タケタリーノ山口さんの引く人力車で、息子と浅草リキシャ体験

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話は何年か遡るのですが、正月休みに何か正月らしいモノを体験したいと思い、長男を連れて浅草を訪れてみました。クルマ移動を基本とする我が家には珍しく、電車を利用。上野駅からは特徴的なレモンイエローの地下鉄・銀座線で上野→稲荷町→田原町と辿り目的地の浅草に到着です。

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この日は目にはする事は数あれど、これまで一度も乗ったことのない浅草の人力車に挑戦してみようと決めて、たくさんの観光人力車サービスを提供する会社がある中で一番威勢の良さを感じた小杉屋さんにお願いすることにしました。浅草では息子が生後半年になるかの時に浅草寺境内で毎年催されている"泣き相撲"の参加抽選に当たり、親子三世代で一緒に来たことを思い出します。その頃から思うと、息子は随分と大きくなったと少し感傷に浸ってしまいました。

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雷門交番傍で乗り場の案内を頂き、北陸銀行ビルの脇道でこの日に乗せて頂く俥夫さんとご対面。長男はこれに乗るのかとご満悦な様子でした。正月の朝は結構寒く、座るところにはホッカイロ、寒くない様にと毛布を掛けて貰い、リキシャに昇る時には小台がサッと出てくると至せり尽くせりです。長男が手にしている小杉屋パンフレットを見ると、リキシャワーラー(俥夫)のところにはタケタリーノ山口(瞬間メタル)と記載が目に入りました。テレビを殆ど見ない生活を自分は長くしているので、大変申し訳なかったのですが「瞬間メタルって何ですか?」と聞いてしまいました。瞬間メタルはお笑いコンビの名前らしく、お笑いの仕事をしながら17年もリキシャを引いているそうです。

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今回通った大まかなルートを地図に記してみました。自分達が参加したのは40分コースです。雷門の手前からスタートして西へ浅草六区を目指し、折り返して今度は雷門の西側の隅田川添いを進むコースを辿ります。リキシャ(人力車)とカタカナで書くほうが自分は馴染みがあるので、ここから先の文章はリキシャを使っていきます。自分がインドに住んでいた時には、毎日のようにリキシャワーラーの引くリキシャに乗っていました。日に焼けた痩せた俥夫のクルマに乗り、安い運賃での力仕事には「申し訳なさ」が常に脳裏から離れずでしたが、浅草の観光力車からは”楽しさ”が発せられているように感じられました。

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「リキシャの背もたれに寄りかかってください」と言われると、天を仰ぐような姿勢に一度なってから台車が持ち上げられました。タケタリーノ山口さんが着ている衣装の背中にある「丸に違い鷹の羽」の家紋を目にしながらの、歩く視線より高い位置での散策開始です。人力車は軽車両に分類されるので、自転車と同じように(歩道上ではなく)道路の端を進むと説明がありました。

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雷門前の交差点まで到着。リキシャは複数車線ある場合は左車線のみを走ると思っていたので、右側車線を走るのにまず驚かされました。上の写真でも右側車線を走っており、前の青いクルマの真後ろにピッタリと付いた状態で左折して行くのでした。その直後の左折時にはタクシーがリキシャの内側を曲がり込み並走する事態とあなってしまい、結構なスリル感があります。

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浅草の目抜き通りである雷門通りを右折してオレンジ通りへ。自分達を含め3台のリキシャが連なって走っており、そこそこの人達が浅草でリキシャ観光をしているようです。タケタリーノ山口さん曰く、浅草では現在17-18社の観光リキシャ会社があり、各社で凌ぎを削っているのだとか。

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たぬき通りに入りました。リキシャの上からの眺めです。浅草は明治の頃までは田圃に囲まれた片田舎で、狸達は戊辰戦争の戦乱で上野のお山から戦火を逃れて浅草に移ってきたのだとか。最近はこのあたりでは、狸ではなくハクビシンが結構出るらしいです。リキシャが日本発祥であると知ったのは自分がインドにいた頃でした。籠、牛車、馬車等が一般的な移動手段だったところに人力車が明治初頭に考案され、日本橋高札場で営業を開始したのが始まりと言われています。

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六区通りの街灯には著名な浅草芸人の方々の写真が飾られているとの案内がありました。左の街灯には地元台東区出身で、「欽ちゃん」との愛称で有名な萩本欽一氏。長男に欽ちゃんを知っているかと振りましたが勿論知る由もなし...。反対側はコロムビアトップ? 、日本コロムビアの創業者なのか、自分も此方は正直分かりませんでした。

