時代遅れで気難しくも、素晴らしいバンコクの宿・アトランタホテル

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仕事でバンコクを訪れ、BTSナナ駅近くのJWマリオットに投宿していました。このホテルは開業から既に20年を経て老舗の風格すら漂い、スタッフの機微を掴む対応も好ましいと感じられ、商用で訪れている客の比率が多いためか落ち着いた雰囲気のビジネスホテルです。

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日本に帰国前の1泊を違うホテルで泊まる事にし、JWマリオットが建つスクンビット・ソイ2通りを南へ歩きだしました。ホテルや住宅、路肩の屋台を横目にして歩くこと数百メートル、突き当たりのCalvary バプテスト教会の横に立つのがこの日の宿泊先、1952年に創業と66年の歴史を持つ老舗ホテル「Atlanta Hotel」でした。ソイ2のどん詰まりで、昔の日本であれば遊郭が立ち並んでいたであろうと思われるような場所にありました。

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ホテルの正面の入口です。ホテルのホームページには宿泊者への注意書き(喫煙不可、ドラッグ不可、買春不可、他人に迷惑をかける子供、行儀の悪い大人も不可、動物嫌い不可、宿泊者以外敷地立ち入り禁止...等など)が山のように書かれており、予約後に受け取った電子メールにもカラフルな文字で注意書きが並んでいました。予想はしていましたが、ホテル入口の脇にも大きなサイン「SEX TOURIST NOT WELCOME」がありました。

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木製のクラシックなドアを開くと目に飛び込んできたのが、この映画のセットのようなホテルのホワイエ。正面入口ドアを開いた瞬間に、気持ちを動かされたのは久しぶりでした。白いストライプの入った赤い壁を除くと全体的にアール・デコ仕様で、ボヘミアングラスのシャンデリアに、丸いソファー、蛇腹式巻上げデスク...(T^T)。

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このホテルはナチ政権下のドイツより逃亡したプロイセン科学者Dr Max Henn氏が1950年代に設立した蛇毒を扱う「The Atlanta Chemical Company」の部屋を訪問外国人に貸し出したのが起こりでした。洪水にて荒れ果てたホテルをドクターの息子が80年代後半に受け継ぎ再建を開始しました。上述した現在のホテルの方針は息子のものなのだとか...。現在経営する方がホテル内にいればお話しを聞きたいとスタッフに話し振ってみましたが、はぐらかされてしまいました。

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部屋に至る螺旋階段部分も、ホテルロビーの空間の同様に回顧的な魅力に溢れています。ベトナム戦争時のスクンビット界隈の乱れを嫌った創業者の息子の意思の表れらしく、ホテルのホームページに書かれていた"ホテルの厳格なルール"がホテル内の至る所に掲げられているのに興を削がれてしまいますが、それもホテルの歴史として飲み込まなくては、このホテル泊まれません。

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小さなバルコニー付きのダブルベッドルームを予約時にお願いしていました。自分が10代の頃に宿泊した事のある格安バックパッカー向け宿のような部屋で、非常に簡素な部屋にパイプベッドと机があり、空調の音だけが響いていました。

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ベッド脇テーブル下に金庫を発見するも開け方が分からりません...古式金庫也。箱根の寄木細工のカラクリ箱を開けられたら、中に入っている1万円札を貰えると父親に言われて挑戦した幼い記憶が蘇り挑戦するも、金庫横を見ても、金庫下側を覗いても開け方が分からずでギブアップしました。

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館内の散歩を兼ねて館内レストランで夕食を頂こうと思い、螺旋階段をグルグルと降ってきました。滞在中にホテル内ですれ違ったのは年輩の西洋人男性客ばかりで、噂に聞く記載外ホテルルール「タイ人の若い女性宿泊お断り」は若しかすると本当かもと思ってしまいました...真相は未確認です。

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右奥に見える両開きの扉の奥が宿泊者以外の利用ができないレストランです。西洋式レストランがバンコクでも珍しかった頃には、タイ国の王族もお忍びで来られたとも言われるレストランで、2年前にお亡くなりになられたプミポン国王も起こしになった事もあるのだとか...。米軍がタイ王族の接待に利用したとの話しも残っているそうです。

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ロビーのライティングデスクにはホテルの飼い猫が無防備な姿でグッスリと寝ていました。写真を撮ろうと自分が近づいても、まったく動かずスースー。館内には数十匹の猫や亀がおり、主に内庭にて放し飼いされているのが見られます。

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ホテルのプールとしてはバンコクで初と言われる1954年に造られた屋外プールには、受付脇のドアを開けてジャングルのような緑を抜けると辿り着けました。訪れた時には誰もおらず、たまに猫が歩いているのが見える静かな場所で、プールサイドに展示されていたは昔の白黒写真を見ていました。

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アトランタホテルのレストランはドイツより調理師を呼び寄せて1950年代に開業。その絶妙な料理で大盛況だったのは既に過去の栄光なのか、訪れた時には自分含めて3名男性がそれぞれ黙々と食事をしているだけでした。THE ATLANTAとホテルの名前入りの磁器。鶏肉と茸ホワイトソース和えた「チキン・ア・ラ・キング」というメニューを頂きました。

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レストランのメニューにも細かくホテル/レストランの規則が記載されていました。アトランタホテルのホームページには創業者の息子による指針が載っています。意訳するとこんな感じです。「全ての人がアトランタホテルで歓迎される訳ではない。観光とは他人の国で大暴れするのではない。粗野な振る舞いしかできない人々は家にいろ」。

凡そ拝金主義が蔓延るバンコクのホテル群とは一線を画す場所だとアトランタホテルは高らかに謳っています。この様なホテルが大都市バンコクの路地にいまだ残っていると知ったのは実にオドロキでした。