常陸大津の御船祭、港町で5年に1度おこなわれる気迫の陸上渡御

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令和元年の5月、息子と2人で茨城県に出かけて参りました。常陸大津で開催される海の男の祭り「御船祭」が目的です。舞踊の習い事で妻と娘は忙しいというので、男二人で東京駅からの高速バスに乗って出発。常磐自動車道を進み日立駅経由の高萩駅行きです。祭り会場まで無料シャトルバスが出ているJR磯原駅(正しい)と高萩駅を勘違いたのは内緒の話し...

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 向かった常陸大津のある北茨城市は茨城県最北端にあり、北は福島県いわき市、南は高萩市に接する人口4万5千人程の町です。市内には施網漁港の大津港と底引き漁が盛んな平潟漁港の2港があり、漁港付近には温泉が吹き、新鮮な魚と美しい景観を求める観光客の宿泊施設が立ち並んいます。常陸大津の港は江戸時代に整備されました。港の後ろに聳える唐帰山に鎮座する佐波波地祇神社の春大祭が「御船祭」で、言い伝えでは神社創建時に始まった「潮出お浜くだり」をルーツとし海上での安全と大漁を願います。佐波波地祇神社は海上安全・漁労守護の神様で昔は航路の目印になっていたとか。

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高さ2.6メートルと背丈を低くした船に楼を設け、漆塗りの屋根を載せた場所にお神輿を置き、舟形頂上には白波と戯れる鶴、船先に紅白の綱、両胴に海の幸や珊瑚、船尾には五色の旗に不動の剣と艶やかな装飾がなされています。全長15メートル、幅3.6メートル、重さ3トンの神船を数百人の若衆が200メートルの大綱の引き手となり、町内を渡御する勇壮なお祭りとして広く知られています。佐波波地祇神社は御船祭りの国重要無形民俗文化財指定記念および地区復興の象徴として、拝殿を昨年造営完成したばかりで迎える初めての大祭。

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福島県浜通りに向かう時は、いつもエステー化学の簡易放射線線量計を持ち歩いています。高速バスに乗っている間に、日立駅周辺で0.60uSv/h程が2回表示された時には少し焦りました。車内で計測をしている為か、持参した線量計の方が設置されているモニタリングポストより低い数値を指すのがこれまでの常でしたので、街の中心部で8年経過しても線量高い場所が残っているかと驚かされました。「がんばっペ、いばらき」の言葉も聞かなくなり久しいのですが...

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JR磯原駅前に祭り会場行きバスが出発待ちしているのを発見し、一路会場そばのホームセンター経由で「よう・そろー」へ向かいます。よう・そろーは漢字で書けば"宜候"、船を前身させるとの意味。この祭りは5月2日の宵祭りと3日の本祭りからなり、5年に1度開催されています。訪れた2019年はその5年に1度の祭り日でした。直前には新天皇陛下御即位があり、令和初めてのお祝いムードのなかで大勢の人が見物にやって来ていたようです。

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大津波と福島第一原発事故による甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島の3県と比べると一般への認知度は低いものの、茨城県でも被害は少なくなく、太平洋に面した港町である常陸大津(北茨城市)では震度6弱を記録しました。大津波警報が鳴り響くなか4.3メートルの大津波が押し寄せ、漁業関連施設および背後の漁村が浸水、船や漁網等が流出。この日に訪れた里音川を渡った先の祭り会場の市街地は全域が波浸水地域となった場所で、此処は津波被害で空き地になったのだろうと感じる場所が沢山あります。

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震災後に市内に数台作られた津波避難タワーのひとつ。震災発生日から1年の間に、震度4以上の余震は200回以上。茨城県は北茨城、大洗等の海岸線に位置する町への物理的被害に加え、福島県と隣接するため全国二位を誇る農業が風評被害を含めて被害を受けました。世間一般での認知と同じく政府/東京電力も同様で、震災発生直後に始まった計画停電で茨城の津波被災地が輪番停電の対象地区に入る(後に除外)といった具合でした。