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こちらの"予約済"となっているのはビートたけしさんの場所になるようです。ここで説明を受けていると、浅草名物のくじら屋・捕鯨船の大将が店中より現れてきました。ビートたけしさんの兄弟子にあたる方です。タケタリーノ山口さんとの新年の挨拶が始まり、傍で聞いいると爆笑問題が来たとか、この手の話に疎い自分でも知っている名前がポンポン出てきました。大将・河野さんより長男に「べろべろべーろ」の芸をご披露頂きまいた。河岸には倉庫群が並び、陸には浅草寺の参拝客の群れ、浅草は江戸の昔から黙っていても客が来るので浅草人は無愛想で商売が下手と言われていますが、この辺りの雰囲気を見ていると、浅草にはそれでも愛される理由がある一端を見た気がします。

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折り返して隅田川方面へと向かいます。伝法院通りにも溢れるばかりの人々が行き交っており、衝突しないよう気を使いながらリキシャを進めていました。観光リキシャですので、見所に到着する度にリキシャを止めて浅草の歴史を説明してくれます。タケタリーノ山口さんは子供への接し方も上手く、長男にも話しをよく振ってくれていました。タケタリーノ山口さんは神奈川県の国体代表選手(ボクシング)だった事もあり、年齢を伺うと自分より先輩でした。自分の身体を使ってリキシャを引くのは、頭に浮かんでくる不安や心配を一時でも忘れられるからなのかと考えました。

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浅草公会堂の南側の路地に入ると、民家のなかからスカイツリーが聳え立っているのが見えます。比較的に人が少なそうに見えたので、「遅いから、もっと早く走って」と言えと長男に諭すも、苦笑いをしながら拒否されてしまいました。普通の人の歩く速度が時速4キロ程とすると、人が引く人力車でその倍。自転車を漕ぐタイプのリキシャでは更に速いスピードで進んで行きます。速度を上げると、顔に受ける風が冷たく感じられました。

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路地から雷門通りに再び出てきました。この通りは観光バスを含めて交通の量が多く、路肩に駐停車するクルマも少なくありません。片側2車線の道の追い越し車線を大型バスが、歩道沿いには路駐のクルマが停まっているような時には、それ等の隙間を縫って進む場面もあり結構スリリング。

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浅草のシンボル・雷門の大提灯が見えてきました。松下幸之助が再建支援をしたことでも有名です。大提灯をくぐって確認したところ、大通り側には松下電器と、仲見世商店街側はパナソニック株式会社ではなく旧社名「松下電器産業株式会社」のままの表記で寄付社名が書かれていました。

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左側に並ぶ人力車の道路上に擦れてしまっていますが、人力車と路面に白線で書かれているのが見えます。おそらく国内唯一の人力車専用レーンではないでしょうか。更に道を東へ進むと、吾妻橋から臨む墨田リバーサイドと東京スカイツリーが見えて来ます。タケタリーノ山口さんより「あの黄色いのは何に見えるか?」と長男に質問。子供の答えは〇ン〇と期待された回答そのままでした。聖火台の焔が正解です...。

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墨田公園を北上している途中で、「スカイツリーが2つ見える場所を知っていますか?」と聞かれ、川面に写る逆さスカイツリーかなと先ず想像しました。答えはビールジョッキを模したアサヒビール本社の黄金色の壁面に写りこんでいるスカイツリーと本物のスカイツリーで2つ。ウッチャンナンチャンも驚いたとの芸能ネタでの解説もありました。スカイツリーの全体像が綺麗に見える場所は多くないらしく、吾妻橋の北側の公園はスカイツリーを見る場所としては穴場ですよとも教えて貰いました。

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東武浅草線の始発駅・浅草駅。隅田川を渡る陸橋への接続に無理が少しあり、急なカーブを描いているのが見えます。このまま浅草駅から雷門通りに曲がり、先程真横を通り抜けた人力車専用レーンにて下車となりました。規定の料金に加えて、心付けに幾許かをお渡ししようとしたところ、意外という反応が返ってきました。出したものを引っ込める訳にもいかず、「ご家族にお菓子でも」と言って無理矢理でしたが受け取って頂きました。子供に人生初リキシャの感想を聞くと、出発前に座席が上を向くのがジェットコースターみたいで楽しかったのと揺れが余りなかったのが意外だったらしく、ナカナカ楽しかったとも言っていました。