熊本県人吉、蓑毛鍛冶屋さんにて鍛造包丁造りの鍛冶体験

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熊本県の最南部、鹿児島県との境に位置する人吉にやって来ました。人吉に来るのは約10年振りで、前回は大雨の降る中を単車で濡れネズミ状態で走っていたのを思い出します。なには兎も角、地元の神様にご挨拶をと人吉駅近くにある青井阿蘇神社に向かいました。1,200年前の平安期からの長い歴史を誇る、阿蘇の国造の神・健磐龍命を祀る神社です。

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上の地図の赤マルのある場所あたりが人吉盆地。周囲をグルッと山々に囲まれた東西30キロ、南北15キロほどの盆地で、盆地東北部にある水上村に発する球磨川が盆地を東から西へと流れています。人吉の町はその人吉盆地西部に広がる人口3万人ほどの旧相良藩の城下町です。

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街中には鍛冶屋町通りと呼ばれる観光名所があり、石畳の元職人街には醤油・味噌の釜田醸造所、人吉球磨茶の立山商会と見学可能な店舗も多く、昔を偲びながら散策できる場所です。昔はさぞかし活気のあった場所なのでしょうが、訪れた日が平日だったためか自分の他誰もおらず...。

1000メートルを越す山々に囲まれた人吉には古くから林業が盛んで、その林業で使用する斧やナタ、それに平地での農作業で求められる鍬や鎌の需要に応えるために多数の鍛冶屋が市内外に現在もあり、相良藩時代には鍛冶屋町界隈だけで60軒を超える鍛冶屋があったのだとか。

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町内の看板にある説明を読むと、この区画は文禄三年(1594年)に整備されてた大工町、紺屋町、鍛冶屋町で、多くの職人の暮らした町人街だったらしいです。安政二年(1855年)に大火があり、この鍛冶屋町から火の手が上がり、周囲の城下町に燃え広がり、川の向こうの人吉城まで延焼してしまう程の被害の大きさ。しかも、その火元は火事を決しておこしてはならないはずの職業の鉄砲鍛冶職人の恒松寅助だったと云う話しも掲示されていました。

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通りには現役の鍛冶屋「正光刃物製作所・蓑田鍛冶工場」の店舗も並んでいます。この鍛冶屋さんは500年という長い歴史を誇り、折角なのでと草刈り用の鎌を購入させて頂きました。お店にいらっしゃった17代目の方より球磨地方の鍛冶屋のお話しを聞かせて頂きました。

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この日の目的地・人吉クラフトパークに移動しました。人吉の町の中心から5キロ程南に離れた場所にあり、人吉球磨の伝統工芸品の手作り体験ができる1989年に開園された大型施設です。モノづくり以外にも焼酎館やキャンプ場もあり、泊まりでも遊べる広々とした場所のようです。

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きじ馬、花手箱、竹とんぼといった地元民芸品の他にも、ガラス工芸、木工品、陶芸、革小物と広い敷地に沢山の体験館が建ち並んでいます。事前予約の上で今回お邪魔したのは鍛冶館でした。こちらで体験コースの講師役をされているのは蓑毛裕さんで、人吉紺屋町に店を構える蓑毛鍛冶屋の現当主(十代目)のお爺様(八代目)にあたる方です。

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鍛冶場に入ってみました。玄関の上に多数のオブジェが並んでいるのが見えますでしょうか? 左から蔵の鍵→槍→鎌で1セットになっているもので、正月の仕事始めに打ち神棚に備える「剣」と呼ばれるものです。蔵の鍵は商人を、槍は武士を、 鎌は農民を表しており、毎年正月に制作したものを記念にと飾っていると伺いました。自分が他の場所で「剣」を体験鍛冶で作成した時には、左から鎌→槍→鍵だったので地方によって違いがあるのかもしれません。

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鍛冶場の様子です。奥にあるのが金属を加熱する火床、その手前がモーター駆動の自動叩きことスプリングハンマーをはじめとして、金床や冷却水槽等がその奥に並んでいます。研磨する回転砥石(グラインダー)等は写真には入っていませんが建屋内に設置されています。

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蓑毛鍛冶屋の紺色の前掛けを締めて作業開始! !

