三河湾の絶景を望む、蒲郡クラシックホテルに宿泊

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一年以上前になってしまいますが、愛知県に出張で訪れた時に蒲郡市で宿を求めました。宿泊したのは戦前に建てられ、現在も運営がなされている国内"クラシックホテル"の名前を挙げると必ず出てくる「蒲郡クラシックホテル」でした。三河湾の竹島望む小高い丘に立つ同ホテルは、昭和初期の外国人旅行者を誘致を目指した政府の施策に添って昭和九年(1934)に開業し、前身にあたる料理旅館・常盤館(創業明治四十五年)を含めると100年を越す歴史誇る宿泊施設なのです。

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常磐館時代には聚美堂と呼ばれていた六角堂。現在は鉄板焼きレストランとなっているのですが、到着した時間が遅かったために既に入口は閉ざされていました。どこかの仏堂を移築したとも感じられる渋めの建物で、ホテル開業当初はお土産屋さんだったのだとか。

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渥美半島と知多半島によって両腕で囲まれているか様な姿の三河湾は、旅客機が上空を通る飛行ルートにあたり良く目にします。上の空中写真・赤矢印で示しているところが蒲郡クラシックホテルの所在地です。その海側には長さ387メートルの橋が伸びており竹島まで渡されています。写真右下には大手旅行会社HISグループが運営する「ラグーナテンボス」を含む大型海洋リゾートも見えています。

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コンクリート建築に和風の屋根を載せた、1930年代に満州や日本各地に建てられた帝冠様式にも似た城郭風建築がじつに立派。このホテルは外客誘致で洋式ホテル不足が指摘された20世紀初頭に、ホテルの運営と所有を分離する新方式で建設された15軒の宿、通称「国際観光ホテル」のひとつでした。常磐館の経営をしていた株式会社滝兵商店の瀧信四郎氏が10万円、大蔵省による低利子融資が30万円の合計40万(現在で10億円ほど)の資金で着工され、常磐館に併設されるカタチで現在まで続く「蒲郡ホテル」の営業が開始されたのでした。

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正面玄関は往時の華やかさを感じさせられる金枠のドア。大東亜戦争時には陸軍に土地を提供する為に営業停止、終戦後よりサンフランシスコ講和条約が結ばれるまでの7年間は米軍に接収と、日本各地で行われた大きなコンクリート建物の定番ルートを蒲郡ホテルも辿ることになりました。その後も蒲郡市への売却、プリンスホテルへ売却と持ち主変えてゆき、現在はくれたけホテルチェーンを持つ、静岡を本拠地とする株式会社呉竹荘の傘下となっています。

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現代の感覚からみれば装飾性を感じさせるも、装飾を省き、大量生産を前提とした直線を多用する革新的だったアールデコ調のホテルロビーです。昭和天皇皇后両陛下もお泊りになられたロイヤルスイートルームを含めて27室と客室数が限定的で、小さなホテルです。ホテルに到着したのが午後10時を過ぎていたので、暖炉前の特等席だけでなく、ロビーにはホテルスタッフを含めて誰ひとりとしておりませんでした...

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館内は全体に渡って白と茶色のコントラストが目に眩しい。シャンデリアの上の天井にはレース模様の装飾画が漆喰で演出されており、これまでも度重なる改装を受けていると思われるのですが時代を感じさせる内装です。なにやら旧満州地区に残るヤマトホテルのロビーを彷彿とさせられます。

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山吹色のドアを持つエレベーター上部の指針盤。デジタル表示が当たり前の現在では機械式は珍しく、針の動きを目が自ずと追ってしまいました。この指針盤は開業当初からあるものなのだとか。その動きが見たくて、エレベーターを空の状態で3Fまで行かせたのはナイショの話し。

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宿泊したのは海側のツインルームでした。外観やロビーの雰囲気とは異なり、どこのホテルでもある様な一般的な内装なのが少し残念です。せっかく海側の部屋となったのでとカーテンを開けてみるも、真っ暗な海が広がっているばかし。

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翌朝の窓からの眺めです。瀬戸内海のように穏やかで美しい海でした。蒲郡ホテル開業前に架けられた橋が蒲郡の象徴と云われる竹島と陸地を結んでいます。陸側には料亭・竹島の瓦屋根が見えています。蒲郡クラシックホテルの前庭は蒲郡を代表する名所らしく、5月頃に数千本が赤やピンクのつつじが花を咲かせるのだそうです。

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朝食前に竹島まで散歩に出ることにしました。茶寮・鶯宿亭の脇を通りながら浜辺へ。橋の向こうに浮かぶ竹島は島全体が八百富神社の神域で、蒲郡地域の開祖と呼ばれる藤原俊成が久安元年(1145)より三河国司を務めていた頃に、琵琶湖の竹生島より市杵島姫命(宗像三女神の一柱)を勧請されたと伝わっております。そこへ至る道は前述の滝信四郎が橋を寄贈するまでは船で渡っていたらしく、現在の立派な橋は昭和六十一年(1986)に架け替えられた二代目です。

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 竹島より眺める蒲郡クラシックホテル。距離を置いて見る姿はまさにお城そのものです。城郭風の部分を中心にドンと据えて左右対称とするのではなく、片側に寄せたのはどうしてなのでしょうか? チャックアウト時にホテルの方に尋ねてみましたが、回答を得ることはできませんでした。

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三河湾を望み開放的な雰囲気溢れるメインダイニングで朝食を頂きました。プリンスホテル時代から使用されている、竹島からホテルを見た風景の描かれたお皿に、ノリタケのコーヒーカップ。磨続けられた銀製品にはホテルの良心を感じさせられます。限られた数の従業員で手を黒くしながら毎日磨いているのでしょう。このレストランが気に入りました。

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ベランダの座席で食後のコーヒーを。「豊橋おりて乗る汽車は これぞ豊川稲荷道 東海道にてすぐれたる 海のながめは蒲郡」と鉄道唱歌で謳われた眺めの素晴らしさは現在も変わっていないことでしょう。風光明媚な景観に涼やかな朝の風。チェックアウト日は午前中に予定が組まれており、食後すぐに出発しなくてはならないのが残念に思えた滞在でした。