JAC2321(伊丹→但馬) 日本本土内での最短航空路線を飛んでみました

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大阪・伊丹空港から兵庫県北部のコウノトリ但馬飛行場に飛んでみました。但馬地域には城崎温泉等の魅力的な有名観光地があるも、羽田空港からの直行便が就航していない為か、自分にとって若干心理的な距離を感じさせる地域です。但馬飛行場に初めて自分が降りた時に知っていたのは、城崎温泉にコウノトリの里、アクロバット飛行のロック岩崎氏の拠点、冒険家・植村直己氏の生家がある事ぐらいでした。

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神戸や姫路等の瀬戸内海側にある兵庫県の主要都市からは中国山地で隔たれ、高速道路や、新幹線、飛行機でのアクセスが困難な「高速交通空白地帯」と但馬は呼ばれた地域でした。その但馬へのアクセス向上を目指して建設されたのが現在の但馬飛行場です。伊丹-但馬間は直接距離にして100キロ程、クルマで走っても僅か2時間足らずの距離(137km)です。この伊丹ー但馬区間の飛行を関東で喩えるとするなら、羽田ー茨城空港間に定期便を飛ばすようなもので、離島部除く本土間の航空路線としては最短となり、「誰がこんな路線利用するんだ?」との声が聞こえてきそうな路線だったりします。

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伊丹空港での搭乗ゲートは階段を降りてのバス・ゲートで、日本エアコミューター(JAC)のプロペラ機で行く但馬/屋久島の便は此処に集められているようです。運航はJASこと東亜国内航空の路線を受け継いだJALグループがおこなっています。自分がこの日に乗った機体も搭乗日の前日は福岡→出雲→隠岐→出雲→福岡→屋久島→伊丹→但馬→伊丹(ナイトステイ)と西日本を飛び回っていた機体でした。

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JAC/日本エアコミューターは現在エアバスと伊レオナルドの共同事業体・ATR(Avions De Transport Regional G.I.E)が製造する機体を使用しています。この日はJACが運航している2種類のATRターボプロップ機のうち、胴体が長い方のATR72-600でした。2018年に国内初デビューした新しい機種です。

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機体後部からハシゴの様な階段を登っての搭乗かと思いきや、入口から1度Uターンして機体に入る形式のスロープ式で、タラップ(舷梯)と呼んでいいのかと思ってしまう立派なモノでの乗り込みました。この様な設備があるとは流石は1日に370回の離発着を誇る大空港・伊丹空港です。

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高翼に取り付けられたエンジンをブルルンと始動して、6翅のプロペラが回り始めます。ジェットエンジンの旅客機と比較して低いと感じる視点から、地上職員の方々の見送りを受けながら滑走路に向かってユルリと出発。

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伊丹空港の2本ある滑走路のうち、短い方の32Rより離陸。滑走路の向こうに伊丹市中村地区が見えます。この辺りは昭和10年に始まった現在の伊丹空港の建設に関わった朝鮮人集落が平成21年まで存在していた場所で、京都飛行場のウトロ地区と類似する飯場をしての歴史を持っていた場所です。毎月利用している伊丹空港にあるので、一度ぐらいは見学にと思っているのですが無精でいまだ未訪問のまま...。

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機体の進行方向左手に座っていたので、離陸してスグに昆陽池が真近に見えてきました。日本列島を模した島を持つ池が機窓の外に近づくも、こちらも上空からの観察のみだったりします。此処は奈良時代の摂津に、行基が水田開墾の為に開いた池との話しが残る歴史の古い場所らしいです。

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機体は上昇中に雲に突入してしまい、雲上飛行を続けていました。伊丹空港から但馬空港までの35分間の飛行時間の殆どが雲の上。丹波や朝来等の中国山地にある街を上空からも見たいと願うも、上手くいかず。前方の翼にぶら下がるエンジンとひん曲がって高速回転をしているかのように見えるプロペラを堪能するだけの、少し寂しいフライトです。

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豊岡市近郊には大きな農地が広がっています。翼端の下にあるが但馬飛行場で、標高176メートルの山の谷間を埋めて平地を造り、平成六年に開校した空港です。その地形故に霧の発生が多く、豪雪の影響と併せて冬場の結構率は2割にもなり、但馬発便欠航代替バス(有料)が常時用意されている程。2020年には北近畿豊岡自動車道が開通が迫っており、当初の「高速交通空白地帯」が解消されるに伴い、伊丹路線だけでは空港の存在継続が疑問視されてしまっております。最大の集客が見込める羽田行きの路線を開設するには、100億円の追加投資が必要とも言われる滑走路の1,500メートルへの延長が必須となってしまい、そういった意味でもムヅカシイ空港です。

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高度を落としながら、豊岡市上空を回り込むようにして北側(日本海側)よりベースからファイナルへ。狭い平地に山々が迫る風景、川に沿って広がる耕作地に山際集落を眺めながらの滑走路19へ接地でした。小さな旅客ターミナルが見えます。

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但馬飛行場での降機はタラップでした。JAPAN AIR COMMUTERと書かれた高翼機から歩いての旅客ターミナルへ移動でした。但馬飛行場内には兵庫県のパスポートセンターがあり、空港へは飛行機に乗りに来るよりパスポートを取りに来る人の方が多いと揶揄される但馬飛行場ですが、頻繁に離着陸機を繰り返す大空港も魅力的ですが、午前に一便、午後に一便だけの長閑な空港も良いものだとイチ航空ファンとしては但馬飛行場(通称・但馬空港)を応援しています。

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ターミナル内には「城崎第一号」と名付けられた三菱式MC1型旅客機(乗員乗客計7名)の模型が吊り下がっています。城崎温泉駅そばの川幅200メートルほどの円山川を離発着面とした「城崎水上飛行場」を拠点にして、城崎温泉や天の橋立を遊覧飛行するのに用いられた機体です。但馬地域には帝国陸海軍の飛行場もなく、僅かに滑空機の練習場があったばかしと思い込んでいましたが、この地にも大空を飛ぶ事に情熱を傾けた人々がいたのかと思い直して機体を見上げてみました。