ヒルトン・ハノイ・オペラ宿泊中に火災(訓練) 事前通知なしで強制参加

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少し前の話しですが、ベトナム・ハノイに行って参りました。自分に選択権がある時には、何かしら記憶に残るような宿に泊まってみたいと何処に行っても模索するのが常で、今回は優美な外観を持つ宿ヒルトン・ハノイ・オペラを選んでみました。ヒルトンホテルはMBA関連で頂いた5年以上に渡る上級会員資格が有効なので、翌日の夕方発のフライトに合わせて、もしかするとレイトチェックアウトを受け入れてくれるかもという淡い期待を持っていたのも選んだ理由でした。有名な話しですが、このホテルがハノイ・ヒルトンという名前でなく、ヒルトン・ハノイ・オペラとなったのには理由があります。

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ことらが通称(旧)ハノイ・ヒルトンの実際の部屋です。正式名称はホアロー収容所。ベトナムが植民地であった1896年にベトナム人政治犯の収容所として建てられ、ベトナム戦争時には米軍捕虜を収容する場所として利用されていました。収容所は米軍兵より皮肉交じりに"ハノイ・ヒルトン"と呼ばれ恐れられていた場所で、以前にアメリカ大統領選で共和党の候補となった故ジョン・マケイン氏もここで5年間拘束されていたそうです。

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タクシーでホテルに到着しドアを潜ると、隣接して建つオペラハウスに合わせるかの様に優雅に弧を描く、落ち着いた雰囲気のロビーが広がっていました。受付でパスポートを提示すると受付の女性が宿泊の手続きと館内の説明をテキパキとしてくれました。スイートルームへ部屋のアップグレード、翌日のチェックアウト時間を希望の時間まで延長して問題ないと聞きひと安心。あとは自分で旅行バックを転がして部屋に向かいました。

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このホテルはベトナム戦争が終焉してから26年後の1999年に開業し、そこまで古いホテルではないはずなのですが、手入れの問題なのか結構年季が入っているなと廊下を歩いていて感じました。ドアを開けて最初の部屋に足を踏み入れるとカーペットの汚れや机の傷が目立つ居間でした。スイートルームへのアップグレードは嬉しいには嬉しいのですが、1人では広さを持て余すのがいつも困るところです。

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居間のテーブルの上にウェルカムギフトの小箱を発見。その漆塗りの蓋を開けると、一人ではとても食べきれない程の菓子類が詰め込まれていました。折角なのでと思い、ホアンキエム湖を翌朝散策する時にでもといくつか頂くことに。

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隣の部屋への観音扉を開けると寝室でした。居間側と違い間接照明が主に使用されてます。ベトナムには余り来ることがなく、ハノイ空港でのぼったくりタクシーの話し等の脅かしを読んでいたせいか、部屋に到着したら緊張の糸が切れ疲れがどっと来ました。寝室側から居間側を眺めてみると、入口ドア脇にミニバーや冷蔵庫があります。

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浴室は有難いことにバスタブもあり、シャワー室とトイレが別室で独立。アメニティはヒルトン共通のPETER THOMAS ROTHで、惜しむらくは、シャワールームに前客が使用したシャンプー等の容器がそのまま回収されずに残されていました。ウェルカムフルーツをホテルの従業員が持って来てくれたので、この未回収品を見せたところ、飛ぶかの勢いでアメニティを新品に交換し、ミネラルウォーターを2本追加で置いて去っていきました。その動作が余りにも早く、狐に化かされたかと思う程の手際の良さに唖然...。

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翌朝、カーテンを開けて外を眺めてみまいた。残念ながらハノイのランドマーク・オペラハウス側ではありませんでした。小学生と思しき子供達の登校する姿や、洗濯物をパシン、パシンと干す音、路上に座りお喋りを続けるおばちゃん達と現地の方々の生活が垣間見られる風景でした。

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ホテル最上階のエグゼクティブ・ラウンジです。朝食は小さなラウンジでよりも大きな空間の賑やかな雰囲気で取るのが好きなのですが、こちらに来たのはハノイ・オペラハウスの素晴らしい展望を求めてでした。オペラハウスはパリのガル二エ宮(オペラ座)を範にフランス統治時代に作られたハノイを象徴する優雅な建築物です。宿泊しているヒルトンのホテル名も勿論このオペラハウスが由来となっています。

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7階にある最上階のラウンジから3階まで降りて降りてきての眺めです。オペラハウスの前にはベトナムの金星紅旗が揚っていました。自分にとっては広いだけのスイートルームでなくて、オペラハウス側のバルコニー付き方の部屋の方が旅情を愉しむには良さそうだと思ってしまいました。プール自体は小さいながらもオペラ座を見ながら泳げる場所で、暑い時期には気持ちが良さそうです。今回は水着を持参しておらず、プールは見るだけです。

