鋳物のまち川口、国内唯一のべーゴマ専業メーカー日三鋳造所

f:id:tmja:20180403111400j:plain

都内西巣鴨の交差点から国道122号線を走り、飛鳥山を越えて新荒川大橋で隅田川と荒川を渡ると埼玉県川口市に入ります。川口市は埼玉県の東南部に位置し、荒川を挟んで東京と接していることにより戦後12万人程だった人口が昨年60万人を突破。現在では高層マンションが立ち並ぶ街並みで有名な町です。

f:id:tmja:20180403111413j:plain

川口は鋳物の町としても有名で、荒川、芝川による運搬の便と河川から取れる土と粘土により江戸時代から鋳物が盛んになり、2つの大戦による盛大な需要に応え県下最大の重工業都市「鋳物の川口」と発展してきました。現在でも鋳物や機械が川口市での産業が中核をなすも、重工業から住宅都市へと現在では変貌しています。

今回はそんな川口市に国内唯一べーゴマ専業メーカーがあると聞き、訪問して良いかを電話で事前確認をした上で子供達とクルマで出かけてみました。「弥平にありますので」と案内を電話で頂くも、川口市の地名は殆ど分からず、「カーナビの案内でお伺いしようと思います」と答えたのでした。

f:id:tmja:20180403111444j:plain

まずは川口市金山町に鎮座する総鎮守・川口神社にお参りに。こちらは度重なる水害に悩まされ、大宮の氷川神社を勧請し「氷川社」としてまつられたのが始まりだそうな。素戔嗚尊、菅原道真、宇迦之御魂命、保食命あわせて金山彦命が御祭神となっており、鋳物のまち川口らしく金属技巧の神である金山彦命が社殿右手に別宮あつかいで祀らていました。f:id:tmja:20180403145250j:plain

上の写真は島根県安来市にある金屋子神の総本社。日本を代表するトヨタ自動車本社敷地内の豊栄神社で祭られているのも安来の金屋子神社より勧請された程と霊験あらたか。鋳物業を生業とする人が多く住む川口でも、金属技巧の神は厚い崇敬を受けているとわかりました。

f:id:tmja:20180403111355j:plain

川口神社と荒川沿いの善光寺を結ぶ裏町通りです。ここは金山町界隈で多くの鋳造工場と商店で賑わった通りで、左手に少し写っている川口最古の鋳物工場「永瀬留十郎工場」から川口神社方向を撮ってみました。

f:id:tmja:20180403111346j:plain

裏町通りにある老人福祉センター本町たたら荘に掲示されていた昔の裏町通りを写した白黒写真がありました。短い距離を歩いただけですが、金属加工をする音があちこちで現在でも聞こえるで、当時は音に匂い、屋根に立つキューポラ、子供達の声と賑やかだった頃の姿が浮かびます。

f:id:tmja:20180403111351j:plain

目に留まった看板。特別工業地域とは何かと後日調べたところ、川口市ではなく埼玉県が昭和39年に制定した条例で「川口都市計画特別工業区域内においては、金属の融解又は精錬の事業営む工場用途供する建築物は建設することができる」とありました。

指定されている範囲は自分の予想と異なり、JR川口駅付近は除くものの市街地が大きく範囲内となっていました。これだけ宅地化が進んでいるので、荒川沿いの隅に追いやられたのばかし思っていたので、どれだけ鋳物業界がこの町で勢力を誇ったかが分かる気がしました。

f:id:tmja:20180328145628j:plain

こちらが川口市弥平の目的地・日三鋳造所のある通りです。川口市の南東部にあたり、先程話しに出た特別工業地域の外に位置していました。もう少し工場が集まっていて東大阪や大田区のような雰囲気を思い描いていたものの、住宅地のなかにポツリとある感じでした。

f:id:tmja:20180328145614j:plain

日三鋳造所の入口。赤字にべーゴマと白抜きされたノボリがはためき、その下にはべーゴマ資料館見学自由&べーゴマ販売していると貼り出されているのを見て一安心。これであれば子供達が見たいからと建前を繕わなくても大丈夫そうだと思ったのでした。

f:id:tmja:20180328145632j:plain

各地の厳つい工房を訪問している息子は怖いもの知らずで、スタスタと先に入ってしまいました。女性の方が見えたので、「今朝お電話したXXXと申します。お邪魔させて頂きます」とまずは挨拶をして、息子デザインのべーゴマを特注をしたい旨を伝えて、訪問の趣旨を説明しました。

f:id:tmja:20180328145600j:plain

資料館には色々なべーゴマが飾られています。江戸時代にはバイ貝を加工した独楽が廻されており、中身が空洞になっている酒器のおちょこ型のモノは「おちょこベー」と言うそうな。展示されている実物を見ても分かる通りに外周の溝も深く、元の貝のかたちを維持しています。

