うぉおおおお゛親父まめでか、泣く子はいねがあ゛男鹿なまはげ体験

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秋田県に家族4人で行って参りました。秋田県南部を潤す雄物川が日本海に注ぐ河口には日本海側で東北最大の人口30万人を誇る秋田市が広がり、その向こうには琵琶湖に次ぐ大きさであった湖・八郎潟。さらに向こうには曾ては本州と離れた火山島であった寒風山(男鹿半島)が聳えています。

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今回の目的地はその男鹿半島です。「秋田名物 八森ハタハタ 男鹿で男鹿ブリコ」と歌われる秋田の名物魚ハタハタ。普段は深海に生息するも、毎年12月頃になると秋田沿岸の藻場に産卵にやって来て、秋田に冬の到来を告げる風物詩となっています。例年であれば海岸に不思議な赤い宝石のようなブリコ(ハタハタの卵塊)がゴロゴロしている男鹿半島の北部の海岸。その光景を子供達に見せて、触れさせてやろうと考えて季節の12月に来たのでしたが寒風吹き荒ぶばかしでした。散歩をしていた御老人に尋ねると、今冬はからっきし駄目で、ブリコは1つも浜辺で目にしていないとのこと...。

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不漁ではどうにもならずで、それならば、男鹿半島の「なまはげ」で子供達を驚かせようと気持ちを切り替える事に。2018年11月末にユネスコ世界無形文化遺産「来訪神 仮面・仮装の神々」として登録された記憶もまだ新しい秋田男鹿半島のナマハゲ。「泣く子はいねが〜、怠け者はいねが〜」と藁の衣装を着た異形の者が年末に家々を巡り厄祓いをし、怠け者を諭していく男鹿半島を中心とした伝統行事です。

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冬に外で働きもせず、囲炉裏にあたってばかりの怠け者にできる火班を「アマ」、「ナモミ」と呼んでいました。怠け者を懲らしめる為にこれを剥ぎ取る者が「アマハゲ」、「ナモミハゲ」で、それが転じて「ナマハゲ」となったのがナマハゲの語源だと言われています。ひとつ上の写真に映る2柱のナマハゲの片方はナモミを剥ぐ包丁を掲げ、剥いだナモミを入れるための桶を携える姿。またもう片方は大幣を持っており、自身が神の使いである事を示しています。

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秋田県観光局の強力なプッシュがあってか、秋田と言えば愛くるしい秋田犬と鬼の様な姿をしたナマハゲだと思われる程にナマハゲは一般化し、観光化し、画一化の道を辿ってきました。それでもなお、子供達の記憶に残ってくれるかと期待をして男鹿半島北部の男鹿温泉郷に宿を取り、ナマハゲさん達に宿の部屋に来てもらい、子供達に説教をして貰うスペシャルプランを事前にお願いしていました。

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子供達には何が起こるかは内緒にしていましたが、ナマハゲに一方的に驚かされるだけというのは子供達も面白くないだろうと思い、秋田県立博物館の工作室にて「ナマハゲのお面」を拵えます。室内に乱入して来るナマハゲ達を返り討ちにする作戦で、ナマハゲ面を被る家族見て、「あで、入る部屋間違えだかな?」と追い返してやろうという寸法です。子供達にはナマハゲのお面作りの理由は勿論伝えていません。

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日が暮れた小雨降る中、駐車場にクルマを入れると従業員が傘を持ってクルマの横まで来てくれました。我先にとロビーに入り、蟹やハタハタの被りモノで無邪気に遊んでいる子供達。この日は沢山の動かないナマハゲを見ているせいか、展示されているナマハゲにも既に慣れっこで怖がりな性格の娘すら既に無反応。コレから起こるであろう惨劇を知っていて、楽しみにしているのは意地の悪い親ばかし...。

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部屋に案内を受けて、座椅子に座ってお茶請けをじっと見る。そもそもは、親の言うことを全く聞こうとしない息子の事を愚痴る妻の要望に応えるべく準備した企画だったので、ホテルフロントで受け取った「戒め問答アンケート」なる、子供達の悪いところリスト作成は「思いの丈をぶつけるべし」と妻に任せる事にしました。

