全日空ANA787(羽田→能代)濃霧の空港上空をグルグル旋回続けて

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秋田県に行って参りました。今回の空の旅で目指すのは秋田県中部の県庁所在地・秋田市近郊にある秋田空港ではなく、そこから100キロほど北にある大館能代空港です。どうも現地の天候が優れないらしく、出発時間が1時間程遅れた上に、羽田空港へ引き返すかもしれない「条件付き運行」での出発となってしまいました。

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搭乗したのはボーイング737-800型。日本で最も目にする機会の多い双発ジェット旅客機で、デビューして半世紀にも渡り世界で最も売れたベストセラー機でもあります。指定した座席位置は後方に主翼とエンジンがバッチリ見える場所で、主翼上部に見える黄色のマーク(防除氷液)も視界に入る場所でした。

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太陽の光は射しているものの、上空を見上げると空を覆う雲が見えていました。旅客機は離陸直後スグに雲の上へ出てしまうでしょうから、上空からの景色を最も楽しみにしている自分には少し残念な空です。沖合に近いC滑走路を利用して、CFM社のエンジンを唸らせながら東京湾を北に向かって飛び立ちました。

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東京湾・中央防波堤、2020年の東京オリンピックで馬術競技が行われる会場・海の森。日々排出される膨大な量のゴミを投棄して東京の湾岸地区に埋立地が次々と現れてきました。馬術競技が開催される中央防波堤(内側)はそのなかでも最新の埋立地で、昭和48年から61年に埋め立てられた場所で、この近辺には各種廃棄/処理場がこれでもかと建ち並んでいる場所でもあります。

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言わずと知れた東京ディズニーランド。元は旧江戸川河口の三角州でしたが環境汚染が激しく、漁業を放棄する事を迫られて埋立地となりました。東京ディズニーランドは日本一汚いと言われた千葉県手賀沼埋立地に建設が当初の案でしたが、最終的に東京湾の臨海地区に建設されることが決定。浦安の干拓地は遊園地ができるまでは無許可の超軽量飛行機が飛んでいた場所でした。

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東日本大震災時に液状化問題で有名になった元干拓地・新浦安上空で雲の上に出てしまいました。ディズニーランド周囲に土地がもう余っていないので、浦安・新浦安に次々と新しいホテルが生まれています。海外からお客さんが今週来るのですが、何故か新浦安に宿泊場所を求めたと聞いてその理由を聞くと、「都心より値段が安く、羽田空港から直通バスが出ているから」なのだとか。

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青く塗られたウイングレットと巨大なエンジン。これまで乗った旅客機ではウズベキスタン航空のイリューシン62が体験した最もうるさい旅客機でした。轟音を響かすエンジン音が機内に響き、この機体は何処かに穴でも空いていて直接エンジン音と風切り音が機内に聞こえているのではないかと思わせる煩さだったのを覚えています。それと比べればボーイング737-800は無音と言っても良いぐらいに静かです。電動モーターにより推進力え得て、主翼にはジェット燃費タンクではなく巨大な蓄電池が備え付けられる未来もそう遠くなく、機内ではより静かな環境が自分の生きている間にも実現しそうな気がします。

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機内オーディオ番組・ANA寄席を聴きながら、機内誌を捲っているとこんな記事が目にとまりました。「秋田犬に会いに行こう!」キャンペーン。秋田犬と言えば、最近ではフィギュアスケートで金メダルを獲得したザギトワ選手に贈られた「マサル君」が有名になりました。東京・渋谷駅に建つ忠犬ハチ公の生家は能代空港のそばにあったのを思い出し、大舘市に向かう前に一度訪れてみようかと上空で決めました。

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外に目をやると、雄物川が日本海に注ぎ込む姿が一望できる圧巻の光景。その向こうには人口30万人が暮らす秋田市の市街地が広がり、更に向こうは男鹿半島。2018年11月にユネスコ無形文化遺産に登録が決まったナマハゲは、あの男鹿半島にある真山の山頂より我々の日々のおこないを監視し、ナマハゲ台帳に記録しているのだとか。

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眼下に見えるのが我が国最大の干拓地・八郎潟。オランダへの戦後賠償を技術支援費として支払う口実として八郎潟の干拓が選ばれ、琵琶湖に次ぐ大きさを誇る八郎潟が埋め立てられました。戦後の食料不足/失業者対策を解消する目的があったものの、全体が完成したのは減反政策が既に施行されていた1977年でした。

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目的地・大館能代空港の上空にはベッタリとした雲が覆ってしまっていました。近くの青森空港と同じく能代空港も晩秋から初冬にかけての濃霧での欠航が多い地形です。青森空港は設備増強で悪天候下でも着陸ができるようになったのに対して、能代空港は天候の回復を待って上空をグルグル旋回して様子見をする必要があるまま。そして、この日はその罠にひっかかりました。

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能代に着陸できない時には秋田空港に行くとか、羽田空港に引き返す等の話しが周囲の乗客より聞こえていました。楕円を描く様に能代空港北側をまわり続けること1時間の雲模様...。雲が若干薄くなっているような気がしました。能代空港で計器飛行で空港設備が目視できない状態で降りれる最低地上高は、現在搭乗しているボーイング737-800を4つ重ねたぐらいの高さです。その高さまでに各種空港設備が目視できない場合には着陸を諦めなくてはなりません。

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このフライトをした前日も天候不良であったらしく、その飛行機は能代空港でなく秋田空港に着陸したとの話しも聞こえてきました。機体は高度を徐々に落として行くので、これは着陸コースだなと胸を撫で下ろしながら窓の外を見ていると、空港上空を覆っていた雲を真横から見ることができました。おらくは雲でなく、空港周囲にある田圃や川から出る水蒸気が霧となったものが滞留していたのだと思うのですが、その様な濃霧はまったく見当たりません。

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西から滑走路11に侵入して着陸。長い時間の上空待機が続いていたのでか、接地と同時に後方座席から拍手が湧き上がっていました。自分も思わず手を叩いてしまいました。

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出発時間遅れに加え上空待機時間もあり、到着がだいぶ遅くなってしまいましたが無事到着です。能代空港の到着ロビーを出ると、大きく秋田犬のプリントされた空港バスが待っていました。羽田空港に戻るならまだしも、秋田空港に目的地変更となった場合にはどうしようかと頭も上空でグルグルとなった空の旅でした。