f:id:tmja:20180330153606j:plain

江戸時代の書物に描かれた独楽を廻す童子が右ページにあり、バイ貝と見受けられる貝を使っているのが見てとれます。自分が小学生頃は金属製べーゴマで遊んだ記憶がありますが、それ普通だと思い込んでいて、べーゴマに種類があると資料館に来て初めて知ることになり結構オドロキでした。

f:id:tmja:20180328145618j:plain

ねずみ鋳鉄の灰色で金属の匂いがするべーゴマしか知らない自分には、このマニキュアで着色したべーゴマにもビックリ。こちらでも自分の古い固定概念はみごと打ち壊されてしまいました。もし着色が可能ならば、特注デザインにも大きく影響すること必至です。

f:id:tmja:20180328145554j:plain

べーゴマの金型だと説明を受けた記憶があるのですが、砂型から取り出して各コマに分解する前の仕掛品のように見えます。この辺を見ながら、どれくらい細い線が出せるのかや、どうやって特注品を造るのかを質問していました。

f:id:tmja:20180330154728j:plain

日三鋳造所は昭和28年創業で主に機械部品を製造してきました。当時べーゴマは川口市内の沢山の鋳造所が片手間で製造するもので日三鋳造所もその一社でした。べーゴマは暇な時に作っておき、お祭り場に持っていけば現金化できるちょっとした小遣い稼ぎだったそうです。

周囲の宅地化に伴い、匂いと煙、騒音を出す工場は20年程前に日三鋳造所では手仕舞いに。中止した頃にはべーゴマを手掛ける鋳造所は川口市には残っているおらず、より市郊外に位置する河村鋳造所に製造委託をするかたちでべーゴマ製造を開始したそうです。現在では週に一度のペースで鋳造所に金型を持ち込み、べーゴマを製造していると伺いました。

f:id:tmja:20180328145610j:plain

敷地内に赤い「こしき炉」が置かれていました。コークスの燃焼熱を利用して鉄を溶かす炉で、溶けた鉄を鋳型に流し込み製品を造るのに使用されていました。その奥に箱載せたフォークリフトが見えていますが、鋳造所で型に流し込んだモノを、この箱の中でバラバラしているとか。現在専業でべーゴマを量産しているのは日三鋳造所一社。関東では兼業でべーゴマ製造している会社が他に2社あるのみだそうです。

f:id:tmja:20180328145607j:plain

自分が資料館を見ている間に息子が何をしていたかと言うと、べーゴマの伝道師として有名な中島さんを独り占めにして、マンツーマンでべーゴマを習っていました。鉄芯の入ったコマは一時期ハマっていたのでコマは回せるるものの、べーゴマは紐の巻き方から違いナカナカ苦労していました。それでも最後には前傾姿勢も習得し、ひとりで回せるようになっていました。

f:id:tmja:20180328145622j:plain

資料室と反対側の部屋にべーゴマの販売室もあります。最も一般的な角六が250円。息子は伝道師に選んで貰った角六と青いカラー紐を、娘は兎柄のコマと赤いカラー紐をお買い上げです。子供達は伝道師の真似をしてべーゴマと紐をセットにしてズボンのポッケにしまっていました。

f:id:tmja:20180328145547j:plain

日三鋳造所で買えるべーゴマは上の写真に写るモノで合計10種類ほど。これに角六であれば六大学のイニシャルが表面に刻まれたものがKMHRTWの6種類、その他沢山の表面絵柄があり多種多様です。これらのべーゴマをベースに、べーゴマの足の部分をヤスリがけしてバランスをとったり、相手のコマの下に潜り込めるように表面カドを削ったりと自分でカスタマイズしたりもできます。

f:id:tmja:20180403111436j:plain

JR川口駅前の広場の片隅にはキューポラのモニュメントが立っています。最盛期は1,000社を数えた鋳物工場は現在では150社程に減少してしまいました。とはいえ、工場のそばを少し歩いただけでも削り加工の凄い音が耳に響き、俗に言われるフェノール臭がも漂っていました。川口の鋳物は高層マンションに全て押しのけられた訳ではなく、歳は老いてもまだまだ現役のようでした。

f:id:tmja:20180403111430j:plain

駅構内の改札前キオスクにも日三鋳造所のべーゴマが販売されています。日三鋳造所ではべーゴマ販売個数増加しており年間30万個に現在では達するとか。平成生まれはべーゴマを知らないと言われて久しいですが、現在各地でべーゴマ大会が開催されており愛好家が増えているそうです。

平成が終わりかけている現在でべーゴマがまた受け入れられ、べー床に向かってチッチノチとの合図でコマとコマをぶつけ合って勝負を挑めるのは日三鋳造所のように量産を継続してくてる会社が残っているおかげだと思いました。川口の鋳物産業と併せて、べーゴマ造りも長く続いて欲しいと願うばかりです。