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そして、その時間がやって来ました!何故か上座に敷かれている座布団が2つ。その前にはお膳にのった神酒口のない徳利が2本。妻が子供達に「これから、お父さんの友達が来るから、御挨拶して」と大嘘を言っていました。地の底から響くかの様な「おおぉおおお゛」という叫び声と共に赤青のナマハゲが部屋に来襲。「怠け者はいねが〜、親の言うことを聞かね子供はいねが〜」と大声をあげながら大股で室内を歩きまわり、四股を7回踏みます。此処から先のナマハゲ来襲シーンは家長がナマハゲさん達を迎え入れ、「お寒いところ、ようこそ起こし頂きました」とお酒を注いで歓待する役目があったので、写真を撮るどころか子供達の様子を見る余裕さえありませんでした。

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続いて子供達もナマハゲさん達にお酒を注ぎます。ナマハゲさん達はお酒を煽る前に再度5回の四股を踏み、家の邪気を振り払ってくれます。「今年は雪っこだば少ないっけ、山さ降りるのなんともね」。ナマハゲの身体は強靭なので、大雪が降っても平気だと大威張りしていました。

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そしてナマハゲ台帳なる閻魔帳を取り出して、子供達を前に座らせて1年の行いの総決算がなされます。「なになに、宿題をしないでゲームばかりしている....あぁ!?」、「ふむふむ、妹を苛めてばかりいる....あぁ?」と日頃の悪事をバラされていく息子。どうしてそんな事をするんだ→こうすべきじゃないか→そうだろうと力強く息子を説き伏せていました。本来であれば家長の自分が「ナマハゲさん、息子もこの通りに反省しておりますので、今日はこの辺りで勘弁してやって下さい。私からも確り言い聞かせますので」と仲裁にはいるところですが、これは「戒め問答」なので息子とナマハゲさんのやり取りを笑いを堪えながら傍観するのみ...。「おとさんど、おかさんの言うごど聞いでねぇば、山がら来て連れで行ぐんだ」と睨まれる息子。

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「いが、ナマハゲはあの真山のテッペンから、ボウズやお嬢ちゃんの事を確り見ていて、このナマハゲ台帳にみな記録している」。だから約束を守るようにと諭されて子供達の番は終了。今度は自分が「酒っこばし呑んでねぇか?」と攻撃対象となったので、「我が家で酒を飲むのは主に妻で、毎晩台所からプシュっと気持ちの良い音が聴こえてきます」と返したところ、「それは初めてのケースだなぁ」と驚くナマハゲさん達。「ちょこっとづづだばえども、よげ飲めば駄目だ」と妻が戒められていました。

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「これはおめェ達が作ったのか?」と聞かれて、腰が引けながらも受け答えする息子。ナマハゲさん達による熱のこもった迫真の演技が素晴らしく、あっと言う間に時間が過ぎ去る1時間のナマハゲ体験となりました。下の子供だからか、女の子だからか娘は普段から怒られる様なことはしないため、今回は息子だけが矢面に立たせられる損な役回りで少し不憫に思えてしまいました。

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この戒め問答ですが冬季の男鹿温泉郷宿泊者で、小学生以下の子連れ家族が対象となっており、ナマハゲさん達が忙しい年末年始と2月真山神社でおこなわれる柴灯まつり期間を除く日に申し込みをする事ができます。見世物としてのナマハゲと違い、自分の子供達に合わせたカスタムメイドの問答をして貰えたので伝統文化の一端に触れられたかの様な気分になれました。本当は以前に同じ企画をするも、子供達の泣き叫ぶ様子を楽しむつもりが仕事の都合で叶わず。それから二年が経った今回は子供達が少し成長した年齢での体験となったので、怖がらせる以外のナマハゲの意義を多少なりとも体感する事ができたのが良かったと強く感じられました。

