日本航空JAL2322(但馬→伊丹)離陸後すぐにブロッケン現象が

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城崎温泉駅前からにバスに乗り、20キロ程南下して但馬飛行場に戻ってきました。航空機展示場が但馬飛行場の旅客ターミナル横にあり、飛行機好きなので出発時間に支障がない程度で散策してみました。共立航空と書かれた手前のグリーンストライプのエアロコマンダーは航空撮影に用いられていた機体で、解説板によると西部劇で有名なジョン・ウェイン氏が所有していた機体かも?と書かれていました。

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その隣に鎮座するのはご存知YS-11。ANAグループのエアーニッポンが運行していた機体で、大きなロールス・ロイス社製のエンジンを持つ双発ターボプロップ機です。但馬飛行場の滑走路長さは端から端までで1,200メートル。戦後初の国産旅客機と呼ばれるYS-11が開発時目指したのも1,200メートルで離発着できる機体。偶然の一致なのでしょうが、この双発機の終の住処としては悪くない場所かと思えました。

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但馬飛行場は待合室が学校の教室の広さほどしかない小さな飛行場です。伊丹空港からの便が到着してから手続きに向かえば間に合うと、鷹揚に構えて展示場をブラブラしていました。白地に鶴丸マークの機体が着陸してエプロンに到着するまでを見届けてから歩きだしました。

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新幹線、高速道路が通らない兵庫県北部へのアクセス向上を目指し1994年5月に但馬飛行場は開港しました。1,200メートル滑走路しかない制限により、但馬飛行場からの定期路線としてはプロペラ機運行の伊丹線のみ。遠距離を短時間で移動できる航空機の利点が充分に発揮されていないのが現状です。

直近の平成29年度の搭乗者実績を調べてみると、31,967人(搭乗率69.7%)で過去最高となる記録を小さく誇っています。滑走路を現状の1,200メートルから1,500メートルに延長して、MRJ(三菱リージョナルジェット)で羽田空港からの就航が実現すれば搭乗者数が一気に増えると兵庫県は以前より乗り気らしいですが、滑走路延長、MRJ就航共に具体的な事は現在までは何も見えてきておりません。

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伊丹空港から昨晩到着した時の群青色の空は圧巻でした。伊丹便に乗る朝の空に目をやると空色から水色、そして淡い藍色への緩やかなグラデーション。吹く風も心地よく、季節の変わり目が感じられる心地よい日でした。

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空港のチェックインカウンターで、「但馬→伊丹、伊丹→羽田。できれば窓際で景色の見られる席をお願いします」と伝えました。自分が座席指定をすると、主翼前方で振り向くとエンジンが見られる窓際席を癖で狙ってしまうので、たまに運に任せてみることにしています。その結果として、この日は機長席側(進行方向左手)主翼の後ろ側、主翼下の車輪の出し入れがバッチリ見られる窓側席となったのでした。

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旅客ターミナルから滑走路北側まで地上走行し、15メートル程滑走路から出っ張った回転帯を利用してクルっと円を描きます。その時に良く見えた横断歩道のような「滑走路末端標識」の数を数えてみたところ8本でした。8本だと滑走路幅が30メートル、12本だと45メートル、16本だと60メートルを意味し、滑走路の長さに応じて幅は自動的決められています。

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左手にターミナルビルを眺めながら滑走路19を南に向い離陸しました。伊丹空港からの到着時は既に暗く、上手く撮れなかった滑走路末端の崖をパシャリ。この機体の仕様では必要離陸滑走路の長さ1,322メートルですが、燃料を満タンでなく必要量だけを積むことで1,200メートルの滑走路でも離陸を可能としています。それを思い出すと、離陸に失敗して崖にというイメージが湧いてきてしまいました。

