バンコクで僧侶の鉢を200年作り続ける共同体バーンバット

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多くの仏教国で見られる托鉢の風景です。東南アジア有数の大都市バンコクでも黄色い袈裟を纏った僧が、金属製の大きな鉢を片手に毎朝歩いている光景をよく目にします。この鉢も信者より布施として受け取ったものが一般で、その殆どは大量生産されたものが現在は使用されているそうだとか。

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1970年代にタイ国家仏教庁が伝統的に手打ちで作られた鉢に加え、大量生産した鉢の使用を僧侶に認めた事で職人による手打ち鉢は絶滅寸前まで追い込まれています。しかし、高層ビルが建ち並ぶ首都バンコク中心部に現在でも「手打ち鉢」を昔と変わらずの姿で作り続けているコミュニティがあると聞き、バンコク出張の仕事開始前の早朝に訪れてみました。

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タクシーで向かったのは黄金の丘と呼ばれるワット・サケット。ここは現在のタイ国チャクリー王朝の初代ラーマ一世が18世紀末に戴冠式に望む際に散髪をした場所と伝えられています。正面の岩に漢字で巴米揚と世界遺産の石仏で有名なアフガニスタンのバーミアンの意の文字が書かれ、その左上にはブラーフミー系文字かと思ったら、チベット文字とデーヴァナーガリー文字のチャンポン表記でもバルミアンハとあり困惑させらました。周囲を歩くお坊さんにその理由を聞けるタイ語力がないのが悔しい...。

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寺院の南に面するバルムンムアン道路に出てきました。バンコクの旧市街に当たるラタナコーシンを横断する、バンコクで最も古い舗装道路のひとつです。この通りは東京の上野と田原町を結ぶ浅草仏壇通りに似て、門前に多くの仏具屋が並ぶ通りとなっています。事前に調べた情報では、ワット・サケットの南側の細い路地の中という大雑把な位置しか知らなかったので、上の写真に写るお坊さんに道を尋ねました。

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通りを南に渡り暫く歩くと「カン、カン、カン」と連続した金属を叩く音が聞こえてきました。近づくと黒い鉢が軒先に下がる工房のようで、奥で鉢のような円形の物を作っているのが見え、今回の目的地バーンバットにどうやら辿り着けたようです。

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その工房のすぐ側に立派な看板がありました。僧侶の鉢 バーンバット・コミュニティと英文でも確り書かれています。ここで間違えないようです。

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1783年にラーマ一世がチャオプラヤ川対岸のトンブリーからバンコクに首都を移した後に、古都アユタヤより移住してきた人々がラタナコーシン島の運河外に住み着き、僧侶の鉢を作る事で生計をたてたにがバーンバット共同体の始まりと言われています。

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路地の入口には沢山の鉢を販売する店がありました。30-50年物の少し古い鉢を売っている店の様です。大柄の刺青を入れた上半身裸の男性が店主らしく声をかけられましたが、また覗くと言って路地の奥へ向かうことにしました。

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人ひとり擦れ違うのがやっとの細い路地を進んでいきます。ここで火事でも発生しようものなら、消防車は勿論入れず、小さな家と家が接しているので大変な事になってしまいそうで心配になってしまいます。

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更に奥へ進むと、更に路地の幅が狭まってきました。T字路で遊ぶ幼い子供達。この子達が自分にちょっかい出してきた時に気がついたのですが、むかってくる格好が両手をボクシングのように構え、リズムをとりながら足で攻撃してくるムエタイスタイルでした。

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カン、カン、カンと金槌の音が聞こえる方へ吸い込まれるように路地の奥へ更に進んだところ、路地に迫り出した場所で作業をしている男性を発見。先に一眼レフカメラで撮影している若いタイ人2人に混じって何枚か撮影させて頂きました。話しを傍で聞くも言葉が難解&早すぎて全く理解できずでしたが、カメラを持った取材に来ていたタイ人が英語で説明してくれました。

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脳内で大幅に補足した内容は、バーンバットは各工程を共同体内で分けて作業しており、1人の職人が完成まで作り上げるスタイルではありません。地面から出ている当金に嵌めて制作しているのは鉢の基礎部分。仏教の四方を守護する門番(四天王: 東方の持国天、南方の増長天、西方の広目天、北方の多聞天か?)が釈迦が悟りを開いた時に鉢を持って仏陀に捧げものをした話しにちなみ、十字の形の端をそれぞれを持ち上げたカタチになっているのだとか。

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上の写真が完成品で自分が買い求めた完成品です。片手でも持てる直径20cm程で、金槌で叩いた跡がハッキリ見える鉢です。主な材料はスチールで銅を溶接に使いつないでいます。

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仕事の合間に来ているので、製造工程を初めから最後まで見る時間的余裕がありません。店先から覗けた幾人かの作業を想像で補って製造工程を考えてみました。メインの素材となるスチール板は自家炉で作ったモノではなく板状で購入したもの。

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そのスチール板を糸鋸で必要なカタチに切断し、先程見たように金槌で叩いて組み合わせます。上の写真の仕掛品で空間の部分に合うように切って準備したスチール板を貼り合わせ、鉢状のカタチで銅線を当ててバーナーで溶接。その後は、国内であれば「ぶったて」と呼ばれる当金(上の写真、地面に突き刺さった金属棒)の先端部の丸みを利用して、金槌で望むカタチになるまでトントンする訳です。手が届き難い鉢の内側は特殊な形状の金槌を使用していました。

その後には鉢全体を炉で焼き、内外共にグライダー/ヤスリ磨きを施し、全体にラッカーを塗って完成となります。製造で使う当金や金槌は既製品なのか、既製品を自分で改良したものなのか、はたまた鍛冶屋さんに特注したものなのかを知りたかったのですが、聞くのを完全に忘れてしまいました。

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上の写真は日本国内の工房に飾られていた、銅板から鉢を作るまでの変化を並べてみせたものです。コチラは銅板を丸く切ったものに熱を加え、金槌で叩くのを繰り返して絞っていき成型していきます。バーンバットは一枚の銅板から叩き起すのでなく、8枚のスチール板を合わせて作るので工法が違いますが、同じく叩いて作る鉢というで参照までに。

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本来であればタイお坊さんに喜捨するのが筋ですが、特定のお坊さんの知り合いもいないので日本に持ち帰ってきました。購入した完成品の側面です。8枚のスチール板から作る事から、その一枚一枚を仏教の実践徳目の八正道(正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定)にも喩えらており、僧侶用の用具なので、仏教に結び付ける話しが豊富なようです。

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同じサイズの鉢が二つ欲しいと買い求めてみたところ、店頭販売しているのは全部で4個しかなく、欲しいサイズはひとつしか置いてありませんでした。もしかするとバーンバットは受注生産が基本で、自分が買い求めたのは展示サンプルだったのかなと思いました。まったく商売っけが見られませんでした。

写真を撮っても良いと言われ、工房の前で記念撮影をさせて頂きました。左手で女性が抱える大きめの鉢は虎の頭サイズと呼び、おおよそ完成までに1週間を要するそうです。ラーマ一世の時代、日本で言えば江戸時代中期から連綿と続く金属加工業の共同体が今日でも残っているのは、タイ王国の素晴らしさだと思えました。