中央フリーウェイ 調布基地を追い越し 山に向かって行けば

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高度成長期とモータリゼーションを受け、大都市間を高速移動できる自動車専用道路が建設され始めたのは昭和30年代後半。昭和38年(1963)7月に名阪高速道路の一部開通を皮切りに、昭和44年には東名自動車道が全面開通。甲州街道と中山道に沿うかたちで走る中央自動車道も昭和42年から57年まで順次開通していきました。

上の写真は数ヶ月前に、際限のない東京の市街地を上空から撮ったものです。写真中央右に写る高層ビル群・新宿新都心から右手(西方向)へ伸びる首都高速、それに接続する中央フリーウェイ(中央自動車道)が今回の話しです。

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オート三輪や軽トラック等の商業用車両でなく、自家用車が爆発的に普及し始めたには1970年代前半の第1次マイカーブームでした。5年間で800万台が売れ、高速道路の普及と共にハイウェイ時代が訪れます。荒井由実(松任谷由実/ユーミン)のアルバム「14番目の月」は、そんなハイウェイ時代の1976年に発売され、「中央フリーウェイ」はその中に収められた1曲でした。

現在聞き直しても古さを感じさせない名曲で、都会的な松任谷正隆氏のキーボードと、リーランド・スカラー氏の流れる様なベースライン!!  この歌に誘われて、自家用車で中央フリーウェイ(中央自動車道)へ若者達が繰り出したと言われるのも納得してしまう歌詞と音、そんな魅力溢れる1曲です。

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画像出典: ソニーミュージック

この中央自動車道を自分で運転する時には、荒井由実の中央フリーウェイか、この曲をカバーした3人のコーラスグループ・ハイ・ファイ・セットの中央フリーウェイをいつも車内で流しています。中央自動車道を"中央フリーウェイ"、1974年に米軍より既に返還されてた調布飛行場を"調布基地" と呼び、「この道は まるで滑走路 夜空に続く」と広がる多彩な唄の世界。

そんな世界を実際に体験してみたいと思い、歌詞に出てくる調布基地・競馬場・ビール工場を実際に確かめに行った事もありました。「調布基地を追い越し」でアクセルを踏み込み急加速、「右に見える競馬場 左はビール工場」と歌声が流れるまでに府中競馬場まで移動するには...1分ではとても無理でした。競馬場からビール工場までを歌に合わせて走り抜けようとするも、500メートル/5秒とコチラもなかなか実世界を歌に合わせるのは厳しい...。

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「調布基地を追い越し 山に向かって行けば 黄昏がフロントグラスを染めて広がる...」の調布基地(味の素スタジアムも)は高速道路から見えないとの友人の発言があり、それを聞き流すことができなかったのはそんな経験があったからでした。普段は極力使わないように意識している"絶対"という言葉を使って、「調布IC過ぎて右手に絶対に見える」と強く言ってしまったのはつい最近の出来事でした。

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この日の東京の日没は午後5時56分。家族には少し買物に出掛けるとだけ告げて、黄昏がフロントグラス染める時間を狙って5時過ぎに家を出ました。空はまだまだ水色の部分広く残っている状態。おとぅが何か企んでいるのを察知したのか、息子が一緒に来ると言うので助手席に座らせ、フロントグラスに固定したスマホでのリモコン撮影をするスイッチ押し役を彼に頼む事にして出発。目的地は中央フリーウェイ。

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高井戸には下り車線へ高速入口は設置されていないので、ひとつ新宿側の永福インターチェンジから首都高速に上がりました。渋谷区-杉並区-世田谷区-三鷹市-調布市-府中市と住宅密集地を走る道路の左右には高さ2-3メートル程の防音壁が覆っています。空の色がだいぶ濃さを増して来ており、永福から18キロ先にあるゴール地点「ビール工場」を通過するまでカナリ急ぐ必要がありそうでした。少なくとも、調布基地には黄昏が広がる前に通過している必要があります。

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もう少し進むと千歳変電所が有るためか、送電線と鉄塔が集まっているエリアに入りました。息子に何をしに高速を走っているのかを説明すると、「おとぅ、今日は夕焼けは見えなさそうだね...」と問われたので、「俺達の必殺技は、最後まで諦めない気持ちなんだ!」と返したら、「おおっ!!」と唸って喜んでくれる可愛い息子です。

