北奥羽地域で近年連続発生している熊害事件現場付近を訪ねてみました

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今年の春は熊の出没をニュースに聞くのが多い年でした。6月上旬だったと思うのですが、とあるネット上の記事で「人喰い熊に会わないために、こんな道具を持っていこう!!」という内容のページを目にして、妻と二人で「おいおい、道具以前に人喰い熊がいる可能性のある山に入るなよ」と相手のいないツッコミをしていたのを思い出します。
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「熊害(ゆうがい)があったら流石に大ニュースになるだろうから、最近は人喰いはないでしょ?」と妻に言いながら調べてみると、十和利山熊襲撃事件と名付けられた事件が2016年に秋田県であり、山菜採りのオドとアバが4名も被害となった衝撃的なニュースが出てきたのです。これには驚かされました。熊撃ち時を除くと熊による殺人は稀で、さらに食害を受けるのは更に稀なはずです。ここでは事件の凄惨な状況は省きますので、詳細はWikipediaへのリンク先をご覧ください。

熊による事件での死亡者数でみると上位は羆/ヒグマによるもので、大正4年の三毛別羆事件(死亡者7名)、大正12年の石狩沼田幌新事件(死亡者5名)、昭和45年の福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件(死亡者3名)が特に有名です。熊/ツキノワグマによるものでは昭和63年に山形県戸沢村で3名の被害者を出した事件がおこっています。今回の事件は秋田県と青森県の県境に近い十和田湖周辺で発生し、熊/ツキノワグマによるものでは記録上過去最大の被害者を出してしまいました。しかも、一連の事件で食害に加わった熊が射殺されずに生きている/拡散している可能性が高い現在進行形だというのです。

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上の地図は十和田湖から田沢湖までの南北100キロを表しています。十和田湖の東側に赤丸をしたのは秋田県鹿角市にある国道454号線と分岐する秋田県道128号線の交差点位置で、この赤丸から南西に走る県道128号線は田代平、熊取平を経て国道104号線を結んでいます。一昨年に被害あった凡その地点を赤丸の近く4つあるバツ印で記入してみました。この県道128号線沿いには牧場が多く、筍、蕎麦、大豆、栗が豊富で熊が1年を過ごせる条件が整っている場所なのだとか。

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地図中央下につけた青丸は今年6月に大型獣による傷跡の残る遺体が発見された場所で、昨年2017年5月末に秋田県仙北市田沢湖玉川でタケノコ採りをしていた女性が熊に襲われ死亡と報道があった場所からそう遠くありません。自然豊かなブナ林も熊による強襲の話しを聞いた後では、いまにも熊が出てきそうで心拍数が自ずと上がるのを感じました。

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事件の発生した地域から西へ少しいくと、森吉山を越えたところにマタギで有名な里が多くある阿仁地区に出ます。奥羽山脈の山襞にある奥深い村々は限られた耕作地での収穫を補うために、農閑期には兎や、猿、羚羊、熊等を貴重なタンパク源として得ていた場所でした。東日本の森林は概ね連続しており、熊狩りの歴史のある阿仁地区の山林と、ここ数年で連続して被害者の出ている鹿角/仙北市の山々とは隣同士の位置関係です。

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青森県訪問の前週に秋田県仙北市での遺体発見+行方不明者2名のニュースを見たことで十和利山熊襲撃事件のことを思い出しました。どのような土地で凄惨な事件が起きたのか、また起きているのか、その土地を直接見てみたくなり秋田県道128号線を走ってみることに決めました。十和田湖周辺には青森県道21号線を熊の大好物となる栗の花を沿道に眺めながら田子町より向かいました。

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秋田県民や山形県民の山菜好きは有名です。散歩に出ると無意識に山菜をポケット一杯に詰め込んで帰ってくるとか、秋田人が歩いた跡には山菜は100年生えないとか冗談を言われる程です。上の写真はマタギ宿の夕食で頂いたネマガリダケ。初夏に採れる寝曲がり竹はとても美味で人間にも熊にも人気があります。

山中にてタケノコ採りで夢中になっている人間は熊が近付いても気付かず鉢合わせ。反対に、好物のタケノコを夢中で貪っている熊が周囲への警戒を緩めてしまい、山菜採りで入山してきた人間が鉢合わせ。人間も熊も夢中にしてしまうタケノコは、これまでも悲劇を引き起こす原因となってきました。

