牛久シャトー(シャトーカミヤ)を見学、神谷傳兵衛の偉業と寂しい現状

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1ヶ月程前の話しですが、ワイン好きの韓国の方と一緒に茨城県牛久市にある日本初の本格ワイン醸造所・シャトーカミヤ(現:牛久シャトー)を訪れてみました。

シャトー・カミヤのカミヤは浅草の観光名所にもなっている日本最初のバー・神谷バー(浅草1丁目1番地1)の神谷と同じで、共に三河出身の実業家・神谷傳兵衛により開業されています。関東大震災前には、神谷バー裏手には醸造工場もあったのですが、罹災後の工場再建は東京市の条例で再建は叶わず、川向こうにあった本所工場と併せて現存しておりません。

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出発はJR上野駅の2階ホーム8番線。特急ひたちの方が速達性が高く良いのですが、牛久駅には残念ながら停車しませんので特急ときわです。

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ゲストが一緒という事で、思い切ってグリーン車を奮発して40分程の列車の旅を愉しむ事に。

この牛久への小旅行の前にあちこち出かけて情報収集をしたばかりだったので、現在の日本ワインの盛り上がり具合を説明すると、「韓国は舶来モノを喜んでいるだけで、ワイン文化ひとつ取っても、日本は韓国より歴史も現状も進んでおり羨ましい」とお褒めの言葉を受けてしまいました。

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牛久駅を降りると「オー・シャンゼリゼ」が発車メロディとして流れたのに自分が驚いていると、一緒の韓国人が「この曲は韓国でも有名で、学生の頃に歌った記憶がある」と言っていました。

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シャトー通りと名付けられた道を歩いて10分程で、今回の目的地・牛久シャトーに到着です。

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掲げられていた地図の1番(本館)の手前、2つの駐車場に挟まれた場所に「ぶどう畑」と書かれた場所が見えました。道路を挟んで飛び地となっていても葡萄畑として残しているのは理由があるのかと思い、取り敢えず見に行くことにしました。

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此処がその葡萄畑です。鳥獣に荒らされなうというよりは、人が入れないようにと青いネットが巡らされています。どうして駐車場に挟まれた土地となっているのかは見当も付きませんでした。解説板等も一切なし…。

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牛久シャトーの正面入口に立ちました。此処にはだいぶ前に両親に連れられて来たことがあるきりで、 実に久しぶりの訪問です。「茨城の田舎に、こないお城のようななものが…」と当時も思いましたが、「最初期の本格的なワイン醸造施設」として重要文化財として登録されているとお墨付きだったりします。正直に言って、このシャトーの成り立ちを訪問前には全く理解しておらず、記念館や周辺建物に足を踏み入れ驚く事になりました。

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明治44年に撮られた写真。周囲を葡萄畑に囲まれているなかに、堂々たる西洋のお城のごとき建物が写っています。同じものなので当たり前ですが、現存する建物と瓜二つ。その前後に広がる葡萄園は栽培面積だけで40町歩と実に広大でした。

東京ドームにして8個分の女化原の原野を切り拓いたのも凄いですが、そこにフランス種の葡萄栽培を気候の異なる日本で成功させるのが更に凄い。明治の国産ワイン黎明期には、ワイン品種栽培や醸造は日本各地で挑戦されており、その苦労が美談として聞くことが多いので、あっさりと敷地100町歩(葡萄栽培40町歩)とだけ書かれているのを見ると拍子抜けしてしまいます。

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門を潜り、事務棟(本館)の前に出ました。レンガ造り2階建て、現在から100年以上前の明治36年に建てられました。左右対称ではなく、塔となる部分が1階よりクリーム色となっており、塔の高さが際立つような効果狙ったものように見えます。アーチ通路の上にはワイン原料となる葡萄と受粉に欠かせない蜂が漆喰装飾されているのが見て取れました。

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当時の写真を見ると、この本館前にはトロッコ列車を走らせてワイン樽を牛久駅まで輸送していたようです。本館は迎賓室を兼ねており、板垣退助や榎本武揚等の政府高官が招かれた場所でもありました。

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アーチの下を進むと中庭の向こうに醸造棟が見えて来ました。 

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未曾有の規模の地震となった東日本大震災では牛久シャトーにも傷を残し、建物の煉瓦にも多くの修理跡が残っています。右手の建物(醗酵室)2階部分には収穫された葡萄を受け入れる開口部があり、リフトで持ち上げて搬入していたそうな。醗酵室は現在、神谷伝兵衛記念館となっています。

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醗酵室の1階に入ると、大きな樽が無数に並ぶ空間に出ました。2階で絞ったブドウ汁を1階に並べた大樽に注ぎ込み醗酵させる工程となっていたと解説がありました。周囲に馴染むように茶色に塗った無骨な鉄柱は震災後に入れられたモノのようです。

