日本航空JAL2151(伊丹→青森)行くぜ、東北! 本州 本州最北端の空港へ

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大阪・伊丹空港から本州最北の空港・青森空港に出掛けてみました。搭乗ゲートで待っていると大きな小型機エンブラエル170(E70)が"入線(`•ω•´)/*҉。 令和元年から運行開始したエアバスA359を含めて日本航空には全13種類の機体がありますが、エンブラエル170は客席数76と最な小さいジェット機です。2重の輪っか構造で広い空間の機内が売りらしいのですが、小型機はやはり小型機らしく狭くエンジン音が機内に響くのが良い主義者なので、実はあまり好きでなかったりします。

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京都祇園東の方々が同じ便でした。見覚えがあると思い挨拶をしてみると、青森での催し物に出るために飛行機移動とのこと。伊丹でも青森空港でも舞妓さんの近くはザワザワと賑やかになるもので、何やら華やいだ雰囲気を愉しめます。予定している三世代家族旅行での沖縄にて、子供達を琉装させるかと思っていましたが、京都で娘をチビ舞妓姿にするのも面白そうだと思ってしまいました。

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この日は疲れていたのか着席後すぐに眠り始めいぇたようです。離陸して比較的スグの左旋回をしている時に目が覚めると、機体は伊丹空港の上空を京都方面へと高度を上げていました。上空は薄い雲が広がっており、地上の景色は余り楽しめそうもないかと思いました。

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木津川、宇治川、桂川の合流地点です。宇佐八幡宮の京都における遥拝所となる岩清水八幡宮が川の南にあり、北側には有名なサントリー山崎蒸溜所。また、円形をした京都競馬場も見える等にぎやかな辺りを猛スピードで東へと旅客機は飛んで行きます。

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湖東平野を一望。滋賀県東部を流れる愛知川が琵琶湖に注ぐ姿です。中央左に雲が浮かんでいるあたりが、天正四年に織田信長が築城した安土城があった場所で、このあたりは自分が月に何度か乗る東阪間の飛行ルートでは見れない景色なので多少ガスっていても良い気分でした。

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名古屋飛行場/小牧基地を真上から見下ろします。昭和19年に小牧陸軍飛行場として開港した飛行場で、戦後の米軍接収後より現在の中部国際(セントレア)空港が開港した平成17年まで間、名古屋の空の玄関口としての役割を果たした空港です。戦後に撮影された白黒写真と比較してみると、飛行場周辺の開発具合が分かります。何かと話題にのぼることの多い三菱スペースジェットの生産拠点で、最近は80程あった小型機用スポットが...。

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名古屋から東北方向に向かい、焼岳〜上高地上空辺りからの冠雪した北アルプスの雄大な展望です。持参してきた家庭用放射線測定器で測定してみると0.75マイクロシーベルト程。怪しい新興宗教団体の特殊用語のように聞こえますが、宇宙から降り注ぐ「宇宙線」というものがあり、地上から離れて高度を上げる放射線数値は高度と共に数値が上昇し、高度を下げるとみるみる下がっていきます。

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29,000フィート(8,839m)にての測定値は1マイクロシーベルト超え...。この数値を年に換算すると8.64ミリシーベルトとなります。日本国政府が「帰宅困難地域」として居住制限をしている地域の閾値が年間20ミリシーベルトですので、必ずしも高過ぎる数値ではありませんが、世界平均が年間2.4ミリシーベルトと言われているのを考えると低い数値でもないと言えると思います。今年の相馬野馬追祭りで南相馬市を常盤高速を同じ測定機械で計測しながら走ってみましたが、1ミリシーベルト/時超えは数箇所、福島第一原子力発電所から最も遠くで計測したのは15キロ程北に離れた場所でした。

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日本海に浮かぶ佐渡島、飛島等を眼下に旅客機は北上して行きました。この飛島には公立中学校があり、3年間1人だった男子生徒が今年2019年3月に卒業迎え、卒業式と同時に休校式が催されたニュースが流れたのを思い出しました。区単体で90万人近い人間が住む場所で育った自分には、2-300人の離島の生活は実感できない場所で少し憧れを感じます。

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秋田市上空から北に聳える海に浮かぶような男鹿半島と巨大な八郎潟を望みます。国内で2番目に大きかった湖を大地へと変えた八郎潟の干拓事業。一度現地を歩いて、その成り立ちし調べに行きたいと思いつつ早数年経ってしまいました。国内は何処に行っても大地に刻まれた開拓、新田開発の跡が残り、先人の血のにじむような苦労の上に現在の国土があるのだと痛感させられます。

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1,000メートル程の山岳地帯を抜け、津軽平野と頂上付近に雪の残る岩木山が目に入りました。眼下には弘前藩の城下町だった歴史を持つ弘前の街が広がり、中央左手には桜景色で有名な弘前城公園も写っております。この周辺は自分の好きな場所で、昨年訪れた話しをコチラに書いてみました。

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青森県の県庁所在地・青森市中心部上空です。中央上部の八甲田山から続く稜線の端にある、世界遺産候補「北海道・北東北の縄文遺跡群」の象徴である三内丸山遺跡が見えます。南は喜界島、北は外ヶ浜町と言われた古代日本の境界線「外ヶ浜」が奥の北側へと続く津軽海峡。青森空港は写真に入っていないですが、三内丸山遺跡の南5キロ程にあります。

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空港をぐるりと大周りをするカタチで高度を落として行き、西側より滑走路30に着陸しました。丘陵地帯の耕作地は水を張って田植えを待つもの、既に田植えを終えて淡い緑の絨毯が敷かれているものも見えた6月上旬のフライトでした。

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青森空港は3,000メートルとジャンボジェット時代を感じさせる立派な滑走路を所有しています。日本海より太平洋へ抜けられる限られた海の通路・津軽海峡には防衛上の重要拠点となり軍事施設が国内でも集中している地域です。戦後に設置された青森空港が弘前/五所川原間でなく、この地での建設となったのも何かの理由があるのかなと考えながら旅客機を降りました。このあたりの話しも機会があれば調べてみたいものです。