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三鷹料金所です。高井戸-八王子間は均一料金が適応される区間なので、この料金所でその代金が徴集されます。此処からが今回の本番開始です。三鷹の料金所は南西の方角を向いているので太陽は右手に見えています。真っ直ぐ伸びる高速の行く先に太陽を落としてフロントグラスを染めるには、道路が西ー西北を向く稲城IC辺りより西側、八王子ICの東側を走る必要があるので焦りはじめました。

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今回の目的は中央自動車道の下り車線を山に向かって走り、以下の5箇所を撮影する事にしました。調布飛行場周辺も今年撮った写真があったので、その上に大まかな位置を示していました。

  • 調布基地(調布飛行場/味の素スタジアム)
  • 競馬場(府中競馬場)
  • ビール工場(サントリー・武蔵野ブルワリー)
  • 滑走路のような直線道
  • 街の灯(八王子市街)

調布基地は調布ICを過ぎて右手に、競馬場は調布から3分後あたりに右手に現れるものの、緑に隠れて見えにくいので連射撮影が必要。ビール工場は競馬場を過ぎて左手に大きく見えると息子に説明しました。

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「調布基地を追い越し 山に向かって行けば」の山が遠くに現れてきました。関東山地(秩父山地)の東端にあたる陣馬山や高尾山辺りに思えます。高速出口の看板は調布・府中 出口1kmの表示。この辺りから右手に味の素スタジアムが見えてくるはずと目を皿にして探し続けるも全く見えてこない...。見えてこない...。あれ!? 

調布飛行場には出入していた時期があるので、大凡の土地勘があるので間違えなく見るべき場所を見ているはずなのに味の素スタジアムが見えない...。調布飛行場より西に位置する筈のゴルフ練習場アコーディアガーデンだけが、防音壁より頭を出して見えると若干パニック状態でした。

稲城ICで取り敢えず高速を降り、稲城大橋通りでクルリと転回。高速から見た味の素スタジアムのイメージが確りと脳内で再現できるので、全く見えないというのは俄には信じられず、「もしかしたら、記憶にあるスタジアムは上り車線で見たのかも?」と思い付き、今度は高速を新宿方面に進み確認してみる事にしました。

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稲城から調布ICまでの区間は、北側(進行方向左)の視界が一番効くであろう追い越し車線を走行するも、五階建て(高さ+30メートル)の味の素スタジアムの姿は全く見えず。防音壁も見た感じでは新しく設置されたものでなさそうなので、どうやら以前より目視できなかったのが真実のよう...、惨敗です。

上の写真は上がり車線、深大寺周辺。1車線3.5メートル x 3車線 = 10.5メートル+路肩2.5メートルの13メートルの横幅。軽飛行機の代表格セスナ172の主翼幅が約11メートルですので、着陸は照明器具等があり難しいものの、離陸であれば300メートル程の直線区間があれば「中央フリーウェイ」は夜空に続く滑走路になりそうだと考えていました。

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晩に向かって茫茫 旅愁を発するに。気持ちの雲烟を晴らす為に中央自動車道を走ってみるも、調布基地も、その跡地に建つ味の素スタジアムも見つからず。車内で流していた「中央フリーウェイ」には歌われる風景がハッキリと見えるのに、実際には見えない。自分が実際に見たと強く信じた調布飛行場は、もしかして歌の中の風景だったのかとスッキリしないままで帰路に着きました。

 

中央フリーウェイ 作詞作曲:荒井由実 編曲:松任谷正隆
中央フリーウェイ
調布基地を追い越し 山にむかって行けば
黄昏がフロント・グラスを 染めて広がる
中央フリーウェイ
片手で持つハンドル 片手で肩を抱いて
愛してるって 言ってもきこえない 風が強くて

町の灯が やがてまたたきだす
二人して 流星になったみたい

中央フリーウェイ
右に見える競馬場 左はビール工場
この道は まるで滑走路 夜空に続く
中央フリーウェイ
初めて会った頃は 毎日ドライブしたのに
このごろは ちょっと冷いね 送りもせずに

町の灯が やがてまたたきだす
二人して 流星になったみたい

中央フリーウェイ
右に見える競馬場 左はビール工場
この道は まるで滑走路 夜空に続く
夜空に続く
夜空に続く