春秋航空日本 IJ1051(成田→ハルビン)B737-800 極東ロシアの凍てつく河を上空から見て震える

f:id:tmja:20170217153545j:plain

2017年1月29日に就航したばかりの春秋航空日本の成田ー哈爾浜(ハルビン)線に乗ってきました。中国東北部(旧満蒙地区)+とロシア極東を集中的に訪れるのを此処数年の目標としていたので、春秋航空日本の販売開始と同時にすぐに航空券を買い求めました。中国はこれまでにも長期駐在以外にも100回を超え訪れているものの、黒竜江省は1度しか訪れたことがありません。

フライト予定の2時間前に成田空港第三ターミナルに到着しました。この便は成田発10:40初、ハルピン12:50着と、早朝深夜運行も多いLCCにしては利用し易いスケジュールになっています。予想はしていたものの、春秋航空カウンターは賑やかな人達の大行列。大陸の人が列に割り込んでくるのは当たり前としても、チェックインするまでに1時間近くを要したのは実に久しぶりで少し呆れてしまいました。チェックイン期限09:40になってもカウンターにたどり着けずの経験は初めてです。

春秋航空日本の国際線荷物制限は5kg/1人がベースとなっており、追加料金を支払う事により重量を追加できる仕組みになっているのですが、多くの乗客が重量オーバーを起こしており、カウンターと揉めているのが原因の様に見えました。自分は鞄からノートパソコンとスマホ2台を抜き取り計測して貰ったところ4.2kgで無事に通過できました。

f:id:tmja:20170217153547j:plain

荷物検査場も混雑を極めており、出発時間の15分前になっても通過する事ができずに大変焦ることに。緑色の制服を着た春秋航空スタッフが、乗客が何処に何名いるかの確認作業で歩き回っている時に自分に話しを振ってきました。何もこちらからは言っていないのにどうして区別が付いたのか不思議に思っていましたが、その理由は搭乗機に向かうバスのなかで判明、春秋航空の緑色のタグが自分の鞄に取り付けられていました。

10:15に搭乗ゲートをクローズすると何故か中国語のみでアナウンスが流れ、その時間を5分頃過ぎたところで荷物検査場をやっと通過することができ、搭乗ゲートまで走っていきナントカ間に合う事ができました。あまりギリギリな体験はしたくないものです。

f:id:tmja:20170217153549j:plain

この日に搭乗する機体は、空港ターミナル南側の426番スポットに駐機していました。ここに至るまでのバスを春秋航空ベストを着た女性スタッフが運転していましたが、一時停止無視、スポットまでのルートを理解していないのか、同乗していたスタッフに逐一聞きながらの若干粗い運転でした。

f:id:tmja:20170217153552j:plain

機体は春秋航空日本の1号機です。9割方の座席は埋まっているようで、中国人8割&日本人2割ぐらいに見えました。以前に春秋航空日本の国際線(武漢行き)に乗った時の機内アナウンスは日本語→中国語→英語でだったのですが、今回のフライトは目的地まで中国語→日本語+英語となっていました。

www.waypoints.blue

f:id:tmja:20170217153550j:plain

周りを見回すと、乗ってきたバスの向こう側(搭乗タラップのさらに後ろ)に横堀大鉄塔が比較的近くに見えていました。この鉄塔はぱっと見には通信設備か何かに見えるのですが、空港建設反対派が航空機の妨害のために建てた建造物です。

f:id:tmja:20170217153554j:plain

2倍ズームで鉄塔を撮影。反対側の誘導路から(フェンスで覆われている側)この鉄塔を旅客機の中より見ることはこれまでも多々ありましたが、反対側のこちら側から見たのは初めてかもしれません。

第二滑走路南にある東峰神社は行く理由を説明することが出来ても、この大鉄塔へは予想される空港警備隊からの尋問に対して、回答に窮するのが目に見えているので行くことが出来ないでいます。

f:id:tmja:20170217153518j:plain

若干出発が遅れましたが動き始めました。ターミナルを離れたスポットでも「お手振り」をする地上スタッフ達。今年に入ってからは「お手振り」に応えたくなり、なるべく手を振り返すようにしています。

f:id:tmja:20170217153519j:plain

第一滑走路を北へ離陸。「がんばろう!日本」は初めて見た気がします。1フライト中に1箇所ターゲットを事前に決めて、上空から確認する事を自分ルールとしています。今回の成田→ハルビン線ではウラジオストク市街を目標にしてみました。ハルビンはヨーロッパ路線同様に新潟辺りから日本海に抜け、ナホトカあたりから大陸に上陸路線と予想して左側の座席を指定しました。

f:id:tmja:20170217153521j:plain

離陸後すぐに見えた成田市街地です。今回の座席は5Aで、数列前に座っていた女性は障害があるのか、携帯用ホワイトボードを利用してCAさんと意思疎通をしていました。緑色の縁のホワイトボードだったので、もしかすると春秋航空が用意していたものなのかもしれないと思いました。

f:id:tmja:20170217153522j:plain

蛇行する利根川と(写真中央の)ニッソーカントリークラブに挟まれたところに600mの滑走路が見えるのが解りますでしょうか? 上昇中に大利根飛行場の場周経路に一機飛んでいるのが見えていたのですが、写真上では何処を探しても見つからりません。

