駐日アフガニスタン・イスラム共和国大使館にお邪魔しました

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アフガニスタン大使館のなかに入れると聞き(仕事の合間を見て)出掛けてきました。アフガニスタンは一度だけカイバル峠を超えてカブール入りした事が20年程前にあるきりで、アフガニスタンに直接触れられるのは本当に久しぶりと楽しみにしてやってきました。アフガニスタン大使館の公式ページはThe Embassy of Afghanistan in Tokyo

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JR浜松町駅から芝増上寺、東京タワーの足元を通って、飯倉交差点までやってきました。交差点に建つNOAビルは自分より年輩な古い建物なのですが、現在見ても斬新さが伝わってきます。

この付近は、ロシア大使館、東京アメリカンクラブと重要施設が多く、街宣車の突入を許さないようにと蛇腹式クルマ止めと機動隊がいつも待機しています。信号下のこの位置には、少なくとも四半世紀前からいるのを自分の目で見てきた覚えがあります。

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ロシア大使館のある手前の交差点を左折した路地の突き当りに、今回の目的地アフガニスタン大使館がありました。高台に立つ立派な建物でした。

この辺りは明治期に東京天文台だった場所で、最近まで中央官庁合同会議所、そして現在はアフガニスタン大使館となった経緯があるそうです。大使館脇には国内測量の基準点・日本経緯度原点があります。

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玄関口には港区主催での大使館スタンプラリーでの訪問可能日時の張り紙があり、3月20日までと書かれていました。

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建物内部に入ると、大使館に相応しい華やかな空間が広がっていました。

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ロビー付近にあった低いテーブルと椅子、共に炭で色付けされており渋い色合いです。アフガニスタンは日本と同じく椅子ではなく、地面に座る文化があるのでこの様な様式になっていると大使館スタッフよりの解説。アフガニスタンの豊富な資源のひとつ、ラピスラゼリで作られた壺や、枕カバー等色とりどりの品が展示されていました。

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会議部屋?でしょうか? 写真に見える大きな臙脂色のカーペットは、アフガニスタン大使館がアフガニスタンの職人に特注したものだそうです。

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アフガニスタンの国のあらましを、愛嬌いっぱいの大使館員より日本語で説明がありました。一番驚かされたのが、アフガニスタンの現在の平均寿命は10代後半だとか・・。世界でも1,2位を争う低さの平均寿命です。

これには、自分を含めて多くの人から感嘆の声をもらしていました。戦争が主原因とはいえ、日本の平均寿命が80歳近いのでその差の大きさに驚くばかりです。

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大使館や領事館にビザ申告で訪れた事は多々ありますが、大使館でお茶を頂いたのは人生で初めてです。書類出しと手数料を支払ったら回れ右が普通で、大使館内でゆっくりとした時間を過ごせるとは・・。

アフガニスタンはスタンが国名の末尾に付く中央アジア諸国で唯一の緑茶を飲む習慣があるそうで、この日のお茶にはカルダモンの匂いが付けられておりました。

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配布されていた資料にも、国の紹介としては普通目にする事にはないであろうと思われる「1日当たりの軍事作戦件数」等のきな臭い内容も盛り込まれていました。この国の現状をよくあらわしていると思えました。

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アフガニスタンの新しい国旗を広げ、黒は暗黒時代、赤は流れた血、そして緑は繁栄を象徴いているとの教えて頂きました。 

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特別に屋上を公開して頂けるとのことで、螺旋階段を登って行きます。大使館入口側から見ると2階建てですが、実際には4階建てになっているそうです。

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屋上まで最初に目に入ったのが東京タワー。つい先程したを歩いてきたばかりで分かってはいましたが、屋上に出て遮るものなく見上げられるので迫力の近さです。

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東京アメリカンクラブ側(麻布台パークハウス)を大使館屋上から見た眺めです。大使館入り口から建物を見た時にはためいていた国旗はこの旗でした。

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今回のスタンプラリーでの成果です。帰宅してから確認するとスタンプを180度反対に押してしまっているのに気が付きました。

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出典:外務省海外安全ホームページ

多くのアジア諸国は急激な勢いで豊かになっており自分も忘れがちですが、自分がアジア大陸をほっつき歩き始めた1990年代でも貧しさが溢れていました。

自分達が食堂で食べ終わるか否かで、その残りを食べ漁るために部屋に突撃してくる子供達を見たのが衝撃的でいまだ脳裏に残っています。

自分がカブールを訪れた時にも市街戦が日常的に繰り返されており、20年が経過した現在も暗黒時代から抜け出そうともがいている段階と知るとは考えていませんでした。

アフガニスタンは外務省の危険情報スポットでも、ほぼ全土がいまだ最も危険レベルにあたるレベル4退避勧告が継続して出されている状態です。

この日の参加者よりの「アフガニスタンはいつ頃から外国からの観光客を受け入れる等の目標年はあるのか?」との質問に答えるかたちで、「首都カブールの病院が武装グループの攻撃で死亡者が出る状態で、いまだ観光客受け入れを論ずる段階にはない」と答えていました。

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