広島の旧遊郭/赤線地区にある転業旅館「一楽旅館」に家族で宿泊

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家族旅行で広島県に行って参りました(≧▽≦)ゞ。 広島市内で宿泊したのは中国地方最大の繁華街・流川(上の写真は仏壇通り)からほど近い、市内ではもう珍しい木造建築の宿・一楽旅館。一楽旅館は赤線地帯の連れ込み宿より転業した宿なのですが、元遊廓/赤線の宿は飛騨高山の「かみなか旅館」等に家族でこれまでも宿泊している為か、意匠の凝った旅館と捉えている妻から反対の声が上がらずでした。この宿のことは萩の元遊郭・芳和荘のご主人より聞きいて初めて知り、訪問の1ヶ月程前に電話で予約をお願いしたのでした。

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上の地図の赤丸が一楽旅館の位置です。それを囲む紫線は明治28年に設置された広島東遊郭があった場所なのですが、昭和20年8月6日に投下された原子力爆弾リトル・ボーイにより広島駅辺りまでは全焼全壊。東遊郭を含む広い市街地がなくなりました。通称・流川/薬研堀と呼ばれる現在の繁華街は戦後の赤線地帯の流れを汲む場所となっております。

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その繁華街の外れ、駐車場が多く見られる場所の角地に一楽旅館はありました。上の写真のクリーム色の建物は昭和三十(1960)に建てられ、その右奥の建物は少し古い昭和二十五年に建てられたそうです。昭和三十二年に売春防止法が施行/三十三年に赤線(公認売春地帯)が廃止をされるまでは、多くの男女に利用された場所だったとか。法律施行後に内部を改装して(連れ込み宿)旅館として、その後は現場作業員の長期滞在先や変わった場所に泊まりたい観光客等を迎えて営業中。

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玄関を入り、すぐ目の前に現れるのが吹き抜けになった空間と池に泳ぐ金魚。この場所は建物を建てる前が庭だったそうで、そこにあった池を囲むカタチで家屋を建てたというビックリ仕様となっています。此処から天井を見上げると透明な樹脂製と思われる簡易屋根があり、自然光が入るようにとなっておりました。対応を頂いた宿の奥様は子供達にとても親切にしてくれ、お菓子/ジュースを頂いた上に、金魚の餌やり体験と至れり尽くせりです。その時に、この宿が現在まで続いている理由が分かった気がしました。

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2階に上がると池の周りを囲むかの様に廊下が渡されており、転落防止の金属製の華奢な欄干がある風情を感じさせる空間でした。池の部分を囲んで2階に客室が5部屋、奥の古い建物側に3部屋と大部屋が1室となっていました。廊下の部分に目をやると、簡易屋根は雨風を完全には遮断できていないのか傾きと色落ちが見られました。この手の宿は性格上閉鎖的な作りが求められるところですが、随所に見られる装飾と、この吹き抜け空間のおかげで圧迫感が緩和されています。

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各部屋は2重扉となっていました。まず木製の扉があり、部屋に入る場所にもう一枚。その間の小さな踏み込みには、玉砂利に花柄等の色のある装飾が施されているのが廊下から見ることができました。内部の部屋は見た目で4畳半程なのか窮屈そうです。法律で禁止される前には、これらの部屋で住み込み働く女性達が実際にいたと考えると少し暗い気持ちにもなってしまいます。

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自分達が宿泊した部屋はコチラで、戦後すぐに建てられた古い方の建物の2階大広間。昔は宴会でも催され賑やかだったのでしょうが、部屋の砂壁はだいぶ年月を経て草臥れた感じを受けました。宿泊した日は1階に泊まっている人はいないと聞き、写真に映るベコも含めて、家族でんぐりがえし大会があったような、なかったうおうな気もします...。

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階段の手摺や、窓、扉などに花街を感じさせるかの細工が見られました。新しい建物と古い建物の奥にはそれぞれ階段が設けられていました。おそらくですが片方を上り、もう片方を下りとする事でお客同士がカチ合ってしまうのを避けるようにしたもではないかと思います。このように過去に行き交ったであろう人の姿が垣間見える宿でしたが、子供達に後で感想を聞いてみると、予想通りの回答「優しいオバちゃんがいる鯉の池の旅館」でした。

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パッと開き、末広がりで縁起の良いカタチ・扇型の意匠の窓より下方を眺めてみました。次の写真に少し写っていますが、反対側には女性の身体のカタチとも言われる瓢箪もあります。売春防止法を受けて多くの"怪しい"宿が旅館や料亭、アパート等の近い業種へ転業を強いられてから既に50年が経過。現在でも各地に残る意匠を凝らした「転業旅館」も、耐震工事などの必要経費の大きさと後継者不足に直面し、その大半が現在の経営者の代で終わりを迎えようとしています。なかには八戸の元遊郭宿の様にXXXX万円と大金を投じて土台工事をするところもあるもありますが、廃業していたと過去形でニュースに接することの方が多い気がします。

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妻より 「これから広島出張の時は一楽旅館にするの?」と聞かれましたが、イエスともノーとも言い難く回答に困りまってしまいました。市内の繁華街至近でWi-Fiも綺麗な風呂場もあり、女将さんは本当に親切な方ですので、低価格な宿泊代と併せて考えると何度も通うリピーターもいることも頷けます。ただし、今回は二間ぶち抜きのような大広間だったのですが、4.5畳の小さめな部屋は息苦しそうだったのが気になるのと、お酒を飲んで戻り一楽旅館初となる"池ポチャ"をやってしまわないかが心配だったりします。