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足元には苔むして年季の入った水槽がありました。火造り鍛造した鋼/鋼+軟鉄を水で急冷させる場所です。油で冷却するよりも硬さが出るらしく、和食職人の使う本焼き包丁は水で一気に冷やす「水本焼き」の方が切れ味がよく好まれると聞いたことがあります。こういう本物を見ると俄然ヤル気が湧いてくると言うものです。

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鍛冶屋職人の作業場、地面の凹んだ場所に身体を入れるため降りました。スプリングハンマーの叩き台が目前に迫ります。 スプリングハンマーは強い力での打撃を高速で繰り返すので土台はコンクリートの基礎で、気のせいか金床は若干傾いているように見受けられました。

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日本全国の鍛冶屋さんで多く見られる(鋼+軟鉄) x 型どりした材料板がコンクリートブロックの上に包丁の鍛冶体験用の材料として置かれていました。暑くない季節に七輪/オーブンで自作包丁作成用に挑戦しようと、自分も何本か持っていたりします。

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金属を望む形に加工するにはまず加熱する必要があるため、耐熱レンガで確りと組まれた火床で高温まで加熱。作業場は背後から光が入って来ており、火の色だけでは自分には判断し難かったのですが800度ぐらいの色合いに見えました。

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体験に使用した材料は既に包丁の柄にはいる「中子」と呼ばれる尻尾の部分の加工(コミ出し)が終わっていた板を使用しているので、刀身の部分を広げる作業から体験開始でした。真っ赤になった板を鍛冶鋏ではさんで金床に置き、ハンマーがダッ、ダッ、ダッと打ち下ろされるに合わせて板を移動させ、材料を打ち広げていきます。

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材料をハサミで水平に当たるようにと持つだけでも一苦労なのに、峰の部分を切先に向かってテーパー状にしようと、切先部分2打に対して柄元部分1打でと素人が欲張るもうまくいかず、先生よりの調整がガッツリ入りました。

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包丁の強度を上げるために一度材料を高温まで熱して、急冷凍する「焼入れ」を成形した板に施します。水の入った水槽が足元にあったので、是非とも水焼きに自分で挑戦してみたかったのですが、「割れて失敗しても良いので、やらせてください」と声に出すことができませんでした。

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水焼きかと思っていると、窓際にある鉱油が入っていると思われる瓶に板を投入。じゅっ煙が立ち上りました。油は水に比べて冷却がゆっくり掛かるものの、全体を均一に冷やすことができ割れも起きにくいと利点があると言われています。

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焼入れをした板をこんどは「焼戻し」をします。焼入れで硬化させた鋼を、200度程度の低温で金属組織の状態を安定させて粘りを持たせる工程です。ここまでが刃物の地を造る工程で、ここからは刃付けをする工程です。

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奥の部屋ある回転砥石で荒研ぎ。自分でもやらせて貰いましたが、この工程も思うようにはいかずでムズカシイ...。研ぎの最初の段階、刃口の厚みで頓挫した次第で鋼を均一に出そうもんなら何年かかることやらと溜息。体験後には先生の直しが充分に入り凹みました。

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もう1台のグラインダーで本研ぎ。荒研ぎで残る研目を消し、刃の角度を決める作業です。これも自分の手でやらせて頂けました。鍛冶はどの工程も緊張を強いられるので、ここまでくると体験鍛冶でもクタクタになってしまいました。

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最後に外の水道場を利用して、砥石3種類使って研磨しました。こう研ぐんだよと見本を見せて頂いた後には自分の気が済むまでやっていても良いとの有難い言葉を頂いたのですが、熊本市に戻る時間も迫っておりホドホドで撤退。沢山のお話しと、丁寧な指導で貴重な体験をさせて頂きました。

日立製鉄安来工場のような原材料からつくる大鍛冶は個人ではモチロンできませんが、野鍛冶のように昔から続くモノづくりであれば、まだまだ個人でもできるのだなと今回の包丁造りで感じました。先人の試行錯誤による知恵と、簡素な設備に強靭な太腕があれば包丁ぐらいはできそうです。これが斧と言われれば直ぐにギブアップですが...。

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砥石で研磨後にコンコン叩いて柄を付けたら完成です。最後の作業も記念にとやらせて頂きました。コチラが今回の鍛冶体験で完成したしてもらった黒打ち包丁、我儘にも名入れも自分でしたいとお願いして自分の子供達が好きな富士山の標高「三七七六」を打ってみました。漢数字だけにしたには、文字だと上手く彫る自信がなかったのが本当の理由だった気もしましたが、判別できるぐらいにはできました。