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凄い人だかりです。5月2日の宵祭りには東町より西町へ空船を移動し、諏訪社にて御霊写しの儀。自分達が到着したのは御神輿が陸上で船に乗せられ、西町から佐波波地祇神社へ向かっている途中でした。神船の位置を確認する為に人波を掻き分け、前へ前へと進んでいきました。息子は男の子なのでか、目標はXXだと明確な指示を出すと行動は早く、立ち並ぶ人達の合間をすり抜けるかのようにチョコマカと小走りで進んでいきました。

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前方に大きな船が町中をこちら側に進んで来るのを確認。曳き手の足元には井桁に組んだ”ソロバン”と呼ばれる木枠がズラリと並んで敷かれています。これは神船が通るときに滑らせる役目があり、使用する木材は乾燥させていない新木のみが使用されているそうです。

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船体に縁起物を描いた木造船「大漁丸」を左右に激しく大きく揺らし、「引け、引け、引け〜」との合図共にソロバンの上を豪快に滑らせていきます。神船が通った直後には船底とソロバンとの摩擦熱で大きく白煙が上がります。全国に船を山車にする祭りはありますが、船底に車輪を付けないのは非常に珍しいとか。船首にお神輿を乗せた船よりは渡り囃子が聞こえ続けるなか、ギシィギシィと音を立てて左右に大きく船を揺らされ、ロケットスタートの如く勢い良く前に引っ張っられと舟の上で演奏をしている水主(歌い手)、世話人や神職さんは大揺れの船に長時間乗っているので大変そうです。

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船が前に進むと、男性達がソロバンを担いで船の前2-30メートルに並べていきます。これを何度も何度も繰り返していくので、全区間は1キロ足らずの道を進むのに時間を要してしまうのです。白装束のような恰好に様々な”会”のデザインを配した粋な姿が特徴的で印象残りました。大津港の人達の姿はチバラキ仕様というか“茨城魂”を感じる出で立ちです。平安期より茨城にすむ家系だから言える一言(*Ü*)

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勢いよく引っ張られ、勢い余って見事に右側の民家に追突してしまいました。ソロバンの上をどう滑るかは神のみぞ知るです。この衝突で怪我人があったとか、なかったとか。船上の人や神輿に装飾等を合わせると合計7トンにもなる神船。象2頭分でしょうか? 日本のお祭りで死者が出る事でも有名な岸和田のだんじり祭りの山車が4トンなので、その破壊力は...

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一番の見せ場であるT字路90度大転回に先回りすべかと、裏路地を進んでいると屋台が沢山並ぶ小道に出てしまい、買い物をしていたら煙を上げて神船が滑り込んできました。バキバキという音も鳴り響いていたので、ソロバンの幾つかが壊れたようでした。神船を後ろから見てみると、20人程の若衆が船の脇腹に飛び乗り、上棚にぶら下がるカタチで体重をかけて神船を揺らしていました。その姿は揺らすと言うよりは叩き付けていたの方が近いかもしれない激しさです。

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佐波波地祇神社へと向かう為にT字路交差点で大きく方向転換をしました。観客達からは割れんばかりの拍手喝采。諏訪社から佐波波地祇神社に渡御する現ルートは本来海上であった場所で、通常であれば大津湊拡張時にルート変更をして里音川から太平洋経由で大津湊上陸、そこで神輿を神船より降ろし担いで佐波波地祇神社へと変わるのが普通だと思うのですが、古式を尊ぶ人々の思い強く、通るべきルートは変更せずに陸上渡御をする"荒業"をおこなう事となったのでした。

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無事にT字交差点を切り抜け東町通りを進んで行く神船。「引いて良いよ」と声を掛けられ、息子と自分も神船を引く太い綱を持って少し参加させて頂きました。賑やかなお囃子と御船歌、勇ましい曳き手達に、大勢の観衆の拍手と歓声。海で働く人たちの心意気を感じとれるすばらしい祭でした。