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伊丹空港→但馬飛行場→伊丹空港は上の図の様に時計回りが基本の飛行ルートとなっています。今回は但馬から伊丹ヘ便ですので赤線ルートで離陸後に丹後半島方面へ進み、日本三景のひとつとして有名な「天の橋立」を見せる?乗客サービスをしてから大阪へ向かっていくはずです。

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写真中央には出発した但馬飛行場が写っています。日本最後のコウノトリがいた場所で、ロシアから譲り受けたコウノトリを人工繁殖している「コウノトリの郷公園」や日本人初のエベレスト登頂の偉業を達成した冒険家・植村直己さんの生家を上空から探してみましたが、残念ながら反対側席からしか見えない場所にあったようでした。

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離陸後すぐに地上との間を雲が広がっていきました。北東に向かう機体、南東からの太陽、雲のキャンバス、北側への展望と条件が揃って見ることができた「ブロッケン現象/佛光」です。但馬飛行場離陸後に見られたブロッケン現象は虹の色彩がハッキリしていて、実に鮮やかなものでした。

自分が初めて上空からブロッケン現象を見たのは新婚旅行でナミビア行った時。非常に稀有な光学現象だと長く思っていたのですが、条件さえ揃えば結構見られるのだと気が付きました。最近では探すコツを掴み、今回のフライトでも見られることができました。

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日本海が見えました。もう少しオマケして天の橋立や舞鶴の方へと近付いてくれれば良かったのですが、残念ながら雲の隙間から遠景で望むだけとなってしまいました。「股のぞき」をすると空に架かる橋に見えると云われる天の橋立。自分も現地で試したことがあるも、残念ながら良く分からなく悔しい思いをしました。空から見たら、何かヒントを体得できるのではと少し期待していたのでした…。

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サーブ340Bの機内の様子です。座席は3席x12列=合計36席の小型旅客機。昨年よりエアバス社グループの仏ATR42-600型(48席)を日本エアコミューターが投入しています。既に日本航空と三菱で32機の契約がなされている三菱MRJ(70-80席)も早ければ2021年より但馬飛行場でも見られるかも知れません。

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翼の下には新幹線の新大阪駅。淀川の向こうには梅田のはじめとする高層ビル群が建ち並んでいます。伊丹空港にある2本の滑走路は北西ー南東方向に向いており、宝塚・六甲方面の山避ける為に北西からの着地でなく、大阪市街地上空を飛んでの南東からの着陸が殆どです。この日は南からの風が吹いていたので、もしかしたら山側からのアプローチかと期待するも、いつも通りの南東からのアプローチでした。伊丹空港には百回以上来ているものの、山側からの着陸を体験は1度としてなく、もはや都市伝説なのではと疑っていたりします。

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南東からの最終アプローチで着地間際。航空機撮影メッカ・千里川土手を旅客機側から撮影してみました。但馬飛行場でも見た「滑走路末端標識」が主翼下に見え(32Lの左側)、iPHONEで撮った写真では潰れてしまっていますが、実際には16本が並んでいるはずです。

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エプロンでエンジンがブルブルと振動してから停止すると、飛行時間40分の短いフライトも終了。陸路で行けば伊丹空港から但馬飛行場まで2時間の移動を半分以下時間で目的地まで来る事ができました。やはり、航空機移動は速い!  飛行機に乗っていた但馬ー伊丹利用者の半分程は伊丹空港で乗り換えらしく、「〜へ乗り継ぎのお客様は...」と職員の案内を受けていました。この路線利用者は地元関西から人は余り多くなく、半分以上が関東からの人なのだそうです。

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荷物受け取り場で自分のボストンバッグを待つも、待てど暮らせどターンテーブルに出てきません...。あれだけ小さな飛行機でロストバゲージもないだろうと地上職員に尋ねてみると、羽田空港まで通しで(自分が)預けていたらしいと判明。最低限の身の回り品は機内持ち込みをしていたので、空港の方に荷物を探し出して貰うのも悪いと考え、荷物を預けたままで大阪市内へと向かう事にしました。