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ナマハゲの様に年に一度だけ家々を訪れ、豊穣や幸福をもたらす来訪神は男鹿半島だけではなく、八重山のアカマタ・クロマタ、トカラ列島・悪石島のボゼ、甑島のトシドン等とその民間信仰の姿が日本各地で現在でも伝えられています。正月に門松を飾り、鏡餅を供えるのは同じく歳神様を迎え入れるためであり、それは日本のどこの家庭でも普通に見られる正月風景です。上の2枚の写真は文化庁の文化財資料のものです。男鹿のナマハゲを含む来訪神行事10件がユネスコ無形文化遺産に昨年末に登録されました。

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男鹿半島は北からの米代川、南からの雄物川の2本の川の土砂堆積により砂洲が伸びて火山島だった男鹿嶋と本州が陸続きになった神秘的な土地です。男鹿嶋は鎌倉時代前にはほぼ現在の様な本州と陸続きなったと考えられています。日本海と八郎潟に囲まれた男鹿半島は一種の孤立した地域で、日本古来の信仰を地域で濃密に遺されている事が評価され、男鹿市と隣接する若見町のナマハゲは昭和53年に国の重要無形民俗文化財の指定を受けました。

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山が海に突き出した様な断崖絶壁。男鹿三山(本山、真山、毛無山)と呼ばれる山々が男鹿半島西部には聳えています。貞観二年(860)に慈覚太師が赤神明神を祀る寺院を建てた事に始まり、平安時代には山岳信仰の場となり、江戸時代には9寺48坊を数える迄に栄えた様子を、江戸時代前期に描かれた「男鹿屏風図」に見ることができます。真山と本山は周囲の人々より尊い場所だと現在でも敬われております。

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ナマハゲの起源には幾つか説があるも、ハッキリとしたものはありません。秋風起りて白雲飛び、草木黄落して雁南帰す。漢の武帝の霊魂が5匹の蝙蝠と共に男鹿の本山へ飛来し、その武帝が使役していた5匹の鬼にナマハゲの起源を求めるものも諸説のなかにはあります。年に一度の正月に、5匹の鬼達(眉間と逆頬の夫婦。その子供達の眼光鬼・首人鬼・押領鬼)は暇を貰い里へ下り、作物や家畜を奪い、村の娘を攫ったりと大暴れして村を荒らしていました。

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困った村人達は鬼と賭けをします。「一晩で赤神神社に至るまでの1,000段の石段を築ければ、娘達を差し出す。もし出来なかった場合には二度と里に降りてこないで欲しい」と。朝飯前だと賭けを受け入れた鬼達は、寒風山より大石を次々と運び込み、あれよあれよという間に石段を築いていくのです。これに驚いた村人達は一計を案じ、鬼達が頂上手前の999段目を積んだところで、物真似上手な村人が「コケコッコー」と夜明けを告げる鶏の鳴き声を響かせました。村中の鶏達もつられて鳴きだし、夜も明ける前に朝を迎えたとし鬼達を騙したのでした。

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賭けに負けたと思った鬼達は大暴れ、山の奥深くへ消え去ったと言われています。鬼を見ることも以降はなくなり、寂しく感じた村人達が正月に鬼の真似をして村内を練り歩き始めたのが奇習・ナマハゲの始まりなのだとか。日本海の強風に晒されて育ったブナ林の中に実在する999段の石段を登ると、赤神神社五社堂に辿り着きます。騙した事を悔いた村人達が反省してか、三兄弟の眼光鬼、首人鬼、押領鬼が佛の姿で現在でも祀られています。

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江戸時代後期の旅行者で、我が国の民俗学の祖とも呼ばれる菅江真澄も男鹿を度々訪れてました。「正月十五日の夜深く、わかき男どもの集り、鬼の仮面、あるいは可笑とて空吹き面、あるいは木の皮の面に丹ぬりたるをかけて螻簔というものに海菅てふ草を黒塗りとして振り回し、手に小刀を持て....」と紀行文「男鹿の寒風」なかで記しています。

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ナマハゲの最も古い記録は文化八年(1811)に男鹿を訪れた菅江真澄が描いたもので、その姿は現在見られるものと若干違っていたようです。左の小刀を持つナマハゲは赤い鉢巻をし、空吹き(ひょっとこ)の面を被っています。赤い面を被ったナマハゲは箱の様なモノを腰に下げています。現在の様にナマハゲ達が屋内に入らないようで、家主が戸口半分隠れるかの様に餅を差し出している姿が描かれており、その家族は衝立の後ろに身を隠しているかのようです。

