗っていいました。妻も赤ん坊と家にいる時に"もしも悪いが家に入ってきて..."と妄想のような考えがよく浮かんでいたと言います。ここ1-2年はそういった考えは浮かんでこなくなり、安心して飛行機で移動できるようになりました。