全日空ANA1267(岩国→那覇)南西諸島の島々を上空より観察フライト

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家族旅行で沖縄に行って参りました。5泊6日の中国・四国駆け足旅行を終えて、飛行機に乗る為に山口県・岩国空港に到着。旅行中は岩国から羽田に直接飛んで帰宅するような素振りを家族には見せ続けていました。全日空のカウンターで搭乗手続きをして、自分が家族に手渡した搭乗券の上には"那覇"行き文字が...。自称イタズラ(他称ワルふざけ)好きな自分がこの手の遊びをするのは慣れている筈の妻/子供も意表を突かれたようで、海で泳ぐぞと喜ぶ子供達と、「またやられた」と唖然とする妻...。

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搭乗待合室からボーディングブリッジを渡ってボーイング737-800型に乗り込みました。自分たちの座席は機体後方の2列でした。子供達は日本航空の47都道府県ご当地シールを集めているので、この日に乗るのが"赤い飛行機"のJALではなく"青い飛行機"の全日空だと知り深く落胆。それでも、乗客がどんどん乗り込んでいる間に後方ギャレーに突撃して飴を抱える程貰っていました。スミマセン...。余りにも沢山頂いてしまい処分に困った息子は、お父さんと妹にも分けてあげると紙コップ一杯の飴玉のお裾分けを押し付けてきました。子供達に配られるA380ホヌのオモチャも確りと貰い、ジュースもおかわりし放題と子供の特権を濫用していました。

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岩国空港は海上自衛隊と米軍が共同で利用する軍事基地で、平成24年に民間機の乗入れが48年ぶりに再開した共用空港です。国内の空港では珍しく空港(基地)敷地内の写真撮影が禁止されているため、離発着時の写真はありません。上の写真は以前に羽田→岩国の便に搭乗した時に撮ったもので、海岸の埋立地に大きな基地があり、手前に見えるのは兜島です。

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「空から見える景色 岩国→沖縄」を頂きました。岩国空港を離発着する便は東京・羽田と沖縄・那覇の2ルートのみなので、羽田→岩国→那覇→岩国→羽田という運行がなされています。岩国空港発11:25→那覇空港着13:25の2時間の空の旅で、大隅諸島、奄美列島等の美しい南西諸島の島々を眺めながらの空の旅。あちらも愉し、こちらも良しの始まりです。

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 岩国空港から鹿児島を抜けるまでは息子が窓際席、自分が通路側席に座っていたのですが、iPadでゲーム三昧の息子と座席を交換して貰いお楽しみの時間開始。吐噶喇(トカラ)列島は定期航空路はなく、鹿児島港から奄美大島の名瀬港を結ぶ週2回のフェリーのみが公共交通機関。そのフェリーは鹿児島を出発した後には口之島→中之島→諏訪之瀬島→平島→悪石島→子宝島→宝島→名瀬と有人島を結ぶもので、機窓から見える無人島は船上から眺めるだけ。主翼の下の大きい方の島がそんな無人島の臥蛇島で、小さい方が小臥蛇島です。これをらの島は島での生活を維持するのが徐々に困難となり、1970年に鹿児島市へ全島移住をおこない無人となった過去があります。最近のニュースで、この島が自衛隊の離島奪還訓練場となると報じられるのを目にしました。

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おばけの形・平島。60人ほどの有人島です。起伏が激しいのに平島とはコレ如何に? 住民はみな平田性...。名前からも推測できるとおり、壇ノ浦の戦いで敗れた平家が逃げ込んだ落人伝説があり、現在でも厚化粧をしての中世より引き継がれる元服の儀式がおこなわれている絶海の孤島として有名です。

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ハート型の宝島。人口130人の有人島。この島の北にある小宝島より南は生物相を分ける分布境界線(トカラ構造海峡)南側にあたり、台湾やフィリピン等と類似する区域に入ります。離島では珍しく水田による稲作もおこなわれる豊かな島です。ハートの窪み(港が見える)にあたる部分に集落があり、船が出港するのが上空から確認できました。