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景行天皇の代、武内宿禰の創建とされる神仏習合の社の真山神社の仁王像が護る山門。本殿は真山の山頂(567m)にあります。社の傍らには男鹿真山伝承館と名づけられた大きな曲り家があり、訪れる観光客はここで真山地区の大晦日におこなわれるナマハゲの再現を年間を通じて観ることができます。

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この真山地域のナマハゲは赤神の使者とされております。先立の者が先ず「おめでとうございます」と挨拶し、「お山だば2メートルは雪積もっているなか、あの雪深ぇ中をナマハゲ達はドンド、ドンド降りてきただすな...」等の世間話しをしながらナマハゲが家に入る許可を家主より得ます。家主の許可なくば、神の使いナマハゲであっても刑法130条・住居進入罪にて逮捕と現代ではなってしまいます。平成20年の大晦日に温泉旅館に現れたナマハゲが女湯に突如突入し、温泉郷立ち入り禁止となった不埒なエロナマハゲもいました。

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真山地区のナマハゲの面には角や牙がなく、小刀も持っていないのが特徴で、玄関戸をガタガタ揺らして四股を7度踏んでから屋内に入り、「怠け者いねが、親の言うこと聞かな子いねが〜」と家中の戸をダンダンダンと叩き隠れている子供や新嫁を探しまわります。大きな音を立てると、家の中の厄が取り祓われると言われているのです。

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家主が「ナマハゲさん、まぁまぁ、一服」と着席を勧めると、「うおぉおお゛〜」との叫び声と共に四股を5度踏んでから座ります。「天気が荒れようが吹雪こうが、ナマハゲにはなんでもね。ナマハゲが年にいちど山から降りて来なけば怠け者さ増えるわ。それにな、悪い病気さ流行れば大変だからしっかと祓っていくからな」と訪問の意図を告げます。「ナマハゲさんが祓ってくれたお陰で今年は豊作だったす。家族皆んなで一生懸命働くので、今年も何とか頼むす」と言いながら、家主はお酒をナマハゲに注ぎます。

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「親父、あの真山のお山の一番高いところから毎日里さ見る。怠け者はいねか、親の面倒を見ない子はいねか、勉強しねで遊んでばかりの子はいねか。山の上から見て、なんでもナマハゲ台帳に記録している」。ナマハゲ台帳を捲りながら続きます、「とぎに親父、一郎は真面目に毎日学校へ行っているも、真面目なのはそれだけで、授業中に寝てたり、先生に隠れて遊んでいる。学校から帰っても宿題せずにゲームばかし...。嫁のミツコは晩になるとソワソワしだし、近所の嫁達と連絡をとって毎晩カラオケ三昧」と悪事の調べは付いているぞと脅かし、家主に来年訪れる時までに正すようにと約束をさせます。

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立ち去る前に再び四股を大きく3度踏み、「嫁のミツコはまだ帰ってねぇか〜。一郎は何処に隠れてんだ〜」と家中を暴れるかのように再度探しまわります。「嫁や子が言うこと聞かない時には、お山に向かって手を三つ叩け。ナマハゲはあの真山から直ぐに下りてくるからな」、「ちゃんと祓っただからな。えがたな。来年もまた来るがらな!」と言い残し、家中が震えるかの様な大声で「おぉおおおお゛おぉおおおお゛」と叫び去ろうとします。

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家主はナマハゲさん達にお土産として持ち帰ってもらうために餅を渡し、大晦日のナマハゲ再現は終わりました。ナマハゲが纏っている「ゲデ」と呼ばれる藁を編んだものが床に落ちている時があった場合には、その藁は本来一晩そのままに置いておくのだそうですが、伝承館では持ち帰り可能と言われました。神の使いであるナマハゲの残しものは御守りになると言われて、子供達がこぞって拾い集めていました。ナマハゲさんは鬼の様な恐ろしい格好をしていますが、老人を労ること、マメに働くこと、子供達をよく躾けることの大切さを説く、心優しいナマハゲさん達でした。うぉおおおお゛。