日本航空253便(羽田→広島)人に翼の空の恩 かしこも楽しここもよし

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懇意にさせて頂いている取引先の方に不幸があり、自分が会社を代表して葬儀に参列するために広島へと飛びました。予約したのは朝07:00羽田空港発→0830広島空港着の早朝便でした。普段は電車、空港バス、自家用車のいずれかで羽田空港へと向かうところなのですが、出発前に体調を少し崩してしまいタクシーで空港までやって来たのでした。

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日本航空の国内線は羽田空港発の札幌、大阪、福岡、那覇の4路線のみにファーストクラスが設定されているのを除くと、普通席とクラスJ席の2クラス制です。1クラスアップするとシート幅が44cmから48cmに、シートピッチは79cmから97cmへとゆとり有る座席に+1,000円で変更する事ができます。参照までにですが、東海道新幹線N700系の一般席が44cm/104cm、グリーン車で48cm/116cm程となります。

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座席は左主翼後方の窓側席でした。もう半年以上前のフライトで予約時の詳細を忘れてしまいましたが、おそらく前方側の座席が埋まっていたので、富士山が望めるであろう進行方向左側を選んでいたのでないかと思います。東京発の便で西側に向かう時は自然と富士山の見える方向に座席を選ぶのが癖になり、当日のフライトが天候等で富士山が見えないと一抹の寂しさを感じてしまいます。

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多摩川河口に建てられたD滑走路にて離陸の順番待ちをしている時に、離陸前のソラシドエアーの機体が昇る太陽の日を浴びた姿が綺麗に思え撮影しました。ソラシドエアーのソラは大空の空、シドは英語のSEED(種)で空から笑顔の種をまきたいとの意味を込めた社名だとか。幸せは雲の、空の上にあるのでしょう。

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日本武尊命の妻・弟橘比売命が海神の怒りを鎮めるため身を投げ、その妃の袖が流れ着いた地・袖ヶ浦海岸は石油コンビナートが立ち並ぶ工業地帯となっています。「行きたい場所は何処ですか?」と尋ねられたら、「黄河の源流・星宿海!!」と答えたいと思っています。星宿海は標高4千メートルの高原に広がる湖沼地帯で、真夜中には夜空の天ノ川が地上の湖水に映り、東シナ海まで滔々と流れる黄河がまるで空から流れ落ちるのが観られるのだとか。

日本の神々が天上の高天原より地上に降りる神話上の出来事を"天降り"と呼んでいます。上の写真は昇った太陽が東京湾の海水面に映っており、まるで太陽が地上へ降り立つ瞬間を目撃してしまったかのように思えて、機内でひとり感嘆してしまいました。

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地上で空を見上げていた時から分かっていましたが上空は薄い層雲に覆われており、東京湾を出る前に雲に突入してしまいました。天の火に照らされたアクアラインも海に突き出た祭壇であるかのようすら見えます。何かしらの原因で人類が突如滅び、未来の"人"がこの遺物を発見した時には、「海ほたる」は弟橘比売命を祀る祭壇とかなったりするものでしょうか? 当時の人々は巨額の費用を投じて海上に祭壇を設け、巡礼路たる道を海中に設けた...。

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茜さす叢雲の向こうには三浦半島です。この日のフライトは全行程をほぼ雲上飛行と予想していたので、予期していなかった素晴らしい光景に驚きの連続です。東京発の便は凡そ富士山の直前あたりで飲み物を満載したカートを押した女性が来るもので、「富士山を撮っているので邪魔しないで欲しい」とよく心の中で呟いていたりします。

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その期待していた富士山が見えて来ました。地上で見ていると、すらりと高く見える時もあれば、のっそりとした風に見える時もあり、その優美な山容は千幻万化。この日に上空から見た富士は平べったいと自分の目には映りました。

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更に進んで南アルプス上空。手前が日本で7番目の高さを誇る赤石岳(3,121m)、静岡県と長野県の境界に位置する南アルプスの主峰です。モト山ノボラーなので、著名な山の上を飛ぶ時は登山ルートや山小屋をどうしても探してしまいます。南アルプスには冬季も営業している山小屋が多数ありますが、反対側の座席でないと見えません...。

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愛知県や岐阜県に主要都市が位置する濃尾平野を造った、木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)が伊勢湾に注ぎ込む姿が上空より見られました。鉄道に乗っていたら、「名たかき金の鯱は 名古屋の城の光なり 地震のはなしまだ消きえぬ 岐阜の鵜飼も見てゆかん」と歌っている場面を過ぎた頃でしょうか?  歌に謳われている地震は明治24年(1891)に発生した観測史上で最大の内陸型地震・濃尾地震です。

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左手に映る琵琶湖を通り過ぎ、比叡山を飛び越し京都へ入るところです。先程に続いて鉄道唱歌であれば、「むかしながらの山ざくら にほふところや志賀の里 都のあとは知らねども 逢坂山はそのままに」あたりが相応しいでしょうか?

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「ここは桓武のみかどより 千有余年の都の地 今も雲井の空たかく あふぐ清凉紫宸殿」。写真中央少し下に京都御所が四角い緑として映っています。旅客機の速度は凄まじく、比叡山を越えたと思ったら、一息つく間もなく京都を出てしまいます。「扇おしろい京都紅 また加茂川の鷺しらず みやげを提げていざ立たん あとに名残は残れども」。

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ここは何処の空港でしょう? 「播磨過ぐれば焼物の  名に聞く備前の岡山に これも名物吉備団子 津山へ行くは乗り換えよ」。七五調の歌詞に出ている岡山、岡山桃太郎空港でした。若い頃の記憶とは恐ろしいもので、鉄道唱歌をまだ多く暗記している自分に驚いています。

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「畳表の備後には 福山町ぞ賑わしき 城の石垣むしのこす 苔に昔の忍ばれて」。瀬戸内海へと芦田川が流れ込むところに福山の街が見えて来ました。川が手前で湾曲した箇所を抜けたところに山陽自動車道が走り、その向こうには山陽新幹線の線路。着陸のために高度が落ちてきているので、福山駅の北側にある福山城も肉眼で確認できました。

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「浄土西国千光寺 寺の名たかき尾道の 港を窓の下に見て 汽車の眠も覚めにけり」。幅200メートル程の尾道水道により本州と分けられた向島には造船所がいくつも並んでいます。ここから因島、生口島、そして瀬戸内海の反対側の今治までと続く「しまなみ海道」が尾道から伸びているのも見えていました。

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「糸崎 三原 海田市 過ぎて今つく広島は  城のかたちもそのままに 今は師団がおかれたり」との締めで、広島空港に東より侵入し滑走路28に着陸。羽田空港から660kmほど、1時間30分の短い空の旅のおしまいです。鉄道唱歌が出来た頃には「汽笛一声新橋をいざ我が汽車は離れたる」と東京を出発して神戸まで17時間。神戸駅にて山陽鉄道に乗り換え、広島駅まで更に9時間程を要する1泊2日の旅だったのを思うとアッいう間の移動となったものです。

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思えば夢か時のまに 東海山陽とびこえて 安芸のやどに身をおくも 人に翼の空の恩。かしこも楽し、ここもよしの空の旅路でした。