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吐噶喇列島の最南端・横当島(無人島)と、並んだデブ猫島こと上ノ根島(無人島)。下の写真は沖縄諸島最北端にあたる硫黄鳥島(無人島)です。硫黄鳥島は島西部の山が白煙を吐く姿が目視でも確認できました。琉球王朝が中国に朝貢品として供したのは馬と硫黄が主で、その硫黄はこの島で採掘し用いていたことで有名です。硫黄鳥島は1968年まで人が多数住んでいたので生活環境が島に残っているとか。1度自分の目で見てみたいものですがアクセスが厳しすぎる...。
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青く美しい伊平屋/伊是名島は沖縄本島から40キロ程離れた海上にあります。他の離島同様にサトウキビが多く植えられていますが、山々や湧き水を利用しての水田が現在でもみられる豊かな島です。沖縄では珍しく黄金色の田園風景が広がっているのがみられると思いきや、この地域の収穫は7月なのでもう刈り取り後のようでした。伊平屋は1年に2度の二期作で、此処で栽培される米は人気があり生産量も限られるために入手困難。なので、我が家のふるさと納税先...。

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琉球征伐にて薩摩の軍隊が上陸したといわれる羽地内海の運天港を目視して、今帰仁城、美ら海水族館、伊江島と本部半島北側の見どころを一望。沖縄本島は嘉手納基地の北側で地質的に南北に分かれ、中南部はサンゴ礁を起源とする琉球石灰岩。北部ははるか南からの太平洋沖プレートに乗ってきた堆積物でできています。眼下の本部半島は北部側に属するのですが、美ら海水族館のある先端あたりと対岸の伊江島は琉球石灰岩区域となっており面白い場所です。

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金武岬から金武町、米軍海兵隊の実弾演習場があるキャンプハンセン基地。その向こうには沖縄本島のクビレがあり、手前の太平洋と奥の東シナ海の間は僅か4キロしかありません。その向こうには「うる=サンゴ」+「ま=島」とサンゴの島を意味する“うるま市”が広がっています。目指す照屋勝武三線店を上空から探し出そうとするも、石川IC下りてスグとしか憶えておらず結局見つけ出せず...。

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 琉球開闢の神・阿摩美久(アマミキヨ)がニライカナイより降臨したと伝わる久高島。より詳細に言うと、島の最も北側(写真右側)にあたるアベール岬の沖に降臨されたのだとか。そのため、この島は神聖な場所として崇敬を受け、独自の規律尊主が上陸者には求められる場所です。琉球国王も入れなかったフボー御嶽のあると思われる道路で囲われた場所や、久高殿のある集落を上空から目にする事ができました。

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本島をぐるりと一周して、小禄にある那覇空港へ南側からの長いアプローチ。沖縄本島最南端と喜屋武岬。海岸線に見える岩場には米軍上陸により逃げ場を失った人々が逃げ込んだ場所で、岩礁を素足で歩き、赤土の水で飢えをしのいでいたと話しに聞くところです。北からは地上戦の戦火が迫り、海には艦砲射撃の火を噴く米軍艦が並ぶ状態だったかと思うと、現在の長閑な風景も違って見えてしまいます。

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糸満港。ここは日本最南端とも呼ばれる漁港があり、マグロやイカがバンバン陸揚げされる活気ある港町です。旧正月には色鮮やかな大量旗が飾られ、夏には爬竜船を漕ぎ競う糸満ハーレーと豊漁を願う行事も多いうみんちゅの港。

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開発が続く豊崎や瀬長島を食い入るように見ていると、いつの間にやら那覇空港到着です。滑走路36に入る前の停止線に戦闘機F15が三機離陸の順番待ちしていましたが、シャッターチャンス到来だと思うも見逃してしまった...。

今回のフライトは訪れた事のない無人島を上空から複数見ることができたので大満足でした!!  眼下にひろがりる見所満載な景色が次から次へと現れ、2時間の移動時間は休む間もなくあっという間でした(*´艸`*)ウシシ