全日空ANA1795(女満別→関空)B738 北海道から関西への空旅

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北海道網走にある女満別空港から大阪の海上空港・関西空港まで飛んでみました。通年運行となっている新千歳/羽田空港便とは違い、伊丹/関西空港と女満別空港を結ぶ直行便は夏季限定のみの運行便です。前日に羽田からの便で到着した時には、スープカレーで有名な奥芝商店空港店で食事を頂いたのですが、その店名が「女満飛行店」とナカナカ凄かったのを思い出しながらの搭乗。女が満ちて別れる空港にある、女が満ちて飛行するカレー屋か...。

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女満別空港の前身は、終戦の年である昭和二十年(1945)に対ソ用戦に備え建造した美幌第二飛行場です(第一飛行場跡地は現在の陸上自衛隊美幌駐屯地)。終戦後には米軍により破壊されるも、朝鮮戦争中に米軍により緊急着陸場として再整備。それ以降は飛行場として用いらている経緯があります。

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この日は座席が空いているとの事で、プレミアムクラスにチェックインカウンターで変更をして頂けました。ただし、機内に乗り込んでみると自分独りしかおらずチト寂しい感じがしないでもない...。2,500メートルの現滑走路と網走湖湖畔の女満別の町の間に独ボッシュ社の研究所があり、そこに上述の米軍が修復した旧滑走路があるのですが、離陸時に上空から覗き見ることは今回も叶いませんでした。

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美幌町上空です。気が付くのが数秒遅く、北海道でテンサイ糖を製造している日本甜菜製糖の美幌工場の写真を撮り損ねてしまいました。美幌は農林業に日本甜菜、自衛隊を主な経済の支柱とする町で、周囲にはパッチワークのような耕作地が何処までも広がっているのが見えます。

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女満別空港から目的地の関西空港へ向かう飛行ルートは大まかに上の地図ようなもの。オホーツクの空の玄関の女満別空港を南に出発して、襟裳岬をかすめて本州へ上陸。晴れていれば奥羽山脈から日本アルプスと日本列島の背骨にあたる山岳地帯を飛び越え、名古屋近辺にて進路を西に向けて関西へと向かうと行った感じでした。

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地上にいて空を見上げた時に雲がベタっと広がっていたので予想はしていましたが、屈斜路湖や阿寒湖を目にする前に厚い雲に突入してしまい完全な雲上飛行となってしまいました。上空から地上の景色を眺める事を嬉しみとしている自分には手持ち無沙汰で、毎月変わる機内オーディオ番組「全日空寄席」の時間としました。そば清を演じる古今亭文菊氏は出身が自分と同じ区と言うことで応援している落語家さんなので、プログラム表を見て少し嬉しくなりました。フワフワな感じがする雲を眺めながらの落語の時間です。

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昼食は秋らしい雰囲気のあるお弁当でした。お酒で頂いたのは飛び切り良い、白い水の「飛良泉」純米吟醸酒を頂きました。飛良泉は鳥海山近くの室町時代よる続く国内でも五指に入る古蔵です。まさか、機上のメニューにあるとは思ってもいませんでした。1本目をあっという間に空けてしまい、CAさんが2本目を持ってきてくれました(*゚O゚*)スバラシイ。

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この日に搭乗した機体は通常より北側のコースを飛んでいるようで、雲間より佐渡島の姉埼灯台のある辺りが上空より少し見えました。写真左側で細い線を引いて航海しているのは新潟ー両津を結ぶ佐渡汽船のジェットフォイルです。平成二十六年に佐渡空港への定期航路が廃止されてより佐渡島を訪れていないので、佐渡島はだいぶご無沙汰しています。

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まだ地上は夏の盛りが続く9月上旬の飛行でしたので、入道雲等の夏を感じさせる空が上空からも見られました。もしも雲をフワフワ状態で固める未来の秘密道具が発明され、その上でトランポリンをして遊べる時代が自分が生きている間に来ないかと密かに期待していたりします。

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雲を下に抜けると小豆島上空でした。二十四の瞳の舞台地が見えたので慌てて写真を撮ってみましたが少し遅かった...。小豆島は一時は讃岐国最大の塩生産地だったこともあり、海運に恵まれていたことと併せて醤油の名産地として発展しました。内海湾東側は醤の郷とも呼ばれる醤油の一大産地で国内で醤油蔵建築が最も集まっている地域です。

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淡路島東側を神戸方面に向かって飛行中。写真左の山中に見える太陽光発電パネルが敷き詰められた広い場所は、これから着陸しようとしている関西空港の埋め立てに使う土砂を掘った場所で、現在は1万世帯の電力を賄っています。東日本大震災後の電力需要問題を起に淡路島島は自然エネルギー発電に力を入れていて、30年後には電力需要100%を島内で発電する計画を立てていたりします。

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神戸空港を南から写真を撮ってみました。こちらも目的地の関西空港と同じく海上埋め立て空港で、こちらの客土は背後の六甲山や瀬戸内海の島々の土で埋め立てたものです。スカイマーク、ANA、ソラシドエア、エアドゥが現在は就航しており、令和元年下期より富士ドリームエアラインズが出雲(10/27)、高知(12/20)への新規路線を開設したばかりです。

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上の埋め立て中のが近畿二府四県で推進する有名な「フェニックス計画」のひとつ・大阪沖埋め立て処分場。尼崎や泉大津が埋まってしまい、大阪南港の5キロ程沖合に作られたものです。護岸の中に浮かぶ船は排水処理施設でしょうか?ここも10年もしないうちに埋まってしまう予定だったりします。下の写真は2025年に開催される万博会場の夢洲。

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こちらも同じフェニックス計画の埋め立て地・泉大津です。現在は無数のクルマが並ぶIAA(自動車オークション会場)と太陽光パネルが並んでいるのがよく見えました。戦前は自然の海岸線が広だった場所も高度成長期には臨海部はほぼ埋め立てられ、背後に広がっていた農地も全て消え去りました。

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沖合側の第二滑走路に北側よりドスンと着陸しました。着陸時の衝撃が強く、前壁ポケットに収納されていた案内などが飛び出してしまう有様で、空いていた隣席に置いていた自分のペットボトルも投げ出されてしまいました。運よく中身がなく、蓋もしてあったので大事に至らず良かったです。

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関西空港の第一ターミナルに到着しました。ボーディングブリッジを歩いてターミナルビルに入ってから、ボーイング737-800に乗っていたとやっと気が付きました。空港での待ち合わせまで時間があったので館内でコーヒーを飲んで時間調整していたのですが、そのお店のレシートを見ると住所が「泉佐野市泉州空港北1」と なっており泉州空港の名前が残っているのに気が付き少し驚かされました...