鮭遡上の南限・利根川の河口から154km利根大堰で「サケ遡上・採卵観察会」、1万キロを旅して故郷へ向かう鮭達の姿

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埼玉県行田市にある利根大堰て毎年開催されている「サケ遡上・採卵観察会」。昨年も見に行こうとしていたものの、子供の用事で断念したので2度目の挑戦となります。2017年の開催日は11月11日。妻が仕事で出かけていたので、子供二人を連れて東北自動車道を飛ばして現地入りしました。

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「ただいま サケ遡上中 利根大堰」とサーモン色ののぼりが強い風になびいています。独立行政法人水資源機構が毎年公表している鮭遡上情報を10月中旬から確認し続けていましたが、11月9日まで遡上して来た鮭の数はなんとゼロでした。今年は鮭の数が例年の数分の一と少ないとは聞いていたもののゼロとは…。

鮭が遡上していない川を子供達に見せても意味がないと半ば諦めていましたが、9日に訪問する/しないの最終決定する為に遡上数データを覗いてみると、2桁でしたが遡上した鮭数字の更新情報がありました!!  それで、少しでも期待が持てそうなので、行田市を訪れる事を(妻に内緒で)決定したのでした。

アユ・サケの遡上データ 平成27年度 | 水資源機構 利根導水総合事業所

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利根大堰の下流側にある運動公園に駐車するスペースが用意されており、係員の誘導を受けてクルマを停めました。開催開始時間の午後1時ジャストに到着。車内で寝てしまっていた娘を抱えて、会場へ向かいます。

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冷たい風が吹き付け、河岸に打ち付ける川が日本海の荒波ように砕けていました。昭和30年代まで多摩川水系に依存していた都民の水源を利根川水系に切り替えたのが、この昭和42年に完成した利根大堰です。現在では都民の水の割合は、利根川水系が78%、多摩川水系が19%となるまでになっており、東京23区は言うに及ばず日野市あたりまで利根川水系に依存しており、この利根大堰がその要となっています。

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会場にやってきました。各種催し物の他にも食べ物のお店の幟も立っています。この寒いなかで、うちの子供達はかき氷を頬張っていました…。副市長さんが壇上に立たれ、テレビドラマ「陸王」の事を話しているのが聞こえていました。

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会場入口付近にあったスマートボールに兄妹で挑戦。利根大堰から主要浄水場までの水の流れを描いたスマートボールの台で、地図で東京の扱いがここまで小さい(埼玉9、東京1ぐらい)のを見るのは珍しいと観察してしまいました。

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この緑の着ぐるみは、初めて見るゆるキャラで何処から来たのかも分からず。アホな我が子供達は、裾の部分から中の人を見ようと嫌がらせのように覗き込んでいたり、

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行田市のゆるキャラ「フラべぇ」を本気で押し倒そうとしたりして、目を離す事ができません。

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利根大堰に12門のゲートと魚が通れる為にと設けられた3本の魚道があります。「大自然の観察室」と書かれたところへ階段を下り、1番手前(埼玉県側)の魚道を水面下から見学できるようになっています。

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出典: 行田市

この図解が1番解りやすいと思いました。この日にセンサーで数えられた鮭の数は1号魚道が67匹、2号魚道が55匹、3号魚道はゼロと後日の公表ではなっていました。

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 地下空間には水中を覗き込める3つの観察窓があり、遡上する鮭を見ようと沢山の人が集まっています。

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1番人が多かったのが川上側の窓でした。60cm以上はあろう鮭が川上に向かって泳ぎ、その魚影の濃さに一瞬で圧倒されてしまいました。生命の力強さ、躍動感が伝わってくるかようです。これには子供達も目が釘付けになり、その凄さを感じてくれたようでした。下のビデオは鮭が水中から飛ぶところ。

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1号魚道を上から見ようと、川の傍で人が集まっている場所に近づいて行きます。

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1号魚道は2号/3号と違いがあり、写真中央下部に写っている「コの字型」 の魚が休憩できる場所が設けられています。そのコの字の上に飛び跳ねる鮭を写真に撮す事ができました!

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この鮭は千葉県銚子に位置する利根川の河口(上図の左向き矢印)から、埼玉県行田市の利根大堰(上図上向き矢印)まで154kmもの遡上を成し遂げた一尾です。更に上流の群馬県各地の河川で産卵をする事になります。

鮭は冷水魚なので、寒流の勢力が強いところにおり、寒流の親潮と暖流の黒潮がぶつかる亜寒帯境界線にあたる千葉沖が南限となっています。太平洋側では利根川が事実上の南限ですが、よく考えると利根川は江戸時代以前は東京湾に注ぎ込んでいたはずなので、利根川には鮭はいなかった事になります。

江戸の水害対策として鬼怒川の流路までを人工的に切り開き、銚子沖で太平洋に至るように利根川を東遷させた経緯があります。とすると、鮭の南限は鬼怒川だったのを、この河川の架け替えにより利根川まで南下したのかもと思い至りました。

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採卵のイベントが始まりました。子供達は優先的に舞台前方で見られるようになっており、娘と一緒にいたため自分は、かなり近くでみる事ができました。採卵は魚の腹を切るのかと思っていたら、麻酔をかけたメスのお腹を絞って卵を出していました。

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同じく麻酔をしたオスから精子を取り出し、卵を入れていたボールに川の水を加え受精。この受精卵は近隣の小学校に配られ、数ヶ月後に稚魚として利根川に放流されるそうです。鮭が卵から稚魚になる迄は合計480度とほぼ決まっており、水温10度であれば48日後に稚魚となる不思議なルールがあったりします。そして、そのうちの何パーセントかが4年後にまた利根川を遡上し、生命のバトンを子孫に渡して行く事になります。

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日本の川で産まれた鮭は春に生まれ故郷の河川より海に降り、沿岸部で数ヶ月後を過ごし力を蓄えます。初夏にオホーツク海へ渡り、その後に西部北太平洋で越冬。翌年の春になるとベーリング海に渡り、続く数年間はアラスカ沖で越冬し、春になるとベーリング海で過ごすのを繰り返す大回遊をしながら成熟魚へと成長していきます。成熟魚となった夏に、ベーリング海を離れて千島列島を渡り、9-12月頃に自分達生まれ育った河川に戻って来るののが日本鮭の一生です。その旅する距離は1万キロ以上。

利根川はベーリング海から最も遠い川で、親潮(寒流)の南限近くに河口が位置します。この日に目にした鮭の群れは、その最も遠い回遊ルートを辿り、最も遅い遡上時期と、200kmにも及ぶ遡上、最も早い稚魚の降海という最難条件を乗り越えてきた鮭達でした。

この辺の事を帰路の車中で子供達に説明をしたのですが、「へ〜、そうなんだ」とだけの寂しい反応。鮭はロマンの魚と思っている自分には、予想はしていたもののガッカリ。ここで挫ける訳にもいかず、来年にでも、知床のオンネベツ川に子供達を連れて行き、「凄すぎ…」と言葉に詰まるような鮭で埋め尽くされた川の光景を見せてやると決意したのでした。