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朝の散歩に出かける前に大きな吹き抜けのロビーにて休憩していると、平日にも関わらず結構な旅行者を見かけました。日本の方も多く宿泊しているようです。ハノイはホーチミンと同じく半袖&サンダル姿でも十分なぐらいな暑さかと予想していたのですが思っていたよりも寒く、ホテルスタッフと気候のことを話しをすると「あと数ヶ月するとダウンジャケットが必要だよ」との助言を貰ったのでした。

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今回のハノイ旅行はホアンキエム湖畔散策と博物館見学だけにして、あとはホテルの部屋に籠ろうとしていました。ホアンキエム湖は都市の中に豊かな水を湛える緑地帯で、池の中央にお堂のようなものが聳え、東京の不忍の池となんとなく似ている様に思えました。

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ハノイ・オペラ座との間にある細い通りからホテルに戻ってきました。建物の造りからすると表玄関にはこちらの方が相応しそうなのですが、このホテルでは反対側が車寄せがあり玄関となっていました。見上げると自分の宿泊したかったバルコニー付きの部屋が見えます。こちら側に泊まっていれば、ベトナム・コーヒーを片手に弧を描くホテルの建物と朝焼けに映えるオペラ座の姿が部屋から見られたことでしょう。チェックイン時にスイートルームよりこちらが良いので空きはないかと聞かなかったのが少し悔やまれました。

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"裏"玄関の入り口脇にある小さなベーカリーで昼食の代わりになるものを買い込みました。スタッフが誰も見当たらないので、ホテルロビーまで探しに行くと「Sorry、Sorry」と女性スタッフが息を切らせて走ってきました。このホテルのスタッフですが、何故だか憎めず好印象を持たされることが多い気がします。

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チェックアウト時間を午後4時まで延長して貰っていたので、昼下がりの時間をノンビリと過ごすとしました。昨晩は全く気が付かなかったのですが、サイドテーブルに赤い蜻蛉のかたちをしたやじろべえがあるのを発見。子供へのお土産はお菓子でなく、この赤トンボが良いかもと考えていると、何か遠くでピー、ピーという音が等間隔で聞こえてきます。どうも気になるので、部屋から廊下を覗いてみると...。

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寝室側では小さくしか聞こえなかった警告音がけたたましく鳴り響き、非常口のドアの前に設置された警告灯から強い閃光が瞬いているではないですか!? よくある誤作動かと一瞬思うものの、念のためとパスポートと財布にスマホを手にして再度廊下を見てみると...。

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ホテルのスタッフが皆、本気で走ってる!! 「もしかすると、これはもしかするのかもしれない」と、走っていく人達に自分も駆け足で付いて行くことにしまいた。廊下突き当りのドアは従業員用の階段らしく、各階の踊り場にTEAM WORK等の標語がディズニーキャラクターと共に大きく書かれている前を走りながら駈け下り外に出ました。ホテルの裏側を垣間見れたのですが、半分本気で走っていたので写真は勿論撮っていません。

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屋外に出てみると道路の反対側の小さな公園で、プラカードを持ったヒルトン・スタッフが大勢並んでいまいた。彼等の表情を見ると和気藹々としているので、これは火災訓練だと確信をやっと持つことができました。チェックイン時に事前案内もなければ、部屋にその類の通知書も一切ありませんでした。外に出ても事態が把握できるまでは驚いた状態のままでした。

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マネージャーらしき人が自分のとことに来て、ゲストはこのサインを持ってくださいと渡されたのがこの板。ゲストといっても西洋人が1人、インド人が1人に自分自身の合計3人しかいないようでした。他の2人に「自分には事前通知がなかったので非常に驚かされた。何かホテル側から知らされていた?」と尋ねるも2人とも”知らなかった”との回答。そのうち、ミネラルウォーターを持ったホテル・スタッフが来て、火災避難訓練の協力して欲しいとお願いがあったのは実に避難訓練終了の間際でした。

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訓練終了後に裏の入り口から部屋に戻ろうとすると、昼前に通った時にはなかったはずの横断幕が大きく掲げられていました。本当の火事でなかったから面白い体験をしたで済んだものの、走って避難している間には子供達のこと、妻のこと、両親のことが頭に浮かんでいたぐらいです。午後の昼下がりを昼寝半分で過ごそうとしていたはずが、眠気も完全に吹き飛ぶ騒動に巻き込まれてしまいました。