f:id:tmja:20170219174840p:plain

大利根の機体に気を取られていたら、新中央航空の竜ヶ崎飛行場が過ぎ去ろうとしていました。此処はあまり訪れる機会がなく、昨年は1度だけお邪魔したきりになっています。

f:id:tmja:20170217153524j:plain

写真中央下に牛久沼、地平線の上には白い頂きの富士山が遠くに見られました。東京から西へ向かう便と違い、機内アナウンスでも「現在XXX上空を飛行中、皆様の左手に富士山がご覧になれます」等は北行きの便では聞いた事がない気がします。

f:id:tmja:20170217153526j:plain

地上が雲の絨毯に覆われてしまいました。写真手前に富士重工業の研究センターが見えます。左手に広がるのが佐野市、その向こうが足利/太田市と群馬県に入る手前あたりを飛行中、「鶴舞う形の群馬県」の首にあたる部分です。この辺りで残念ながら雲上飛行に移行してしまい、次に地上が見られたのは大陸に上陸する直前でした。

f:id:tmja:20170217153527j:plain

極東ロシアの沿岸部に上陸。その後に初めて見つけた集落です。山間部の水がありそうな場所こそ凍結しているように見えるぐらいで、極寒のシベリアとの印象からは遠い景色でした。積雪も余りないようです。

f:id:tmja:20170217153528j:plain

1860年の北京条約にて清朝から獲得した外満州地区にロシアが建設した不凍港のひとつ・ナホトカです。不凍港、不凍港と何度も耳にした事はありましたが、2月でも実際に凍結していないナホトカ湾を見られたので腑に落ちた気がしました。

f:id:tmja:20170217153533j:plainウラジオストクの事をまったく分かっておらず、5年前程のAPEC開催時に架けられた金角湾に掛かる連絡橋はこれかと思いこみ撮影してしまいました。後で調べてみるとルースキー島連絡橋という大橋らしく、ウラジオストクの中心地はこの写真より手前側と解りガッカリ。ウラジオストクは不凍港と言いながらも、周辺は薄く氷が張っているのが解ります。今回の目標ウラジオストク市街は見られたので目標達成です。

f:id:tmja:20170217153529j:plain

もう少し西へ進んでいくと、スイフェンフォー(中国名)がピョートル大帝湾に注ぐ場所まで移動。眼下に市街地が広がっているのが見えますが名称不確定(地図で調べる限りではタヴァリチャンカという1万人が暮らす街らしい)。この辺りまで来ると、どの様な生活をしているのか自分には考えもつかないところです。たぶん、生きていけなさそうな気がします。

f:id:tmja:20170220091049j:plain

ひとつ上の写真を地図で示すと赤矢印あたりになります。わずかに吉林省の延吉と軍春の2箇所が地図上で過去に訪れた事があるのみで、情報量が比較的少ないこの辺りは興味津々です。タヴァリチャンカという町を検索してみましたが、該当する情報は日本語ではほぼ皆無。大正時代はウラジオストクにも6千人の駐留日本人がいたというので、戦前の呼び名が分かれば日本語での情報も得られるのかもしれません。ウラジオストクから北東に伸びるシホテアンリ山脈は世界遺産にも登録されているので、機会があれば是非とも訪れたいと思っています。

f:id:tmja:20170217153538j:plain

深い山脈から平野部に映るところで撮影。東京からだとハルビンまでは1582km、那覇までが1556kmとほぼ変わらない距離にあります。中国パワーで開発が進み施設も良くなっているらしいので、近い将来にはスキーをしに東京からハルビンまで週末弾丸旅行と言うのも出来そうに見えます。

f:id:tmja:20170217153539j:plain

北海道でもよく見る風景。ただし、地平線まで山脈などの遮るものがなく、そのスケールの大きさには目を見張るばかり。

f:id:tmja:20170217153541j:plain

哈爾浜太平国際机場に北東から最終アプローチ中。ロシア沿岸地区の厳しい自然環境を目にしたばかりなので、綺麗に除雪されている市街地や高速道路には驚きました。

f:id:tmja:20170217153543j:plain

哈爾浜空港に到着しました。実に20年ぶりのハルビンになります。ターミナルビルもかなり古さを感じさせられますが、2017年には第二ターミナルが開業する予定と宣伝をしていました。降機した後にバスでターミナル移動となりましたが、ターミナルは旅客機の真後ろにあり、バスでの移動時間はものの数十秒でした。乗客からも「もう着いたのか? バスに乗る意味なし」の声が聞こえていました。

f:id:tmja:20170217153536j:plain

入国手続きを終えて国際線ターミナルを出ると、哈爾浜国際氷雪祭が開催中のためか大きな氷像が駐車場に飾られていました。氷祭りは、今回のハルビン訪問の目的のひとつなので、このような結構立派なものがあると嬉しい歓迎を受けた気分になりました。

2月のハルビンは最高気温マイナス10度、最低気温マイナス20度と聞いていたので、真冬の北海道より寒いのかと身構えていましたが、風がまったくなかった為か温かくさえ感じられる日でした。少し前に訪れた網走の方が、降雪と風があり哈爾浜より寒さを感じた気がしました。