那須烏山の酒蔵にお邪魔して、日本酒づくり体験をしてみました

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八溝山地の麓の那珂川沿いに開けた那須烏山は十五世紀に分裂した那須家のうち下那須家が応永二十五年(1418年)に築城したことにより始まった集落で、上那須家が16世紀初頭に滅亡すると統一那須家の本拠となった歴史の古い場所です。その那須烏山市の中心部にある「島崎酒造」さんが今回訪れた目的地で、嘉永2年(1849年)に茂木町で酒醸造業を開始し、明治初頭に那須烏山市に移転してきたと江戸時代後期よる続く酒蔵です。

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代表銘柄「東力士」を造る島崎酒造は那須烏山市内にある唯一の酒造メーカーで、那須岳に源を発する那珂川系の水を使う造り酒屋です。今回はこの酒蔵に日本酒づくり体験にやってきたのですが、八溝山地を挟んで反対側に位置するマイレシピでビールを造らせて頂いた木内酒造(茨城県那珂市)も那珂川系列らしく、同じ川で結ばれた縁があるに違いないと家族に内緒で思ったのでした。

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島崎酒造は近くの山腹に「どうくつ酒蔵」を持っており、一般公開している事で旅行ガイド等で紹介されている事が多いです。戦車を製造する東京動力機械製造なる会社の工場を戦争疎開させる為に昭和十九年(1944)11月に掘削を開始した場所で、洞窟内には動力室、工作室が置かれ、半地下工場では終戦までに20台の戦車が製造されたのだとか。

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秋に収穫をした酒米・五百万石を用いて、酒造りを体験するのが今回の那須烏山訪問目的だったのでした。我が家には日本酒愛好家の妻と飲兵衛予備軍の息子がいるので、うってつけのイベントだと思い春から3回連続で参加をしたのでした。田植えでも遅刻、稲刈りでも遅刻、そして今回の仕込み体験でも遅刻して那須烏山商工会館に到着した事を隠さずに書いておこうと思います。

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島崎酒造にて長靴を履き、帽子を被って製造現場に入る参加者の先陣を切って入っていきました。突如として目にした甑(大型の蒸籠)。どのくらい量の酒米を蒸しているのかの説明があった筈なのですが、その数値をド忘れしてしまいました。お米を炊かずに蒸しているのは幾つか理由があるのですが、子供からの質問には「炊飯器で炊くと水分が7割、日本酒用の蒸した米は水分が3-4割となるので酒作りに程良いから」と教えたのでした。子供達は酒蔵で作業されている方よりお米を分けてもらい自分の手で確認していました。蒸しあがったばかりの米をつぶして、捻じると造り酒屋だけで食べられる「ひねり餅」となり、そのアツアツを食べられる幸せ。

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濛々と蒸気を上げ炊きあがった酒米の様子です。米の匂いと凄い蒸気。これだけの量の米を一度に蒸し上げると下部のお米は潰れてしまうのではと尋ねたいところでしたが、質問をする機会はありませんでした。過去の酒蔵訪問で得た知識を動員するならば、甑内の最も上層部にある酒米は麹米に使われるのが多く、その下に酒母米、掛け米と続いているはず。

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蒸米機よりクレーンを使用して次の工程・放冷機へ向かいます。水平に移動するベルトコンベアを移動する蒸し米に、室内の空気を当てて放冷。日本酒は元来低温で仕込み、低温で発酵させなくてはならないので寒い季節である冬にしか醸造できなかったのですが、現在では各種機械の力を用いて1年中造り続ける四季醸造ができるようにもなりました。酒造り集団が農閑期にあたる秋にやって来て、春まで住み込みで酒造りをする習慣も全国で廃れ、社員である杜氏(中小の酒蔵では会社経営者が兼任する事も多い)が機械の力を借りて、昔に比べれば少人数で醸造作業にあたっているようです。島崎酒造も以前は越後杜氏集団での酒造りでしたが、現在はほとんど地元の方々が作業をおこなわれていると社長さんより教えて頂いたのを思い出しました。

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大きめな濾過布を子供達が左右で持って広げ、放冷機からドバドバ落ちてくる蒸し米を受け止めて、地面に並べたておいた机(床)まで運んで置きます。

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その上に蒸し米を広げて、全体が一定の温度になるまで蒸し米のかき混ぜ作業をおこないます。訪れた時の外気温がおよそ4度でしたのですが、なかなか蒸米の温度は下がらず。酒蔵に入るので数日前より大好物の牛乳・納豆断ちをしていた息子は普段は見せない根気強さを見せ、かき混ぜては温度測定をして確認とこまめな作業をしていました。

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蔵の人の合図を受けて、冷やした蒸米の濾過布を挟むこむカタチで醸造タンクの並ぶ部屋まで息子と運んでいきました。日本酒愛好家に限定した体験会であったならば、「今回は三段仕込みのうち、留添と呼ばれる3回目の仕込みで、2回目の仕込みの倍量を投入します」等の説明があったのでしょうが、親子が多数参加する会でしたので説明は簡単なモノだけでしたので詳しいことは分からず。ですので、上につらつらと書いた説明には自分の推測がかなり入っております。

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作業後のお昼ご飯は島崎酒造敷地にて主催者の島崎酒造さんより振る舞われました。大きなお鍋に用意された豚汁(だったかな?)を大きな柄杓で娘が掬っております。冬の寒空の下、屋外での食事でしたので身体が暖かくなるのが感じられ美味。子供達もおかわりをして食べていました。

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お正月のめでたい雰囲気の中で飲んで欲しいとの気持ちが添えてあるかのように、年末に島崎酒造より届いた日本酒(4合瓶x2本)がこちら。五百万石100パーセントで精米歩合55%の純米吟醸酒(生酒)です。ラベルの和紙は烏山和紙の県伝統工芸士の方じょりの指導で子供達が漉いたものに、娘が絵を入れたものが貼られています。栓を開けて匂いを嗅いだ息子の感想は「美味しそうな匂い。喉が熱くなる」でした。