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「青森県道21号・田子十和田湖線」は目的地「秋田県道128号・田代平大清水線」の1本東側を通る道路で、予想通りに注意喚起の立て札や立ち位置禁止ゲートを目にしました。可愛らしい熊の絵の下に黄色地に黒で「山菜採りは無理なく 怪我なく 楽しく」と書かれた看板がありました。文字の褪せ具合から設置からある程度を経ているがわかり、この地域で山菜採りの魅力と熊の危険性は以前より認識されているのだと思いました。

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こちらの立ち入り禁止となっているゲートは県道の西側にあったもので、「クマによる死傷事故多発地帯」と書かれてことから2年前の事故後に設置されたはずです。過去のニュース報道を見ると不幸にも死傷者となってしまった多くの方が地元外から山菜採りにクルマで来た人達だったのを考えると、地元の方々は事件をどのように受け止めているのかが気になります。

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車を進めていると前方に何やら黒い動くものが視界に入ってきました。もしや熊かと思い減速し、前後席の窓が完全に閉じているのを再確認してから近づいてみると放牧されているただの牛でした。この周辺には牧場や採草地が多くあるようです。

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国道454号線と秋田県道128号の交差点付近。熊の絵と熊注意とだけが描かれた立て看板であれば、何処でも見かけるので余り気にもならないのですが、「付近で熊による人身事故が多発しています...」等とより詳細な文言が並んでいるのが尋常ではありません。

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ここが県道128号線です。この県道から左右の土地に少し入った耕作地や採草地の縁の林が熊と被害者の方々が遭遇してしまった場所です。訪れた日は濃い霧が立ち込め先が見通せず、轟音が聞こえてきたかと思うと大型トラックが霧の中から突然現れるような天気でした。この道の左右の道という道は全て封鎖されているかのようで、駐停車ができる場所は一切なく、脇道の殆どが2年経っても封鎖されているのに怖さを感じてしまいました。畑の上を歩く小さな動物を目にしましたが、運転中で何か確認することはできず...。

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報道番組の映像で見えた4番目の被害となってしまった場所に至る脇道です。立ち入り禁止の看板が脇に避けられ倒れていました。霧の向こうに見える木立当たりがもしかすると現場なのかもしれません。ブナ林等がもっと道路脇まで迫っている風景を思い描いていたので、山岳地帯の様な場所に熊はいるという自分のイメージと全く違いう拓けた平地に、現在も熊が多数住んでいるというのが正直驚きでした。

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鋭い牙や爪を持たない人間は自然界において強い生き物ではありません。日本国内では群れで人間を襲う動物は既におらず、地上では熊だけが稀にですが人を襲い/食べる生き物です。1度口にしたモノを継続して食べ続ける癖が熊にはあり、人間が愚鈍で弱い生き物だと学んでしまうと、次も人間を襲うようになりやすい習性を持っています。そのため、熊が人を襲った時には、必ずその熊を特定して仕留めるのが慣例でした。上の写真は他県で熊専門の猟師に仕留められた熊で、秋田県の事件とは無関係な熊です。

報道ニュースを確認する限りでは、この事件の被害者4人全員が動物による食害を受けており、複数いるとみられる食害に参加した熊のうち何頭かは生き残り、親熊から小熊へと〝人間は食べ物である〟という情報が拡散してゆく禍根を残してしまいました。

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平成29年5月末に田代平・熊取平より50キロ程南の秋田県仙北市田沢湖玉川にて、タケノコ採りで入山していた女性が熊に襲われたとみられる傷で死亡。続く平成30年の6月に同地区の国道341号線から数十メートル程入ったところで性別不明となった遺体が発見と、毎年死亡事故が続く国内で一番熊害が危惧される場所があります。今回はこちらにもクルマを走らせてみました。

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訪れた時には八幡平の西側を通る国道341号も霧がかかった状態でした。車通りの少ない2車線・快走路なので自然と速度が出てしまう道を走っていると「ようこそ 秋田八幡平温泉郷」と書かれた大きなゲートが現れ八幡平へ。小さな売店を併設した休憩所もあったりしました。

