仕事をサボって大連現代博物館見学

f:id:tmja:20170728162131j:plain

仕事の訪問先と大連現代博物館があまりに近く、仕事を早く切り上げて寄り道してみました。戦前に星ヶ浦と呼ばれた元高級リゾート地を再開発した巨大な星海公園の北側に博物館はあります。

f:id:tmja:20170728162206j:plain

中国らしく巨大なハコモノ。建物手前には蒸気機関車が展示されています。ここの常設展である大連の現代史をテーマとした内容が良いと聞き興味津々でした。

f:id:tmja:20170728161743j:plain

実は、博物館のホームページを見て企画展「祥雲托起珠穆朗玛」を事前に把握していました。仕事をサボる価値があると断言できる程に自分の趣味にどストライクなテーマ。

事前調査不足でしたが、入館にはパスポート等の身分証明書が必須と博物館入口で判明。生憎持ち合わせず。普段であれば出直せば良いやと廻れ右するところですが、すぐに見たい一心で係員を口説き、スマホ内に入っているJAFのデジタル会員証で正面突破して入館してしまいました。

f:id:tmja:20170728161810j:plain

常設展示の「近代大連」ですがアヘン戦争後から中華人民共和国建国の歴史に焦点を当てた展示となっており、ロシア侵略の7年、日本植民地統治の40年、中ソ共同管理の10年と、中国の他の都市では見られない特殊な歴史が展示内容となっています。

f:id:tmja:20170728161753j:plain

やはり、日本人として気になったのは「1904-1945の日露戦争と日本植民統治」と「多元文化の交流と融合」の日本が深く関わる時代のコーナーです。

f:id:tmja:20170728161801j:plain

外国統治の歴史は決して認めず、共産党の偉業を引き立てるために被害者の立場を強調気味な愛党主義の宣伝だけでもなく、豊富な資料や写真を用いて大連がどの様に発展していったかの説明があることに驚かされました。

f:id:tmja:20170728161806j:plain

しかも、当時の街を外国の圧政ではなく、楽しさすら伺えるような賑やかな再現ジオラマが展示されてすらいました。街灯の点る旧浪速町地区。

f:id:tmja:20170728161747j:plain

当時の大連市街地の鳥瞰図です。中心に描かれている大広場には今回大連滞在の宿泊先の「ヤマトホテル」の文字も見えます。

www.waypoints.blue

f:id:tmja:20170728161757j:plain

学校教育で使用されていた地図帳。右側のページが満洲にハイライトを当てられたページになっていたりしていました。

f:id:tmja:20170728161831j:plain

博物館入り口の情報ボードには4階で展示と書かれているものの、エレベーターは動かず、エスカレーターは3階止まりと迷わされましたが諦めずに階段で辿り着きました。仕事サボり時間のハイライト、チベット仏教芸術精品展に進みます。

※此処から先の展示物へのコメントは自分の20年程前の知識と現地で急いで書いたメモに基づいているので、誤りが多数あるかもしれません。

f:id:tmja:20170728161853j:plain

入って直ぐ左手にはポタラ宮所蔵のソンツェン・ガンポ像(国家一級文物)。歴史上チベットを最初に統一し、唐から皇女・文成公主、ネパールから王女・テェツンを妃に迎え、チベットに仏教を導入した偉大なる王。頭にターバンを巻いて、そこから阿弥陀如来が覗いていれば此のお方。

f:id:tmja:20170728161902j:plain

吐藩時代の名宰相ガル・トンツェン。唐の女王・文成公主を王の妃とするために、インド、ペルシャ、ネパール等の代表と唐の皇宮にて知恵比べをし、螺旋状に穴の開いたトルコ石に糸を通すために蟻を使った話しが有名。

f:id:tmja:20170728161919j:plain

康熙帝がパンチェン・ラマ5世に贈った印(チベット語部分にパンチェン・エルダニーとあり5世と自分で判断しています)。

f:id:tmja:20170728161924j:plain

中華民国政府がダライラマ13世贈った玉製のアルバムとメモとっていました。中央の冊はモンゴル語? 満洲語?ため、まったく内容を推測できず。

f:id:tmja:20170728161934j:plain

この手紙は毛沢東がダライラマ14世に宛てた手紙で、チベットの青年を幹部育成のために内地へ送ることへの激励。この毛沢東手紙は以前、ラサにあるチベット博物館で見た事があるので同一のものだと思われます。

f:id:tmja:20170728161939j:plain

日本が飛鳥時代の頃のカシミール製仏像。グゲ王朝所有とメモを取っていますが、詳細不明。台座部分に書き込みがあるも自分には全然理解できず。

f:id:tmja:20170728161943j:plain

貝葉経の八千頌般若経の1部(12世紀)。パーラ朝の仏教美術の流れがチベット美術の根源にあるのが見られる。中国の研究者がパーラ・ヒマラヤ美術という言葉を使っていたのに以前違和感を感じていましたが、最近は理解できる表現だと思い始めています。

f:id:tmja:20170728162127j:plain

タンカがズラリと並んだ部屋に出ました。

f:id:tmja:20170728161951j:plain

金剛薩埵。13-14世紀のネパールの画風が強く残るタンカ。中国の画風の影響を強く受ける前の時代のタンカで非常に自分の好みです。

f:id:tmja:20170728162034j:plain

釈迦牟尼仏の両脇に舎利子と目蓮を配したチベット仏画でも最も目にする構図のひとつ。ブッダガヤの菩提樹の下でマーラの軍勢に勝利した場面。ひとつ上の金剛薩埵と同じく13-14世紀の作ながら、より北インド的な表現が見られます。

f:id:tmja:20170728162056j:plain

こちらも同じく13-14世紀に作成された釈尊に2弟子を配した仏画。大訳官リンチェンサンポが開いた西チベット・トリン寺跡より発掘された逸品。プラン、グゲ、トーリンは結局1度しか訪れる事ができず、廃墟となった遺跡部分をスコップ片手に掘れば良かったと後悔中...。

f:id:tmja:20170728162043j:plain

同じくトーリン寺より出土したヴァジュラ・バーラヒー(チベット名:ドルジェパクモ)。和名は知らずサンスクリット名を直訳すると金剛猪女となるのでしょうか?

f:id:tmja:20170808233215j:plain

今回展示されているタンカで最も古く13世紀のもの。モンゴル帝国を打ち立てたクビライカーンより帝師の称号を授かったパクパの座像。パクパはアーニコを筆頭とするネパールの職人を多数活用し、北京・北海公園の白い巨大な仏塔を初め、インド・ネパール美術を中国/モンゴルに橋渡しをした中心人物です。

f:id:tmja:20170728161842j:plain

8角形のガウ、目の前のは御守りと言うよりは装飾品。チベットでは緑がかった色合いが好まれるものの、こちらは空色。淡水真珠の間に挟まっているジーと呼ばれる石は、瑪瑙を加工したものですが、以前に北京の大学教授と一緒に再現制作してみたものと少し違う印象を受けました。

f:id:tmja:20170728162110j:plain

四部医典のタンカ群と言うらしいですが、詳細はチンプンカンプン。聴不憧、看不憧。

f:id:tmja:20170728162122j:plain

展示場の一画にチベットの仏間が再現されていました。この出品レベルの展示会を東京でおこなえば、週末は人と人の合間から鑑賞することになるでしょうが、訪問客も疎らで独り占めするかの様に鑑賞することができました。

自分の好みの13世紀前後のタンカも複数見られて眼福、眼福。短い2時間程の滞在でしたが、現代大連/チベット展共に満足度が高かったです。