福島県内国道6号、帰還困難区域14km

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親族が行方不明のままとなり、父の生家も蔵、長屋門、主屋等のガラスが割れ、瓦が落ち、壁にヒビが入り、墓も倒壊。放射能の影響で貸し出ししていた土地も多く解約(椎茸栽培で貸していた竹藪が一番早かった)。

3月11日午後は震度6を受けた場所に自分はおり、自宅に帰るまで2日間を要しました。福島原発にもしもの事があった時の大きな混乱を避けるためにと、1歳の息子と妻を住まいのある関東から関西の親族の処に一時避難もさせていたりといろいろと大変だったのを思い出します。

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仕事で福島県いわき市を訪れたので、国道6号線を北上して福島第一原発側を通り、浪江町の国道114号線(常磐高速西側)を見てこようとクルマを走らせました。2014年に一般解放された直後に1度だけ仙台まで6号線を北上した事があり、このルートを震災後に走るのは今回で2度目となります。

上の写真は四ツ倉駅前の交差点です。3月11日には此処の交差点より先に浸水した地域があり、警察が出て昼夜問わずに通行止めにしていたと地元の方より聞いた場所でした。

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東日本大震災の1ヶ月後にいわき市に入った時には、水戸を越えたあたりよりラジオを常に流し、トンネルを通る度に地震が起きて崩落しないかと過度に心配をしていたのを思い出します。いわき市の街歩く人がいっさいマスクをしていなかったりしていたのも驚きでした。自分の知人でも、家を津波で破壊された人、小名浜の工場が自宅の前にありクルマだけ流されたで済んだ人等もいます。

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帰還困難区域と原発周辺の主要道路の通行状況を示した地図。常磐高速と国道6号を通過する以外には、いまだ域内で停車する事すら違法になる場所が多く残っています。しかも、窓の閉まる4輪車除く二輪車、トラクター等の軽車両や歩行者の全てが放射能の影響で浪江町ー富岡町北部の間の通行禁止。自動車であっても窓を閉めて、エアコンを車内循環にするように求められているのが現状。

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テレビでも名前が連呼された「富岡町」に楢葉町より入ります。富岡町は原発事故による全町避難を受け、1万5千人いた住民がゼロになった福島第二原発近くの原発の町。帰還困難区域指定箇所を除く多くの場所が避難指示区域から解除されたのは、震災から6年経った今年春。

ここから画質が落ちているのはクルマに据付けたスマホを写真からビデオに切替をしたからです。

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何処にでもある日本の田舎道に見えますが、木立の向こうに見えるのは福島第二原子力発電所。現在、原子炉内の燃料は東電や政府を信じるのであればゼロのはずです。

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陸橋中央に標識があり「富岡駅1km」と見えました。陸橋の奥に見える出光は営業しており、反対車線の歩道には男性が普通に歩いていました。 

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「夜の森」と呼ばれ、岩城藩と相馬藩が争った東北と関東を分ける地域境界線が近づくにつれ、「帰還困難区域」に近づいているとの注意喚起の看板が増えてきました。夜の森の北側には福島第一原子力発電所、南には福島第二原子力発電所があります。

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左手の警官が立っている場所が富岡消防署で、此処から先が政府が定める帰還困難区域です。道路左右には帰還困難区域(高線量区間含む)であり、自動車以外の通行を禁じる注意喚起が看板でこれでもかとなされています。警官の服装が防護服でなく、マスクだけの軽装なのが大丈夫なのかと気になります。

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ロードサイドの店舗という店舗は営業していないどころか、入口にはバリケードが設置されており、クルマでの侵入できなくなっています。

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熊町郵便局前付近の民家の全てにバリケード。初めて数年前にこの光景を見た時には、余りの異様さに閉口してしまいましたが、2度目の今回は「まだ、この状態のままか...」と現状を再確認しただけ。前方の信号が黄色になっていますが、帰還困難区域内の黄色信号の交差点は直進のみ可。

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青信号の交差点は警備員がおり、特別許可証と身分証を持っている人のみ侵入可の意味になります。

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長者原の交差点前。この手前では福島第一原子力発電所の建屋が右手に見えていましたが、固定して撮影していたビデオには写っていませんでした。反対車線を南に向えば撮れそうな気もしましたが、Uターンをして良いのか判断できなかったのでギブアップして直進しました。今年前半に一度だけ、この地区を上空から眺める機会があったので、福島第一原発を肉眼で見るのは今年2度目でした。

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福島第一原子力発電所より凡そ3km、帰還困難区域にて「復旧・復興に不可欠の事業」として唯一営業しているガソリンスタンドです。1年程前にニュースになっていたのを、その特徴的な柱の装飾で思い出しました。たしか3.8マイクロシーベルト/時を大きく超えない事が営業条件とあり、放射線量が条件となっている国内唯一の店舗ではないでしょうか?

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今回6号線を走っていて一番驚いたのは、こちらの伊勢屋(コスモ石油)でした。普通の街中では気にも止めないのですが、帰還困難区域で客引きの幟がはためいているは異様な光景だからです。

上述の出光が唯一の帰還困難区域内のガソリンスタンドだと思っていましたので、走行車線側にあったのもあり、思わず入ってしまいました。駐停車厳禁の帰還困難区域内で停車できるとは思っていなかったので驚きです。こちらのオーナーによると、震災当日は避難する車への給油を翌朝まで続けていたそうで、今年6月にこのガソリンスタンドを再開するにも大変な苦労があったと言われていました。

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浪江町に入る処でスクリーニング場があり、青信号を右折または左折して高放射線量区域に入った人は此処でクルマと人の検査を受ける必要があり、防護服やマスク、靴袋を廃棄する場所です。帰還困難区域はここまでとなります。

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浪江町役場の交差点を左折し、左右にバリケードがされた住宅の残る114号線を走りました。114号線は浪江町より飯舘村までの放射能汚染の最も厳しい地域への主要道路です。最近のニュースで114号線の常磐高速西側も一般的解放と聞いたつもりでしたが、9月20日からが実施日と警備員に教えて貰う失態を犯してしまいました。この警備の方からは沢山の事を教えて頂きました。

浪江ICから常磐高速に乗っていわきに戻ることにしました。高速道路にも放射線量の電光掲示板があり浪江ー富岡間で3.48マイクロシーベルト/時が写っています。より原発に近い国道6号に数箇所設置されていた掲示板では6.5マイクロシーベルト程が今回通ったルートで最高値でした。

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いわき駅に戻ってきた時に駅前デッキより見える茜色に染まる雲が神々しく、多くの人が携帯で写真に収めていたので自分も参加。今回撮影した6号走行ビデオは来年3月に岩手県で親族が集まる時 に披露しようと考えています。

慣れというのはの怖いもので、今回は浸水地区であった場所を通る場合でもラジオもつけなければ、マスク等の装備も全くゼロで走っていまいました。3年前に通った時と比較して、帰還困難区域の解除、原発至近地区にもガソリンスタンドが営業する等の変化が目で分かる事も多かったと感じました。

以前は線量の高い国道6号は復旧作業と一時帰宅等に限定的解放にして、一般的車両は常磐高速を無料解放して迂回させるべきと考えていました。復興の一部を今回は垣間見て、目に見えないのは放射線だけでなくなく、地元の方々の思いもあると感じられたので国道6号を一般解放するのは意義があるのだと思うようになりました。