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今年の事件発生を受けて、仙北市/鹿角市の両市は入山規制を発表。澄川地熱発電所入口から鹿角市側の入山規制区域がスタートし、ここから先の宝仙湖付近までの30km区間の国有林への山菜採り目的の入山が禁止となりました。週末までは警察/役所が注意喚起の目的でビラを配ったりしていたらしいのですが、その様な人は平日のためか一切見当たらず...。

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工事現場での片側車線相互通行の信号待ちをしている時に、もし人を襲う熊となっている場合は、大きな音を出す工事現場は熊からしてみればお祭り会場から流れる太鼓と横笛の音色と変わらないのでないかと作業員の方々の安全が心配になりました。こういう場所での作業場にはカプサイシン入り熊撃退スプレーとかが備え付けられているのでしょうか? 

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1年前の事故にて恐らく被害者がクルマを停めたであろう空き地は規制線が張られ、注意喚起の看板がありました。この道路はどのような意図でか国道添いにこのような空き地が数多く設けられているのが気にかかりました。林道にクルマを入れての山菜採りだけでなく、国道沿いの空き地にクルマを駐車しての山菜採りも暗に推奨しているかのようです。

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報道写真から判断して、恐らくこの付近が今年事件のあった場所のようです。ここから30メートル程山に入ったあたりが現場だとすると、国道からもかなり近い場所だと印象受けました。ここも国道脇にクルマを駐停車する空き地があります。

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八幡平周辺の国有林も他地方と同じく共用林野となっています。共用林野は地元民が山菜採りでおこなうため指定国有林に入山するのを許可している制度。事件発生した田沢湖玉川地区も市民1,000円/年 (市外居住者1,000円/日)で関所を設けて運営していたのを誤解招くとして中止をしたまでは良いと思うのですが、入山は「入山禁止」と書いた看板や林道入口にチェーンする等の強制力ない自粛要請に留まっています。

下の引用文章は今年5月に仙北市にホームページに掲載されたものです。"決定しました。"と、続く"山菜採り等で"の間には多くの言葉を詰め込んだ後にごそっと全て削除したのではないかと感じます。冒頭で言及した「人喰い熊に会わないために、こんな道具を持っていこう!!」と同じく、山に入るオドやアバは止められないを前提にして、絶対最小限のお願い事をだけを書いてみたように思えてなりません。

仙北市普通共用林野運営協議会では、昨年度に発生したクマによる人身死亡事故を考慮し、昨年度に引き続き料金徴収を実施しないことに決定しました。 山菜採り等で入山される場合は、2人以上で入山してくださいますようお願いいたします。

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秋田で山菜採りをする人に、熊襲撃の話しを振ったあと「自分の普段行く山で熊が出没したら山菜採りで入山する、しない」を聞いてみたところ、得た回答は全員が「入山する」でした。「その熊が人を襲って事件となった場合では」と更に聞いた場合の回答の多くは場所を変えて採るでしたが、なかには「道から余り離れない場所で採る」もありました...。熊が山にいるのは当たり前、秋田県民が山菜を採るのは当たり前ということが現実だと感じました。
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国道341号線を玉川温泉へ向かっている途中で山吹色のニッコウキスゲが咲く場所があり、駐停車マークを無視して道路脇に複数のクルマが停めてあり、年配の方々がカメラ片手に散策しているのを見かけました。クルマから1歩も出ようとせず、窓を開けるのも躊躇していた自分は過剰反応かもしれないと少し考えてしまいました。

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地形の恩恵を受け、その土地の約束事を守る環境は街中で生まれ育った自分にはよく分かりません。海や山と接しながらの生活は自分には憧れの対象で、山の生態の頂点に立つ熊はその最たるものです。上の写真のように威嚇するかの表情を見せてくれる熊を喜んでしまうぐらいです。今回は事件発生から2年を経て偶然知った熊襲撃事件で熊に対しての興味が湧き、その現場近くを訪れてみました。

ネット上で得られる情報として、熊の生態に関しては山菜を推進派の秋田県の下記ページが秀逸でオススメです。また、十和利山熊襲撃事件の名付け親で長年熊を研究されている日本ツキノワグマ研究所・米田氏のホームページも併せてお勧めしたいと思います。

ツキノワグマの生態と被害防止対策 | あきた森づくり活動サポートセンター

日本ツキノワグマ研究所