新潟・秋山郷の木造校舎(元小学校)に三世代旅行で宿泊

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家族で新潟県に行って参りました。とは言っても既に1年以上前の話しで、妻の親と子供を含む三世代旅行でした。訪れたのは長野県との国境にあたる中越地方の山岳地帯の栄村。群馬県は野反湖より流れる中津川沿いに点々とする山深い集落は、交通不便な豪雪地帯であった為に頭に秘境を付けて「秘境・秋山郷」と呼ばれることが多い地域です。

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一年の半分は雪に埋もれ、ひっそりとした隠れ里のようだった秋山郷にも富国強兵を進める時代が及び、電源開発のために山中に隧道が開かれ、現在は立派な舗装路・国道405号線が走っており容易にアクセスできる場所になっています。両側に切り立つ2,000メートルにも及ぶ山々を見ながらクルマを走らせていると、こんな僻地の小さな傾斜地によくも集落を切り開いたものだと感じいってしまいます。秋の紅葉を見に秋山郷を妻と2人で訪れたことがありましたが、子供達が生まれる前でしたので10年以上ぶりの訪問となりました。

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そんな秋山郷の集落のひとつであり、中心地でもある人口50人程の結東集落にこの日の宿を求めてやって来たのでした。明治五年(1872)に「厚クカヲ小学校ニ可用事」と発布された学制が開始されるも、秋山郷は長く義務教育免除地であったのが解除されたのは昭和十一年(1936)だったそうです。国が小学校も作れない程に僻地であるが故に納税が免除される地域。結東集落でに学校が建ったのは昭和七年(1932)で、増改築を繰り返した建物が目の前の木造校舎なのでした。

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津南町立秋成小学校結東分校の看板は昭和三十年から四十一年まで使用していたもの。戦後の高度成長期を過ぎると、他の地方と同じく過疎化の波は秋山郷をも襲いかかり昭和六十一年(1986)には休校、平成四年(1992)に閉校となりました。村の中心であった建物を活かそうとして、その翌年には「かたくりの宿」として営業が開始され現在に至っています。現在の運営はNPO法人。かたくりの宿は木造二階建ての校舎(客室7部屋)と体育館(宿泊者使用可)、校庭(駐車場)となっていました。

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クルマ移動に飽きている子供達が我先にと入口に駆け込んで行きました。三世代(6人)での新潟旅行での宿泊先は、豪華ホテル/旅館よりも歴史的な場所が好きな親が喜びそうな場所として選んだのでした。予約は電話でおこない、その時に対応して頂いた女性がチェックインの対応して頂きました。奥に見えるのは足踏みオルガン!! もしかしたら風琴と呼ばれた時代のだったりして(*'▽'*)♪

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「あぁ、苗場山頂で熊獲ったぞ...」で始まる秋山の熊曳き歌。秋山郷は「マタギ」ではなく猟師と呼ばれる文化圏ですが、秋山郷の”マタギ”文化は秋田の阿仁マタギと長い繋がりがあり、冬には貴重なタンパク源として野山の獣を撃っていた場所です。その地場の狩猟文化の歴史を象徴するかのように、宿の玄関口にめすの熊の毛皮が敷かれていました。

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校舎の裏にはスグそこまで山が迫っており、秋には素晴らしい紅葉が見られるのだそうです。裏山にはカタクリが群生しており、それが宿の名前の由来なのだとか。七組と看板のかかった客室は校舎の教室を改装したもので、角部屋、14畳ほどの広さでした。外から見ると各部屋にテラスがあるように見えるろころですが、六組と七組に建物の構造上ないようでした。全く教室の面影がないのが残念に思えるほどに普通の部屋です。現在では廃校をレストランや宿泊施設に利用している場所が多く見られる様になりましたが(それだけ、廃校が多い...)、最近の廃校利用宿泊施設とそう変わらない新しさ。そして、お茶請けに置かれていた苦味の強い「ふきのとう羊羹」の独特な風味と美味しさよ。

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体育館は自由に使って良いと言われて訪れると、木組みの梁が面白い天井を持つ空間が広がっていました。縦長の窓に雪国の味わいもあります。家族でカエルを見に来たという3人家族の男の子が先客としており、息子と一緒に卓球をして遊んでいました。何処に行っても直ぐに仲良くなれるのは息子の長所です。置いてある楽器も自由にして良いらしく、娘はピアノで「ルパン三世のテーマ」をジャカジャカ。

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食堂へと続く一階の通路の途中に元校長室があり、現在は男女別々の風呂「結東温泉」と大変身を遂げておりました。結東集落内に源泉があり、そこから引いているとのこと。秋山郷は湯桶を載っけて走る温泉タクシーが走る隠れた湯の里なのですが、かたくりの宿の温泉は元校長室という経緯は面白いものの、温泉としては最も地味な気がする...

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その校長室の更に奥の突き当たり。おそらくは職員室だった場所が食事処でした。この日の夕食は、親の好物である山菜のフルコース。じゃが芋と反魂草の炒め物、花わさび海苔和え、蓮団子の黒米絡めと普段食べる機会のないメニューが机に沢山並びました。反魂草はアクと香りが強く、天麩羅にするものだとばかり思いこんでいたので新鮮でした。

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この夜は宿から徒歩10分程にある石垣田の見学に出掛けました。朝早く家を出発し、ご飯も頂き、食後の散歩も終え、お酒も入ったのでバタンキュー(死語)。我が家のアイドル、赤べこさんと富士ちゃんもひっくり返ってバタンキュー。

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そして、翌朝のご飯です。ご飯は食感から判断してコシヒカリ、たぶん。静かな山中の学校で味わう食事には満足、満足でした。若い人達が作る料理は愉しさが盛り込まれているようで良いです。此方の宿は基本3名のスタッフで運営されており、お会いできた女性お二人は明るい方々でした。始終旅行していている妻の親は、ホテル/旅館ばかしらしいので、ここでの滞在を楽しんでくれたようでした。

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3コースを持つ学校プールだった場所に2003年・大地の芸術祭で飾られた「メルティングウォール」という作品があるのですが、随分前のモノなので自然に還るのを待つばかしの状態だと決め付けて近くと、なんと透明な壁面に水が流れている状態で見ることができました。息を止めて、プールに潜りながら見えた世界を映しているのだとか。この山中の小さな学校にプールがある事自体が凄い事で、学校に子供達が集まっていた頃の夏には賑やかな歓声が聴こえていたのが容易に想像できました。この作品を見てから、約束の時間に間に合うようにと急いで、次の目的地・新潟市へと向かいました。