エバー航空BR113(那覇→台北桃園)先島諸島を経て台湾へ

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那覇→台北・桃園行きの長栄航空に乗った話しです。台湾の航空会社である長栄航空の呼び名は日本ではエバー航空ですが、EVA(イーブイエー/イーヴァ)航空とも呼ばれ台湾人でも読み方に戸惑う航空会社のようです。日本のANAが同様にエーエヌエー、アナ、ゼンニックウと読み方が複数あるのとよく似ています。自分の台湾人の友人は皆一様に「4年に1度(大事故をおこす)の中華航空よりも、エバー航空の方が100倍良いと勧めています。注:中華航空は名古屋空港での着陸失敗(264名死亡)、那覇空港でのエンジン爆発炎上(死亡者ゼロ)と重大事故歴がありますが、2002年の空中分解(225名死亡)以降は死亡事故は起きていません。

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那覇の国際線ターミナルはチェックインカウンターの数が少なく、必ずと言っていい程大渋滞を起こしています。台湾の航空会社で最も地味とすら言われる苔色の制服を着たエバー航空のCAさんの立て看板の後ろのカウンターで手続きをしました。そのカウンターの横でカップルと空港職員が揉めていたので、聞き耳をたてるとビジネスクラスの座席が足りない(オーバーブッキング)との事...。新婚旅行で沖縄に来ていると聞こえていたので自分の座席を譲る事にしました。それでも、那覇空港国際線内のエアライン・ラウンジは死守(*Ü*)。

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今回お世話になるエアバス社製A321型。今回は那覇→台北→成田を正規割引航空券で1か月以上前にチケット購入をしました。台湾の2大キャリアは華航(チャイナエアライン)と長栄(エバー)の2社で、4年に一度大事故をおこす華航と就航後に死亡事故をおこした事ないの長栄でもあります。ちなみに復興航空は搭乗日の直近1年には2度も...。台湾の友人にVエア(復興系)に家族で乗ったと言ったら、真顔で死にたいのかと言われましたこともありました。

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ラスタカラーの翼端が中近東をイメージしてしまいまう緑、赤、黒に塗られています。緑は砂漠のダイヤたる緑を、赤は勇敢さを象徴する血を、黒はイスラムの伝統をですが台湾の航空会社なので違う意味があるのでしょう。座席は主翼のすぐ後ろで、現在は完成している建築中の国内線⇔国際線の間の連結ターミナルが背後に映っています。今回の写真は現在使っているスマホの3つ前のもので撮影したためか画像がみな荒いです。

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空港敷地の南側にある自衛隊の戦闘機が多数並ぶアラートハンガーを左手に見ながら滑走路から離陸。下の図は2020年春に完成予定の那覇空港第二滑走路の内閣府発表資料です。昭和8年に750m2本の滑走路を持つ海軍の小禄飛行場として開設され、戦後は米軍管理。昭和29年に日本航空が東京ー那覇の国際線就航、昭和47年の本土復帰を経る等の紆余曲折を経て現那覇空港は軍民共用空港となっています。1本の滑走路でさばける処理容量13.5万回を大幅に上回る離着陸が常態となっており、2本目が完成しても旺盛な観光需要にて数年で増加されたキャパも突破する勢い...。

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上空から見た美らSUNビーチ。無料駐車場、ロッカー、シャワー完備。那覇空港からも近くクルマで20分程で到着できるお手軽ビーチです。上空からの写真に映るビーチ背後の橋を渡った大きな緑地はすでになく、大和ハウスによる水族館併設ショッピングモールが建設中だったりします。更に、インターコンチネンタルホテルの進出も決定しており、大きく姿が変貌するだろうと感じる地区です。このビーチも近いうちに那覇の波の上ビーチ同様に外国人だらけにでしょう...。

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那覇から台北(桃園)の飛行ルートは凡そこの様な感じでした。宮古島、石垣島を初めとする先島諸島を眺めながらの1時間半程のフライトです。地図でも一目瞭然ですが、那覇ー桃園を直線ルートで飛べば尖閣諸島が見える筈なのものの、これまで1度も尖閣を拝めた試しがなく残念です。

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台湾への途中で目視できた多良間島と与那国島。上の写真が多良間島で島の西側にある1,500mの滑走路が見えます。下の写真は日本の最西端にあたる与那国島(望遠撮影)です。与那国島は島唯一のホテルであるアイランドリゾート与那国が開業した日に妻と訪れたきりです。このホテルの初めてのゲストとして宿泊することとなり、当日は報道陣のフラッシュを夫婦で浴び、「XX様は私達にとって、いつまでも一番のゲストです」とメッセージと花束を頂いた記憶があります。

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台湾本島が見えてくると見えた、写真中央左の海に突き出た半島が有名な野柳地質公園、その奥に日本統治下に開港した港町・基隆、陽明山国立公園が広がっていました。高度を下げながら更に西へと進むと台北の海の玄関口・淡水が見えてきます。画面手前に情人橋、ゴルフ場奥に紅毛城と淡水の観光名所を上空から眺められました。台湾には日本陸海軍が開設した飛行場が多く、戦前は淡水駅側に淡水水上機場があり、現在でもそのスロープが残っていたりします。

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延期に次ぐ、延期で永遠に開業しないのではないかと心配されていた空港アクセス線(2017年3月に開業済/ 試験運用期に自分も訪れていました)を超えていき、無事に桃園空港に到着です。ここから台北の常宿である台北西華飯店に向かい、スーツに着替えて仕事開始。台北は那覇同様に日射しがとても強く仕事に気合が入らない気候なので、会議を3分で強制終了させてホテルに戻り、部屋で陽明山を眺めながらボ~とできないかと考えたりしていました。