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時代感じさせる階段を上ると、当時の「蜂印香竄葡萄酒」の美人画ポスター。レンガは外観と同じく内部もイギリス積みとなっています。

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2階はシャトーカミヤの歴史展示室となっておりました。写真右側に映る床が盛り上がった場所は開いて、葡萄汁を1階の大樽に落とす場所ようです。上に幾つか貼った白黒の古い写真は、皆ここにあったものを撮影したものになります。

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この醸造所を開設した神谷伝兵衛の写真。葡萄畑を開墾し 醸造・瓶詰めまでを行う施設を造り、 栽培から一貫してワインを造る日本初の「シャトー」を開設。同時期に国産アルコールを初めて製造した旭川工場を開設しており、浅草での1杯売り商売から食品、鐵道、汽船等々数え切れない程の企業設立に関与した大事業家となった三河出身の偉人。

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当時使用されていた実物のトロッコのが展示室の隅っこにあるのを発見!最初に駐車場に挟まれた葡萄畑を見ましたが、あそこはシャトーカミヤの南に縦長く広がる葡萄園を走るトロッコ道の最北端の土地にあたると判りました。葡萄を育てていた土地が宅地化し、葡萄を育てていなかったトロッコ道の跡地に葡萄が育てられて現在に至っているようです。

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販売店用の看板。「蜂ブドー酒」と右から左へと書かれており時代を感じます。国内での爆発的な売れ行きは言うに及ばず、台湾、朝鮮、遠くは南洋にまで輸出される日本を代表する酒の地位とまで評価されたブランドでした。

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2階の見学を切り上げて、地下にあるワインセラーへと階段を下って行きます。途中右手に牛久シャトー100周年時に再開したと聞く醸造部屋をガラス越しに見ることが出来ました。

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地下は貯蔵庫らしく真っ暗です。暗くてハッキリと見えなかったのですが牢のような部屋にワインボトルが山積みになっている小部屋もありオドロキでした。

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こちらは醸造責任者(日本だと杜氏)の部屋で、各種研究をおこない、製造現場に指示を出した部屋だとかで、現存する希少価値の高い空間だそうです。

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1階の大樽が並ぶ空間を抜けると、建物に囲まれた中庭に出ました。

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醸造所の右手の小さめな建物はワインショップとなっており、牛久シャトーのワイン以外にも世界各国のワインが幅広く並べられていました。試飲コーナーで「葡萄の城」とい銘柄が並んでいたので、店員さんに「牛久シャトー敷地内で育てた葡萄使ったワインはあるのですか?」と聞くと、牛久葡萄酒という銘柄であるが、残念ながら試飲はないとの回答でした。

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昼食は重要文化財に指定されている元貯蔵庫を利用したレストラン「キャノン」で頂くことに。キャノン=観音とカメラのCanonと同じ由来の店名。平日なので予約なしでも問題なく席に着けました。

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そのキャノンの内部はこの様な感じ。耐震補強で組まれた鉄骨が非常に目に付いてしまいます。サーブして頂いた女性に聞いたところ、煉瓦壁は以前と同じものの、床は貼り直されていて印象がだいぶ変わったとか。「元貯蔵庫という事は、アーチ型の大きな窓は後付でしょうか?」という質問には、「よく分からない」との事でした。

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コース料理をお願いして、此処で製造しているクラフトビールと赤ワインを頂きました。ピルスナーの味が自分の好みで、妻へのお土産にと求めてしまう程に気に入りました。

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園内には広くはないですが葡萄栽培をしている場所がチラホラと見られました。関東ローム層の稲作に不向きな土地を大葡萄畑として拓いた過去を考えると、非常にこじんまりとした大きさに感じてしまいます。

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神谷伝兵衛が創立した牛久シャトーや合同酒精を含むグループ会社・オエノングループの展示場もひっそりとした落ち着いた場所にあります。

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レストランで楽しんだクラフトビールの醸造所も敷地の一部にあるのを見つけました。ワイン醸造よりも、こちらの方に力が入っているのが感じられるのが不思議でした。

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一通り散策したので帰る事に。建物や神谷伝兵衛の偉業は素晴らしく、非常に興味深いと感じました。ただ、現在のシャトーカミヤに洋酒もしくはワイン造りへの情熱が感じられないのが画竜点睛を欠く状態で残念に思えてなりません。次々と新しい醸造所を開設する程に盛り上がってきた日本ワインで、確固たる地位を占めるに値する資格を有する牛久シャトーが、「シャトー」の名前維持のための葡萄栽培だけをいつまで続けるのかが気になりました。