佐賀バルーンミュージアム、ジェネアビがここまで認知されていたとは!

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絶滅寸前、天然記念物指定も近いと危惧される国内ジェネアビで、唯一気を吐く佐賀のバルーンフェスタ。熱気球の街・佐賀市に2016年秋開館した佐賀バルーンミュージアムに、九州出張に併せて、やっと、やっと訪れることができました。

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急遽訪れる事になったので、事前の下調べ無しで来てしまいました。博物館併設の駐車場があると知らずに県庁寄りの有料駐車場にいれて南側より入館。

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入ってすぐに目に入ったのは佐賀の物産展売り場。ツアーの団体さんが沢山おり、賑わっていました。

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建物のメインロビーにあたるところには実物大の熱気球がド迫力の展示。写真を撮っていると、館内の女性スタッフの方に促されて撮影スポット?まで後退して、決まったアングルで撮影してみました。

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入場料500円を支払い博物館へ入ります。 階段をあがると見えて来るゴンドラ。なんと、日本で初飛行したイカロス5号の実物ではないですか!

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このスペースは「気球の殿堂」と言うらしく、日本の熱気球発展に貢献された方々が紹介されています。イカロス5号は球皮、ゴンドラとバーナーで担当が別れていたはずで、以前一度京都でお会いした嶋本さんは、そのどれかを担当したはずと思い出せないでいると・・・。

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嶋本さんの設計図(こちらも本物)が展示されていました。傍らにあるビデオ上映機で流されていたイカロス昇天グループの日本初飛行に至るまでのドキュメンタリー「大空は僕らの夢」を食い入るように見入ってしまい、離れる事ができませんでした。

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2階の展示スペースは結構広く、沢山の人達で賑わい。雁字搦めの規制で航空局に物申すをした事もありましたが、行政が熱気球(ジェネアビ)の素晴らしさを認知して、このような素晴らしい博物館まで町の中心に作り、そこに人が集まっている光景は感動すら覚えました。

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専門用語が多い業界ですが、小学4年生が理解できるレベルで書いたという説明は、熱気球の歴史から実際の飛ばし方まで非常に分かりやすかったです。

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佐賀を出発してバハ・カリフォルニアまで太平洋横断時に実際に使用された衣類等も展示されていました。

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熱気球シミュレータもあります。佐賀バルーン大会に参加した外国チームが是非とも1式購入したいと打診があったとか。

操縦桿のない熱気球はどうやって操縦するのかは長年疑問でしたが、このシミュレーター体験でその片鱗が見えた気がしました。

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熱気球で操縦できるはバーナーの強弱による上下方向への移動のみ。写真に写っている男性の頭の上にバーナー調整レバーがあり、これで火力を調整して動かし、地形や高度によって吹いている風向が違うので、その風を渡り歩いて、行きたい方向へ向かって行くまでは理解できました。

滑空機でも上昇気流を探して、渡り歩くのは経験したことがあるので大枠では理解できるものの、熱気球はそれ以上の空気の読みが必要そうで、どのように風を熱気球のパイロットは読んでいるのか知りたいと思いました。

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2階から館内ロビー部分を見下ろすと、気球からモノを落として誰が一番X印の真ん中に落とすかを競う競技のバツ印が床に描かれています。

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反対にバツ印の位置から、ゴンドラを見上げてからバルーンミュージアムを出ました。

今回は出張の合間をみての訪問となり、2時間足らずの博物館滞在でしたが非常に満足のいく時間を持てました。1969年9月27日に熱気球日本初飛行をした2人のうちのひとり、梅棹エリオ氏が記した「イカロス5号」を無性にもう1度読み返したくなりました。

<2017年7月1日追記>

絶版になってしまったようで、図書館から借りることになりました。